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歓迎
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シェイラを背に乗せたイーヴは、大きな屋敷の庭に降り立った。ラグノリアの王城と同じほどではないかと思う大きさに、シェイラは目を丸くする。
そっとシェイラを地面に降ろすと、イーヴの姿は竜から人へと変わる。小柄なシェイラからすると、イーヴはこの姿でも見上げるほどに背が高い。
広い庭に大きな建物。色鮮やかなガラスの埋め込まれた柱がとても美しいけれど、ラグノリアとは全く雰囲気が違う。秋も深まり少し肌寒いほどの気候だった故郷とは違って、ここはとても暖かい。
遠くまで来たことを急に実感して心細くなったシェイラは、身を守るようにイーヴに借りたマントをかき合わせた。
このあとすぐに喰われるのだろうか。いきなり頭からがぶりといかれるのも嫌だけど、今から喰うと宣言されるのも嫌だなと、シェイラは騒ぐ心臓を落ち着かせるように深く長く息を吐く。
それを見たイーヴが、眉間に皺を寄せたような気がした。
「こっちだ」
イーヴがシェイラに短く声をかけて歩き出す。どうやらまだ喰われるわけではなさそうだ。
脚の長さの違いだろうか、どんどん進んでいく彼に置いていかれないように、シェイラは小走りであとを追った。
屋敷の中に入ると、年配の男性と若い女性の二人が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「イーヴ様、戻られる前にご連絡をとお願いしておりましたのに」
裾の長い上着を着た男性が困ったような表情でそう言うものの、イーヴは表情を変えずに肩をすくめる。
「連絡を入れるより、戻る方が早いと思ったんだ」
「こちらにも準備というものが……」
ため息をつきつつ、男性はシェイラに向き直ると柔和な笑みを浮かべた。
「ようこそ、ラグノリアの花嫁様。わたくしはレジスと申します。この屋敷の執事をしております。花嫁様が心地良くお過ごしいただけるよう努めますので、どうぞよろしくお願いします」
レジスと名乗った男は優雅な仕草で一礼すると、隣に立つ女性の背を押した。
「こちらはエルフェです。花嫁様の身の回りのお世話を担当させていただきます」
「エルフェです。よろしくお願いします、花嫁様」
にこりと笑ったエルフェが、シェイラの手を握る。少し年上に見えるけれど、鼻の周りに散ったそばかすが可愛らしい印象を与える人だ。
「えっと、あの……シェイラと申します。よろしくお願い、します」
ぺこりと頭を下げながらも、シェイラは彼らの対応に戸惑いを隠せずにいた。どう考えても暖かく歓迎されていて、これから喰われるとは思えない。本当に、シェイラはイーヴの花嫁として迎えられているのだろうか。
「身の回りのことはエルフェに、その他困ったことがあればレジスに言えばいい。ここを新しい我が家だと思って、過ごしてくれ」
イーヴがそう言ってシェイラの頭をぽんと撫でると、部屋に戻ると言い残して立ち去ってしまった。
レジスが咎めるような声で一度呼び止めたものの、イーヴはあとは任せたというように軽く手を挙げていなくなってしまう。
「申し訳ありません、シェイラ様。旦那様は少し不器用で見た目も怖いですが、悪い人ではないのですよ」
とりなすようなレジスの言葉に、シェイラは平気だと小さくつぶやいて首を振った。確かに見た目は少し怖いけれど、彼はシェイラの目を見て話をしてくれた。そんな風に接してくれたのは、今まではマリエルだけだった。
レジスもエルフェも、シェイラを優しく見つめてくれて、それだけで何だか泣き出しそうなほどに嬉しくなる。
「では、お部屋にご案内しますね」
エルフェが笑顔で手を引く。うなずいて連れて行かれた先は、屋敷の二階にある部屋だった。ラグノリアでシェイラの部屋として与えられていたものとは全く違う広く綺麗な部屋に、思わずしり込みするように足を止めてしまう。
「シェイラ様?」
中に入ろうとしないシェイラを見て、エルフェが戸惑ったように首をかしげる。
「ごめんなさい、あの……あまりに広くて立派なお部屋だったから」
「そりゃもう。ラグノリアからの花嫁様をお迎えするのに、張り切って準備したんですよ。調度品なんかは、ひとまずこちらで選ばせてもらいましたが、もし何かお好みがあれば教えてくださいね。すぐに取り寄せますから」
エルフェが、得意げな表情で胸を張る。青と金色が印象的に使われた部屋は、ラグノリアと雰囲気こそ違えど美しい。まるでイーヴの髪と瞳の色をあらわしているようだなと、シェイラは部屋の中をぼんやりと見渡した。
「ひとまずお着替えをしましょうか」
エルフェの言葉に、シェイラは自らの服を見下ろす。聖女の衣装によく似た白い服は、今までシェイラが身につけたものの中で一番上等なものだ。
だけどこの豪華な部屋の中では、それすらもみすぼらしく思えてくる。服につけられた装飾品だってがちゃがちゃと重たいばかりで、安っぽく見える。
