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番外編
可愛すぎる妻を持つ夫の苦悩について 1
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マリウスは、婚約者のローシェとふたりで城の廊下を歩いていた。
定期的に開催されるお茶会は、ローシェと過ごす貴重なふたりきりの時間だ。
今日は、彼女が手作りしたというチョコレートを、甘い口づけと一緒に食べさせてもらったので、マリウスはとても機嫌がいい。
ふたりきりの時には、瞳を潤ませて苺のように頬を赤らめていたローシェだけど、部屋の外に出た今はもう、そんな甘い触れ合いをしていたとは思えないほどに清楚で可憐な表情を浮かべている。
お互い、天真爛漫な第三王子とその愛らしい婚約者の仮面をつけて、それでも冷静に周囲を観察しながら歩いていると、不意に前方から不穏な気配が漂ってきた。
どこからか外の風が吹き込んでいるだろうかと思うほどに、冷え冷えとした空気。
マリウスは、ローシェと顔を見合わせると、その気配の元を探るべく足を進めた。
数歩もいかないうちに不穏な気配の発生源が判明して、マリウスはこっそりと小さくため息をついたあと、笑顔を浮かべた。
「ご機嫌よう、義姉上」
「こんにちは、マリウス様。お会いできて良かったです。ちょうど、お伺いするところだったんです」
にこにこと笑顔で近づいてきたのは、ローシェの姉であるシフィルだ。そして穏やかな表情を浮かべる彼女の背後に、ものすごく不機嫌顔の男が一人。凍りつきそうなほどに冷たい空気の発生源は、ここだ。
「エルヴィン、もう少し優しい顔をしてよ。すれ違う皆が、怯えてる」
「お義兄様ってば、相変わらず眉間の皺がすごいことになってるわ」
笑いを噛み殺すようにしながら、ローシェも肩を震わせる。ふたりの言葉に、エルヴィンは更に不機嫌そうに眉を顰めてしまった。
そんなエルヴィンの様子に気づいているのかいないのか、シフィルは微笑みながら、手に持った包みをマリウスに差し出した。
「今日は、マリウス様のお誕生日でしょう。ささやかですが、私からもお祝いをしたくて」
「わぁ、嬉しいな。ありがとう、義姉上」
受け取ろうとマリウスが近づくと、シフィルの背後にいるエルヴィンの表情がまた険しくなった。
「……エルヴィン、離して?」
困ったような笑みを浮かべたシフィルが、うしろのエルヴィンを見上げる。よく見ると、まるでマリウスにはこれ以上近づかせないとでも言いたげに、エルヴィンがシフィルの腰をがっしりと抱き寄せていた。
「マリウス様に、これをお渡しするだけだって言ったじゃない。エルヴィンのお仕事が終わるまではユスティナ様のところにいるし、ひとりでうろうろしたりしないってば」
宥めるようにシフィルがエルヴィンの腕を軽く叩くものの、その腕は揺るがないし、表情も険しいままだ。
困ったように眉を下げたシフィルを見て、ローシェが小さくため息をつくとシフィルに近づき、その手からプレゼントの包みを取り上げた。
「そんなに警戒しなくても、僕にはローシェがいるし、大事な義姉上に失礼な真似をするわけないだろう」
ローシェからシフィルのプレゼントを受け取りつつ、わざとらしくため息をついてみせると、エルヴィンは不満気な息を漏らしながらも何も言わない。
「義姉上、ありがとう。開けてみてもいいかな?」
「ええ、もちろんです。気に入っていただけるといいのですけど」
にこにこと笑ってうなずくシフィルの了承を得て、マリウスは淡いピンクのリボンをそっと解いた。
中に入っていたのは、城下で人気の店の紅茶。いくつかのフレーバーを詰め合わせにしてあって、どれもマリウスの好きなものばかりだ。
「わぁ、どれも美味しそう」
「あの、実は中にもうひとつ贈り物が」
そわそわとした様子でシフィルが身を乗り出す。同時に眉間の皺を更に濃くしたエルヴィンを見て、彼の不満の原因はもうひとつのプレゼントであることを理解したマリウスは、ゆっくりと包みの中をのぞき込んだ。
「……これは」
中からあらわれたのは、白いタオル。縁に小さく施された刺繍が目を惹く。
「以前、マリウス様が刺繍を褒めてくださったから。ぜひ、ローシェとお揃いで使っていただけたらと思って」
照れたように、シフィルが笑う。よく見るとタオルは2枚あって、片方には青緑色、そしてもう片方には赤い糸で幸運のモチーフの刺繍が施されていた。どうやら2人の瞳の色をイメージしてくれていたようで、マリウスは思わず笑みを浮かべた。
「すごく素敵だ。義姉上は本当に、刺繍が上手だね」
心からそう言うと、シフィルも嬉しそうに頬を染めて微笑んだ。と同時にシフィルの背後から吹き荒れる冷気。ものすごく不機嫌そうなエルヴィンを揶揄うように見上げて、マリウスはタオルを掲げてみせた。
「見て、エルヴィン。義姉上から素敵な刺繍入りのタオルをもらっちゃった」
「それは良かったですね。お誕生日おめでとうございます」
