上 下
20 / 43
番外編

彼女のドレスを選ぶには 3

しおりを挟む
「ごめんなさい、ユスティナお義姉様。わたしもエルヴィンに賛成だわ。シフィルは可愛らしいものは好きだけど、あまり派手に装うのは好きじゃないから」
「そう……、ローシェがそう言うなら、仕方ないわね。じゃあ、ドレスはどうかしら。ほら、これ見て。素敵だと思わない?」
 一瞬うつむいたユスティナは、気を取り直したように顔を上げると、ドレスのカタログを開いた。大量に付箋の貼られたページをめくり、可愛らしいドレスを次々と指差す。

「これなんか、シフィルが好きそうだと思わない?」
「えぇ、とても素敵だわ。さすがお義姉様」
「でしょう。わたくしはシフィルの親友ですからね、あの子の好みだってちゃんと分かっているのよ」
 ふふんと勝ち誇ったような笑みを浮かべたユスティナを見て、エルヴィンはムッとしたように眉間に皺を寄せる。

「ローシェ、俺が見立てたドレスはどう思う。ほら、シフィルはこういう花のついたデザインが好きだろう」
 負けじとエルヴィンもデザイン画を押しつけてくるので、ローシェは苦笑しつつそれを受け取った。

「デザインはとても素敵だけど、あなたシフィルの痣のことを忘れていてよ。こんなに胸元の開いたドレスだと、痣が見えてしまうじゃない」
 ローシェの手元をのぞき込んだユスティナが、ドレスのデザインを見て鼻で笑う。確かに、胸元の広く開いたそのデザインでは、シフィルの痣が見えてしまう。

「問題ない。今はもう、痣はほとんど見えなくなっていますから。顔を近づけてよく見ないと分からないくらいだ」
 エルヴィンの言葉に、ユスティナは眉を顰めた。
「どうしてあなたがシフィルの痣のことをそんなに詳しく知っているの」
「どうしてって、俺とシフィルは夫婦ですから。シフィルの身体で知らない場所なんて、俺にはない」
 得意げに宣言したエルヴィンの言葉に、ユスティナの顔は、みるみるうちに赤く染まっていく。

「なっ……なんて破廉恥なのっ!」
 頬を押さえながら悲鳴をあげるユスティナを見て、エルヴィンは呆れたような表情を浮かべる。
「破廉恥も何も。……俺はすでに、シフィルから銀の星の女神の加護をうつしてもらっていますから」
「女神の加護を、ですって……?」
 喘ぐようにつぶやいたユスティナは、一瞬意識を失ったようにふらりとよろめいた。
 慌てて支えるために手を伸ばしたマリウスが、大きなため息をついてエルヴィンを見る。

「エルヴィン、姉様を揶揄わないでよ」
「揶揄うなんて、とんでもない。事実を述べただけです」
「……だろうね。はぁ、姉様も、少しはこういった話にも慣れてください。シフィルとエルヴィンは夫婦なのだから、彼女の持つ加護がエルヴィンにうつるのは当然のことでしょう」
「だ、だって、それは、分かってるけど、女神の加護は二人が結ばれ……っ、いやあぁぁ!」
 更に顔を真っ赤にして悲鳴をあげたユスティナを見て、ローシェもため息をついた。純真無垢な聖女様は、こういった話への耐性がないのだ。

「お義姉様、はい、深呼吸して。少し落ち着きましょう」
 ローシェが背中をさすってやると、ユスティナは大きな深呼吸を繰り返し、涙目になりつつも落ち着きを取り戻したようだ。
 うしろに黙って控える護衛騎士をちらりと振り返って、ローシェは内心でため息をついた。ユスティナが月の女神の加護を得た時から、ずっと専属で身辺警護をしている少し年上のその人が、彼女に密かな想いを抱いていることはローシェとマリウスだけが知っている秘密。ユスティナも、彼の前でだけはいつもより甘えた表情を見せるので、きっと二人の気持ちは同じだと思うのだけど、色恋に疎いユスティナとの関係を深めるのは、シフィルとエルヴィンよりも難しそうだ。
 愛を司る女神の加護を受けていながら、ユスティナは自分のことになると全くなのだ。

 
「悔しいけれど、……本当に悔しいけれど、エルヴィンのセンスだけは認めてあげるわ」
 ものすごく眉間に皺を寄せながら、ユスティナはエルヴィンの持ってきたドレスのデザイン画を見つめる。
「……きっと、シフィルにはよく似合うと思うわ。シフィルのことを一番分かっているのは、親友であるわたくしだと思っていたから悔しいけれど…!」
 悔しそうなユスティナを見て、エルヴィンはくすりと笑うとデザイン画を指差した。
「では、ユスティナ様には、このドレスに合うヘッドドレスを選んでもらえませんか」
「ヘッドドレス……?」
「ええ。ローシェとも相談していたのですが、シフィルは髪を下ろしているのがよく似合う。だから、少し華やかなヘッドドレスを着けたらどうかと」
 エルヴィンの言葉に、ユスティナの表情はみるみるうちに明るくなった。
「分かったわ! 任せておいて。とっても素敵なヘッドドレスを探してみせるから」
「わたしにも、お手伝いさせてね、お義姉様」
「もちろんよ、ローシェ。あぁ、こうしてはいられないわ。早速どんなものがいいか、探さなくちゃ」
 興奮したように頬を染めるユスティナを見て、ローシェはくすくすと笑った。
 
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。