そんなシェイラの心のうちなどエルフェが知るはずもなく、彼女は鼻歌混じりにシェイラを部屋の中へと促す。鮮やかな刺繍の施されたソファに座ると、驚くほどに柔らかな座面がシェイラの身体を包み込むように受け止めた。
そっとシェイラを地面に降ろすと、イーヴの姿は竜から人へと変わる。小柄なシェイラからすると、イーヴはこの姿でも見上げるほどに背が高い。
広い庭に大きな建物。色鮮やかなガラスの埋め込まれた柱がとても美しいけれど、ラグノリアとは全く雰囲気が違う。秋も深まり少し肌寒いほどの気候だった故郷とは違って、ここはとても暖かい。
遠くまで来たことを急に実感して心細くなったシェイラは、身を守るようにイーヴに借りたマントをかき合わせた。
このあとすぐに喰われるのだろうか。いきなり頭からがぶりといかれるのも嫌だけど、今から喰うと宣言されるのも嫌だなと、シェイラは騒ぐ心臓を落ち着かせるように深く長く息を吐く。
それを見たイーヴが、眉間に皺を寄せたような気がした。
「こっちだ」
イーヴがシェイラに短く声をかけて歩き出す。どうやらまだ喰われるわけではなさそうだ。
脚の長さの違いだろうか、どんどん進んでいく彼に置いていかれないように、シェイラは小走りであとを追った。
屋敷の中に入ると、年配の男性と若い女性の二人が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「イーヴ様、戻られる前にご連絡をとお願いしておりましたのに」
裾の長い上着を着た男性が困ったような表情でそう言うものの、イーヴは表情を変えずに肩をすくめる。
「連絡を入れるより、戻る方が早いと思ったんだ」
「こちらにも準備というものが……」
ため息をつきつつ、男性はシェイラに向き直ると柔和な笑みを浮かべた。
「ようこそ、ラグノリアの花嫁様。わたくしはレジスと申します。この屋敷の執事をしております。花嫁様が心地良くお過ごしいただけるよう努めますので、どうぞよろしくお願いします」
レジスと名乗った男は優雅な仕草で一礼すると、隣に立つ女性の背を押した。
「こちらはエルフェです。花嫁様の身の回りのお世話を担当させていただきます」
「エルフェです。よろしくお願いします、花嫁様」
にこりと笑ったエルフェが、シェイラの手を握る。少し年上に見えるけれど、鼻の周りに散ったそばかすが可愛らしい印象を与える人だ。
「えっと、あの……シェイラと申します。よろしくお願い、します」
ぺこりと頭を下げながらも、シェイラは彼らの対応に戸惑いを隠せずにいた。どう考えても暖かく歓迎されていて、これから喰われるとは思えない。本当に、シェイラはイーヴの花嫁として迎えられているのだろうか。
「身の回りのことはエルフェに、その他困ったことがあればレジスに言えばいい。ここを新しい我が家だと思って、過ごしてくれ」
イーヴがそう言ってシェイラの頭をぽんと撫でると、部屋に戻ると言い残して立ち去ってしまった。
レジスが咎めるような声で一度呼び止めたものの、イーヴはあとは任せたというように軽く手を挙げていなくなってしまう。
「申し訳ありません、シェイラ様。旦那様は少し不器用で見た目も怖いですが、悪い人ではないのですよ」
とりなすようなレジスの言葉に、シェイラは平気だと小さくつぶやいて首を振った。確かに見た目は少し怖いけれど、彼はシェイラの目を見て話をしてくれた。そんな風に接してくれたのは、今まではマリエルだけだった。
レジスもエルフェも、シェイラを優しく見つめてくれて、それだけで何だか泣き出しそうなほどに嬉しくなる。
「では、お部屋にご案内しますね」
エルフェが笑顔で手を引く。うなずいて連れて行かれた先は、屋敷の二階にある部屋だった。ラグノリアでシェイラの部屋として与えられていたものとは全く違う広く綺麗な部屋に、思わずしり込みするように足を止めてしまう。
「シェイラ様?」
中に入ろうとしないシェイラを見て、エルフェが戸惑ったように首をかしげる。
「ごめんなさい、あの……あまりに広くて立派なお部屋だったから」
「そりゃもう。ラグノリアからの花嫁様をお迎えするのに、張り切って準備したんですよ。調度品なんかは、ひとまずこちらで選ばせてもらいましたが、もし何かお好みがあれば教えてくださいね。すぐに取り寄せますから」
エルフェが、得意げな表情で胸を張る。青と金色が印象的に使われた部屋は、ラグノリアと雰囲気こそ違えど美しい。まるでイーヴの髪と瞳の色をあらわしているようだなと、シェイラは部屋の中をぼんやりと見渡した。
「ひとまずお着替えをしましょうか」
エルフェの言葉に、シェイラは自らの服を見下ろす。聖女の衣装によく似た白い服は、今までシェイラが身につけたものの中で一番上等なものだ。
だけどこの豪華な部屋の中では、それすらもみすぼらしく思えてくる。服につけられた装飾品だってがちゃがちゃと重たいばかりで、安っぽく見える。
そんなシェイラの心のうちなどエルフェが知るはずもなく、彼女は鼻歌混じりにシェイラを部屋の中へと促す。鮮やかな刺繍の施されたソファに座ると、驚くほどに柔らかな座面がシェイラの身体を包み込むように受け止めた。
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