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1 星空列車に乗って
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駅のホームに、一人の少女が降り立った。行き交う人々の多くが地味な色彩の服装をしている中で、服も靴も、そして髪飾りも鮮やかな赤を身に纏う少女の姿はひときわ目を惹き、肩を流れるその美しい金の髪と相まって、彼女の周囲だけほのかに明るく見えるようだ。
大きな茶色いトランクを持った少女は、きょろきょろとあたりを見回しながら、時刻表の前に立つ。時間を確認したり、ホームの奥に目をやったりと、どうやら誰かを待っているようだ。
その時、ぽんと肩を叩かれて少女はきょとんとした様子で振り返った。
「きみ、旅行でここに来たの?この近くに美味しいスイーツのお店があるんだ、良かったら一緒に行かない?」
肩を叩いたのは、少女と似た年頃の若い男。少し軽薄そうには見えるものの、なかなか整った顔立ちをしている。彼もそんな自分の容姿に自信があるのだろう、少女が断るとは夢にも思っていない様子で、微笑みを浮かべながら少女の気を引くように話しかける。
「えっと……」
少女は戸惑ったように淡いピンク色の瞳を揺らす。そんな表情の変化に気づかない様子で、男はにこにこと笑いながら少女のトランクに手を伸ばした。
「ほら、その重たそうなトランク持ってあげるよ」
「や、待って……」
慌てたようにトランクを取られまいと身体をよじろうとした少女の身体を、不意に大きな手が抱き寄せた。
「セチアに触れるな」
それは低く押し殺した声だったけれど、凍りつくほどの怒気をはらんでいる。
黒い外套を羽織ったその男は、見上げるほどの巨漢だった。声と同じくらいに冷え冷えとした表情を浮かべたその顔は美しく整っているものの、左眉の上から頬にかけて縦に走る傷が、男がただ者ではないという印象を与えている。
「……え、あ、じゃあ俺はこれで!またね!」
慌てたように後ずさり、少女――セチアに声をかけていた男はあっという間に走り去ってしまった。
遠ざかるその背中を険しい表情で見送って、その姿が見えなくなってから、男はようやく表情を少しだけ緩めた。
「ノアール!」
嬉しそうに笑顔を浮かべたセチアは、甘えるようにぎゅうっとその大きな身体に抱きついた。
「やはりセチアを一人にすべきではなかった」
ため息をつきながら、ノアールはセチアにカップを差し出す。真っ白なクリームの上にきらきらとした砂糖菓子を乗せたホットショコラを見て、セチアは目を輝かせた。この駅で人気だというこのホットショコラが飲みたいと言ったセチアのために、ノアールがわざわざ買いに行ってくれたのだ。
「ふふ、大丈夫よ。いざとなればキラだっているんだし」
ホットショコラに口をつけながら、セチアは赤いケープの胸元をそっと撫でた。それに反応して、首元から白くもふもふとした小動物がひょこりと顔を出す。
「ね?ちゃんとキラが守ってくれるわよね」
指先で撫でながら笑いかけると、キュウと小さな鳴き声が返事をした。
「ほら、キラもこう言ってるわ」
笑顔で見上げたセチアに、ノアールは渋い表情を崩さない。
「セチアを守るのは、俺の役目だ」
「んもう、キラにまでやきもち妬かないで」
くすくすと笑ったセチアは、ノアールに身体を擦り寄せた。身長差があって、首が痛くなるほどに見上げないと目も合わないけれど、こうして胸元に頬を寄せるのもセチアは結構好きだ。こうすると、ノアールはいつも優しく頭を撫でてくれるから。
甘いホットショコラと、頭を撫でる大きな手のぬくもりをしばらく堪能したあと、セチアは顔を上げた。
「そろそろ行きましょうか」
ホームに滑り込んできた列車を見て、ノアールも黙ってうなずく。
トランクを持って軽やかな足取りで列車へと向かうセチアのあとを、ノアールがまるで従者のように黙ってついていった。
大きな茶色いトランクを持った少女は、きょろきょろとあたりを見回しながら、時刻表の前に立つ。時間を確認したり、ホームの奥に目をやったりと、どうやら誰かを待っているようだ。
その時、ぽんと肩を叩かれて少女はきょとんとした様子で振り返った。
「きみ、旅行でここに来たの?この近くに美味しいスイーツのお店があるんだ、良かったら一緒に行かない?」
肩を叩いたのは、少女と似た年頃の若い男。少し軽薄そうには見えるものの、なかなか整った顔立ちをしている。彼もそんな自分の容姿に自信があるのだろう、少女が断るとは夢にも思っていない様子で、微笑みを浮かべながら少女の気を引くように話しかける。
「えっと……」
少女は戸惑ったように淡いピンク色の瞳を揺らす。そんな表情の変化に気づかない様子で、男はにこにこと笑いながら少女のトランクに手を伸ばした。
「ほら、その重たそうなトランク持ってあげるよ」
「や、待って……」
慌てたようにトランクを取られまいと身体をよじろうとした少女の身体を、不意に大きな手が抱き寄せた。
「セチアに触れるな」
それは低く押し殺した声だったけれど、凍りつくほどの怒気をはらんでいる。
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「……え、あ、じゃあ俺はこれで!またね!」
慌てたように後ずさり、少女――セチアに声をかけていた男はあっという間に走り去ってしまった。
遠ざかるその背中を険しい表情で見送って、その姿が見えなくなってから、男はようやく表情を少しだけ緩めた。
「ノアール!」
嬉しそうに笑顔を浮かべたセチアは、甘えるようにぎゅうっとその大きな身体に抱きついた。
「やはりセチアを一人にすべきではなかった」
ため息をつきながら、ノアールはセチアにカップを差し出す。真っ白なクリームの上にきらきらとした砂糖菓子を乗せたホットショコラを見て、セチアは目を輝かせた。この駅で人気だというこのホットショコラが飲みたいと言ったセチアのために、ノアールがわざわざ買いに行ってくれたのだ。
「ふふ、大丈夫よ。いざとなればキラだっているんだし」
ホットショコラに口をつけながら、セチアは赤いケープの胸元をそっと撫でた。それに反応して、首元から白くもふもふとした小動物がひょこりと顔を出す。
「ね?ちゃんとキラが守ってくれるわよね」
指先で撫でながら笑いかけると、キュウと小さな鳴き声が返事をした。
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甘いホットショコラと、頭を撫でる大きな手のぬくもりをしばらく堪能したあと、セチアは顔を上げた。
「そろそろ行きましょうか」
ホームに滑り込んできた列車を見て、ノアールも黙ってうなずく。
トランクを持って軽やかな足取りで列車へと向かうセチアのあとを、ノアールがまるで従者のように黙ってついていった。
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