全く心のこもっていない口調で、エルヴィンが低い声で言うから、マリウスは思わずふきだした。
定期的に開催されるお茶会は、ローシェと過ごす貴重なふたりきりの時間だ。
今日は、彼女が手作りしたというチョコレートを、甘い口づけと一緒に食べさせてもらったので、マリウスはとても機嫌がいい。
ふたりきりの時には、瞳を潤ませて苺のように頬を赤らめていたローシェだけど、部屋の外に出た今はもう、そんな甘い触れ合いをしていたとは思えないほどに清楚で可憐な表情を浮かべている。
お互い、天真爛漫な第三王子とその愛らしい婚約者の仮面をつけて、それでも冷静に周囲を観察しながら歩いていると、不意に前方から不穏な気配が漂ってきた。
どこからか外の風が吹き込んでいるだろうかと思うほどに、冷え冷えとした空気。
マリウスは、ローシェと顔を見合わせると、その気配の元を探るべく足を進めた。
数歩もいかないうちに不穏な気配の発生源が判明して、マリウスはこっそりと小さくため息をついたあと、笑顔を浮かべた。
「ご機嫌よう、義姉上」
「こんにちは、マリウス様。お会いできて良かったです。ちょうど、お伺いするところだったんです」
にこにこと笑顔で近づいてきたのは、ローシェの姉であるシフィルだ。そして穏やかな表情を浮かべる彼女の背後に、ものすごく不機嫌顔の男が一人。凍りつきそうなほどに冷たい空気の発生源は、ここだ。
「エルヴィン、もう少し優しい顔をしてよ。すれ違う皆が、怯えてる」
「お義兄様ってば、相変わらず眉間の皺がすごいことになってるわ」
笑いを噛み殺すようにしながら、ローシェも肩を震わせる。ふたりの言葉に、エルヴィンは更に不機嫌そうに眉を顰めてしまった。
そんなエルヴィンの様子に気づいているのかいないのか、シフィルは微笑みながら、手に持った包みをマリウスに差し出した。
「今日は、マリウス様のお誕生日でしょう。ささやかですが、私からもお祝いをしたくて」
「わぁ、嬉しいな。ありがとう、義姉上」
受け取ろうとマリウスが近づくと、シフィルの背後にいるエルヴィンの表情がまた険しくなった。
「……エルヴィン、離して?」
困ったような笑みを浮かべたシフィルが、うしろのエルヴィンを見上げる。よく見ると、まるでマリウスにはこれ以上近づかせないとでも言いたげに、エルヴィンがシフィルの腰をがっしりと抱き寄せていた。
「マリウス様に、これをお渡しするだけだって言ったじゃない。エルヴィンのお仕事が終わるまではユスティナ様のところにいるし、ひとりでうろうろしたりしないってば」
宥めるようにシフィルがエルヴィンの腕を軽く叩くものの、その腕は揺るがないし、表情も険しいままだ。
困ったように眉を下げたシフィルを見て、ローシェが小さくため息をつくとシフィルに近づき、その手からプレゼントの包みを取り上げた。
「そんなに警戒しなくても、僕にはローシェがいるし、大事な義姉上に失礼な真似をするわけないだろう」
ローシェからシフィルのプレゼントを受け取りつつ、わざとらしくため息をついてみせると、エルヴィンは不満気な息を漏らしながらも何も言わない。
「義姉上、ありがとう。開けてみてもいいかな?」
「ええ、もちろんです。気に入っていただけるといいのですけど」
にこにこと笑ってうなずくシフィルの了承を得て、マリウスは淡いピンクのリボンをそっと解いた。
中に入っていたのは、城下で人気の店の紅茶。いくつかのフレーバーを詰め合わせにしてあって、どれもマリウスの好きなものばかりだ。
「わぁ、どれも美味しそう」
「あの、実は中にもうひとつ贈り物が」
そわそわとした様子でシフィルが身を乗り出す。同時に眉間の皺を更に濃くしたエルヴィンを見て、彼の不満の原因はもうひとつのプレゼントであることを理解したマリウスは、ゆっくりと包みの中をのぞき込んだ。
「……これは」
中からあらわれたのは、白いタオル。縁に小さく施された刺繍が目を惹く。
「以前、マリウス様が刺繍を褒めてくださったから。ぜひ、ローシェとお揃いで使っていただけたらと思って」
照れたように、シフィルが笑う。よく見るとタオルは2枚あって、片方には青緑色、そしてもう片方には赤い糸で幸運のモチーフの刺繍が施されていた。どうやら2人の瞳の色をイメージしてくれていたようで、マリウスは思わず笑みを浮かべた。
「すごく素敵だ。義姉上は本当に、刺繍が上手だね」
心からそう言うと、シフィルも嬉しそうに頬を染めて微笑んだ。と同時にシフィルの背後から吹き荒れる冷気。ものすごく不機嫌そうなエルヴィンを揶揄うように見上げて、マリウスはタオルを掲げてみせた。
「見て、エルヴィン。義姉上から素敵な刺繍入りのタオルをもらっちゃった」
「それは良かったですね。お誕生日おめでとうございます」
全く心のこもっていない口調で、エルヴィンが低い声で言うから、マリウスは思わずふきだした。
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