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番外編

ふたりでお茶を 2

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「タルトは美味しかったし、久しぶりに二人でお出かけできたのも楽しかったし、今日は本当にいい日だったわ」
 帰宅したシフィルは、にこにこと笑いながら隣のエルヴィンを見上げた。同じように穏やかな表情を浮かべていると思ったのに、彼は何故かものすごく不機嫌そうな顔をしている。
「エルヴィン、どうしたの?」
 くっきりと刻まれた眉間の皺を伸ばすように指で突くと、止めるように手首を握られた。
「今後、あの店には絶対に一人で行ったらだめだから」
「え……?」
 戸惑って目を瞬くシフィルを見て、エルヴィンは大きなため息をついた。
「会計の時に、話していた店員。あれは絶対シフィルに気があった。ずっと見ていたし、デレデレと話しかけてきたし」
「そんなことは……ない、と思うけど」
 シフィルは首をかしげながらつぶやく。確かにあれこれと話しかけられたし、少し距離感の近い人ではあったけれど。
 エルヴィンは不満気な息を漏らすと、シフィルの左手をとった。そして確かめるように薬指の指輪に触れる。
「この指輪を見て、少し落胆したような顔をしていたから、しつこく付きまとうことはないだろうけど。それでも安心なんてできない」
「浮気なんて、しないわ」
 少し不満を込めて見上げると、エルヴィンが困ったように笑って首を振った。
「それは疑ってない。だけど、シフィルは可愛いから。今日だって、タルトが美味しいと笑う顔は誰にも見せたくなかった。あの笑顔を他の男に見られたことも許せないんだ」
 馬鹿みたいだと思うだろうけど、とつぶやいて、エルヴィンはシフィルを抱き寄せた。それに身を任せつつ、シフィルはそっと背中に手を回した。
「馬鹿みたいなんて、思わないわ。私だってエルヴィンがヤキモチを妬いてくれて嬉しいって思うもの」
 くすくすと笑いつつそう告げると、抱きしめた腕が更に強くなった。
「シフィルは、そうやっていつも無自覚に俺を煽る」
「え……っ、んんっ」
 耳元で大きなため息が聞こえたと思ったら、首筋にあたたかいものが触れた。場所を確かめるように軽く口づけられたあと、強く吸われて思わずびくりと身体を震わせてしまう。
「待っ……、エルヴィン、見えるとこは、や……っ」
 慌てて身体をよじって逃げようとするものの、抱きしめた腕は揺るがない。甘い痛みが震えとなって首筋から全身に広がっていき、力が抜けていく。
 結局ろくな抵抗もできないまま、最後にもう一度新たな痕を残して唇は離れていった。シフィルはほとんどエルヴィンに縋りつくようにしながら、微かに濡れた首筋に触れる。
「見えるところは、やだって言ったのに」
 赤くなっているであろう頬を見られるのが恥ずかしくて、ぷいと顔を背けながらシフィルは唇を尖らせた。
「ごめん。シフィルが俺のものだというしるしを、目に見える場所に残しておきたくて、つい」
「これじゃあ、しばらく外に出られないわ」
 少し怒ったような口調でそう言えば、エルヴィンが慌てたような顔になる。
「すまない、えぇと、この前贈ったチョーカーで隠れ……ない、だろうか」
「どうかしら。確認してみたいから、部屋に連れて行ってくれる?」
 うろたえるあまり、不機嫌顔になってしまっているエルヴィンを、シフィルは笑いを噛み殺しながら見上げた。軽く腕を広げてみせると、エルヴィンがふわりと抱き上げてくれる。
 
「……シフィル、怒ってる?」
 まだ少し不安そうに囁くエルヴィンに、シフィルは笑って抱きついた。
「少しだけね。だから、もしもチョーカーで隠れなかったら、エルヴィンがまたあのお店に行ってタルトを買ってきて。来週から、新作が出るんですって」
「分かった。……でも、どちらにしてもあの店にはシフィルは行かせないけど」
「一人では行かないってば。エルヴィンと一緒なら平気でしょう?」
 連れてってくれないの? と首をかしげてみせれば、エルヴィンが小さくため息をついて笑った。
「その時は、絶対に俺のそばから離れないで」
「まるで、果ての森に行くかのようね」
 くすくすと笑うと、エルヴィンがまるで黙らせるかのように口づけてきた。
「俺にとっては、シフィルに近づく男はどんな魔獣よりも警戒すべきものだよ。だから魔除けの石の代わりに、こうして痕を残したくなるんだ」
 まだ唇が触れ合う距離で、エルヴィンが囁く。すぐそばにある赤紫の瞳を見つめ返しながら、シフィルは小さく笑った。
「エルヴィンに、こうして痕をつけられるのは嫌いじゃないのよ。あなたに愛されてる証って気がするから。だから、見えないところなら、いくらでも大歓迎だわ」
「……シフィルは、すぐにそういうことを言うから困る」
 ため息混じりにつぶやいたエルヴィンが、シフィルを抱き上げた腕に力を込めた。
「それなら、本気であちこちに痕を残したくなる」
「ふふ、見えないところなら、ね」
 首筋に抱きついてそう答えると、エルヴィンの表情が一瞬で怖くなった。顔が微かに赤いので、色々と想像してしまったらしい。
「煽ったシフィルが悪いんだから、覚悟してて」
 いつもより濃く色を増したような赤紫の瞳が、じっとシフィルを見つめている。
「……意地悪なことは、しないでね?」
「たくさん甘やかしてあげる、お姫様」
 優しい声で囁かれて、シフィルはやったぁ、と小さく叫んでもう一度エルヴィンの首筋に抱きついた。


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