上 下
44 / 62

救出

しおりを挟む
「きゃあぁっ!?」
 悲鳴を上げたベルナデットと共に、黒服の男が幾人か瓦礫となった壁と一緒に吹き飛ばされる。
 一体何が起きたのかと目を見開くシェイラの前には、青い竜。それがイーヴだと気づいた瞬間、彼は人の姿となってシェイラのもとに駆け寄ってきた。強く抱きしめられて、そのぬくもりに涙がこぼれ落ちる。
「シェイラ!」
「イーヴ……っ」
「大丈夫か? 何をされた?」
「っあ、びや、く……飲まされ、……っ」
 肌に感じるイーヴのぬくもりすら安心感よりも快楽を感じ取ってしまい、シェイラは小さく呻いた。手早く縄を解いてくれたイーヴは、シェイラの身体を着ていた上着で包み込むと、再び強く抱きしめた。
「もう大丈夫だから。すぐに帰ろう」
 シェイラを抱き上げたイーヴは、背後にいた黒い竜を見上げた。
「ルベリア、あとは任せる」
「了解。シェイラ、ごめんね。無事でよかったわ。ここはあたしがきっちりと片をつけるから、心配しないで」
 竜の姿をした彼女を見るのは初めてだけど、見つめる黒い瞳も声もルベリアのもので間違いない。逃げようともがくベルナデットを踏みつけながら、ルベリアは任せろというように片目をつぶった。
「ま、待ってイーヴ様っ! どうしてそんな人間を……っ」
「この期に及んでよく喋るわねぇ」
「わたくしの方が、あなたの花嫁に相応しいのにっ!」
 必死の形相で叫ぶベルナデットを見て、イーヴは冷たい一瞥をくれた。
「俺の花嫁は、俺が決める。相応しいかどうかなんて、他人のおまえが決めつけるな」
「……っでも、番いの証を刻んでいないということは、所詮それの寿命が尽きるまでの話なのでしょう。わたくし、あと数十年くらい待てますわ。ですから」
「残念ながら、あなたは黒竜一族から追放よ。違法な淫紋札の出どころが、まさかあなただったなんてね。ラグノリアの花嫁を娼館に売り飛ばそうとしたことも加えて長の怒りは凄まじいから、数百年は幽閉の身になることを覚悟しておくのね」
 呆れたような声で、ルベリアが踏みつける足に力を込める。信じられない、自分は悪くないと泣き叫ぶベルナデットはじたばたと暴れているものの、逃げ出すことはできないようだ。
「イーヴ、早く行って。シェイラをよろしくね」
「分かってる」
 まだ必死にイーヴの名前を呼び続けるベルナデットを無視して、彼はシェイラを抱いたまま外に出た。

 庭らしき広い場所で竜に姿を変えたイーヴは、シェイラを背に乗せた。
「早く帰ろう。戻れば、レジスが解毒剤を処方してくれるはずだ」
「ん……」
 イーヴのたてがみに頬を寄せて、シェイラはうなずく。身体の疼きは辛いけれど、イーヴのぬくもりに触れていたら、少しだけ落ち着けるような気がする。だけど、ベルナデットの言っていた番いの証のことがシェイラの心の中に暗い影を落としていた。
 恐らくは竜族にとって特別な意味を持つそのしるしを、シェイラはもらっていない。イーヴが頑なに一線を越えようとしないことも、シェイラが彼の唯一でないことを示しているような気がして苦しい。 
 囚われている間にとっぷりと日は暮れていて、星の瞬く中をイーヴは滑るように飛んでいく。以前に、湖面に星が映るのを見に行こうと約束したことを思い出して、シェイラは小さくため息をついた。こんな形で再び空を飛ぶことになるとは思わなかった。
「今度は、星を見に行こう。前に約束しただろう」
 同じことを考えていたのか、イーヴがちらりと眼だけでシェイラを振り返った。
「こんな形で俺と空を飛んだことを、覚えていてほしくない。幸せな思い出で上書きしよう」
「うん、ありがとう」
 思わず滲んだ涙を隠すように、シェイラはイーヴのたてがみに顔を埋めた。こんなにもイーヴは優しくしてくれるのに、それだけでは足りないと思う自分が、酷く浅ましいものに思える。
 媚薬のせいで疼いたこの身体をイーヴに慰めてほしいのだと願ったら、優しい彼は受け入れてくれるだろうか。
 熱に浮かされた頭で、シェイラはぼんやりとそんなことを考えていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

処理中です...