上 下
7 / 15

7 置いていかないで 挿絵あり

しおりを挟む

 今日も列車は、星の海を進む。窓の外を走っては消える流れ星を10数えたところで、セチアは大きなため息をついて窓ガラスにこつりと額をぶつけた。
「どうした、セチア」
 向いに座っていたノアールが、読んでいた本から顔を上げる。昨日キラに浄化してもらったはずの左目の傷が、すでに微かな熱を持っているのを見て、セチアは唇を噛んだ。もうこれ以上、待つことはできない。

 ノアールの問いかけには答えずに、セチアはケープを脱いだ。内側で眠っていたキラが驚いたように飛び出してくるのを両手で捕まえて、目を合わせるように顔の前に近づける。
「ねぇ、キラ。お願いだから蠍火の魔女の居場所を教えて。もうこれ以上は待てないの」
 真剣な声で頼んでいるのに、キラは反抗するようにぷいと顔を背けてしまう。それを見て、セチアは頬を膨らませた。
「それならもう、キラにはご飯あげないから!」
 セチアの言葉に、キラも怒ったような強い声で鳴く。
 ここで引くわけにはいかないとにらみ合っていると、ノアールがため息をついて間に割って入ってきた。
「喧嘩をするな」
「だって!」
 セチアの声に被さるように、キラも抗議するように鳴く。
「……だって、心配なの。浄化の頻度がどんどん上がってるのよ。もしも呪いを抑えられなくなったら、ノアールはどうなるの。私を置いていったり……、しないで」
 震える声と共に、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
 さすがに涙に驚いたのか、慰めるように頬に擦り寄ってこようとしたキラを振り払い、セチアは膝に顔を埋めてしゃくりあげた。
 小さく息をついて、ノアールがセチアの頭をぽんぽんと撫でる。そのぬくもりを失うかもしれないことが恐ろしくて、離れたくないという気持ちを込めてセチアはノアールに抱きついた。
 しっかりと抱きとめてくれる優しくて強い腕の中で、セチアは泣きじゃくる。
 こんなに泣くなんてまるで小さな子供のようだと思いながらも、涙はあとからあとからあふれて止まらない。
「セチアを置いてどこかに行くなんて、絶対にない」
 耳元で囁かれた低く優しい声。だけどその言葉を信じるには不安があって、セチアはうなずきながらもまた涙をこぼした。

 ◇

 泣き疲れて、いつの間にか眠っていたらしい。
 腫れて重たくなった目を開けるとノアールの服が目の前にあって、ずっと抱きついた状態でいたことに気づく。
「……っ」
 守るように抱きしめられた腕に、あたたかな体温。
 普段からよくこうしてノアールには抱きついていたはずなのに、妙に気恥ずかしくてセチアは思わずぎこちなく距離を取ろうと身体を離す。

「セチア、起きたか」
 ノアールが顔をのぞき込み、小さく笑って腫れた目蓋に触れる。少し冷たいその指先が触れた瞬間、セチアはびくりと身体を震わせた。
「……どうした?」
「な、何でもない!ご、ごめんね、何か子供みたいだね、泣き疲れて寝ちゃうとか」
 あわあわとノアールの腕の中から抜け出して、セチアは赤くなった頬を隠すように窓の方に顔を向けた。
 ぼんやりと窓に映った顔は、泣きすぎたせいで酷い有様だ。
 小さく唸ったセチアは、窓の外を見るふりをして窓枠に寄りかかった。ガラス越しに忍び込んでくるひんやりとした空気が、少しでも腫れた目を冷やしてくれたらいいなと思いながら。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

処理中です...