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9 蠍火の魔女 挿絵あり

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「あらぁ?随分と可愛い子が来たわねぇ」
 コツリと響いたヒールの音と共に、少し掠れた声。
 びくりと身体を震わせて振り返ると、そこには妖艶な美女が立っていた。
 艶めかしい身体を赤みがかった薄い布で包み、炎のような色をした長い髪を、頭の高い位置でまとめて編み下ろしている。まるで尻尾のようにも見えるその髪が、首をかしげた彼女の動きに合わせて揺れた。
「……誰」
 警戒して低い声で小さくつぶやいたセチアを見て、その美女は紅い唇を歪めて笑うと、ゆっくりと近づいてきた。

「誰、だなんて酷いわね。あたしを探していたんじゃないの?可愛いお嬢ちゃん」
「もしかして……、蠍火の魔女……?」
 囁くようにたずねた言葉に、彼女はにっこりと笑った。その笑みは美しかったけれど、どことなく不穏な気配を感じてセチアは警戒心を緩めることができない。

「聖獣に案内させるなんて、やるじゃない。あたしの居場所を見つけ出すのは、簡単ではないのよ」
 くすくすと笑って、蠍火の魔女はひらりと手を翻した。その瞬間、駅のホームだったはずの場所は青い宇宙空間へと変わる。ついさっき降りたはずの列車すら見当たらなくなって、セチアは驚いてあたりを見回す。戸惑うセチアを揶揄うように、細かな星の砂がブーツの足元をくすぐって流れていった。
 ちかちかと瞬く白い星々の中に、ひとつだけ赤く輝く星。まるで燃えているようなその星は、まるで心臓のようにも見える。その星の上に腰かけた蠍火の魔女は、長い脚を優雅に組み替えると少し身を乗り出してセチアを見つめた。

「それで、お嬢ちゃん。あなたは何を願ってあたしに会いに来たの?聖獣まで使って」
 蠍火の魔女は、キラを手招きする。応じるように腕の中に飛び込んでいくキラを見て、彼女は敵ではないのだろうと思うものの、何故か身体の力を抜くことができない。
 それでも、震える身体を抱きしめるようにしながら、セチアは蠍火の魔女をまっすぐに見上げた。
「ノアールの……、彼の呪いを解いてほしいの」
 セチアの隣で苦しげな呼吸を繰り返すノアールを見て、蠍火の魔女は華やいだ声をあげた。
「あらぁ、いい男。なるほど、呪いね。それであたしを探してはるばるやってきたってわけね。いいわよ、呪いを解くのはあたしの得意分野だもの」
 にっこりと笑った蠍火の魔女は、でも、とつぶやいてセチアをじっと見つめる。
「その対価に、お嬢ちゃんはあたしに何をくれるの?」
「……っ」
 震える手で、セチアはポシェットの中からピンク色をした花の髪飾りを取り出した。それは、セチアの誕生日にちなんで両親から贈られたもの。希少な星のかけらを使用した花びらは、光を反射して虹色にも見えて美しい。売ろうと思ったことなんてないけれど、かなりの値がつくことは間違いない。
「これで、何とかなりますか」
「ふぅん、いいもの持ってるじゃない。だけどあたし、そういう可愛い系の装飾品はあんまり好きじゃないのよね。もっとセクシーなものじゃないと」
「そんな……っ」
 興味なさそうに視線を逸らした蠍火の魔女を見て、セチアは縋るように一歩前にでる。その肩を、ノアールの手がそっと押さえた。
「セチア、俺の呪いはきみが頼むことじゃない」
 ノアールは、まだ疼く左目を押さえつつ蠍火の魔女を見上げた。
「蠍火の魔女、呪いを解いてもらいたいのは俺だ。対価は俺が払う。何を差し出せばいい」
「そうねぇ。何をもらおうかしら」
 考え込むように首をかしげた蠍火の魔女は、やがて妖艶な笑みを浮かべてノアールとセチアを見つめた。

「それなら、あたしが望むのは、そこのお嬢ちゃんよ」
 真っ赤な爪が、まっすぐにセチアを指差した。





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