上 下
1 / 62

生贄の姉と、聖女の妹

しおりを挟む
 広場の中央にある祭壇に向かって、シェイラはうつむきがちに足を進める。一歩踏み出すたびに足首につけられた鈴が小さな音を鳴らし、髪飾りの宝石が触れ合って涼やかな音が響いた。
 うしろには、シェイラが身につけた長いベールの裾を持って付き添う神官が二人。だけど、彼らが本当は神官の服を着た騎士であることをシェイラは知っている。
 見張りなんてつけなくても逃げるわけないのにと思いながら、鈴の音を響かせてまた一歩前に進む。
 普段ほとんど出歩くことがなかったから、この距離を歩くだけでも足が痛い。たっぷりの装飾のせいでいつもよりも重い服も、シェイラの体力を奪っていく。それはもしかしたら、シェイラが逃げ出さないようにするためなのだろうか。
 ゆっくりと時間をかけて祭壇にたどり着いたシェイラは、ベールを脱ぐと膝をついた。やっとここまで来た、と思わず小さく安堵のため息が漏れる。
 吹きつける風に亜麻色の髪が乱れるのにも構わず、シェイラは祈るように両手を組んで目を伏せた。

「……お姉様」
 囁くような声に顔を上げると、目の前にはシェイラと同じ顔をした妹のマリエルが立っていた。
 透き通るような青い瞳に涙を溜め、今にも泣き出しそうな顔をする双子の妹を見つめて、シェイラは微かに笑顔を浮かべてみせる。彼女が泣くことではないのに。
 マリエルはこの国の聖女だ。周囲を黒い森に囲まれたラグノリア王国は、竜族の加護と聖女の祈りによって守られている。
 森の中では至る所で瘴気が発生しており、生身で踏み入ればたちまち動けなくなってしまう。そんな瘴気から国を守っているのが、聖女の祈りによって構築された結界と、空高く翔ける竜による保護魔法。
 かつてこの国の民が傷ついた竜を助けたことから、空の上に住む竜族はラグノリアの国土を保護魔法で守ってくれている。そんな竜族との繋がりを断たないためなのか、ラグノリアではおよそ数十年に一度、太陽が大きく翳る年に生まれた双子の姉妹の片方を、竜族に生贄として差し出すことになっている。今回は、それがマリエルとシェイラだった。
 太陽の翳る年に生まれた双子の片方には、聖なる力が宿る。竜に祈りを捧げることで結界を創り出すことができ、聖女と呼ばれる。もう片方は、代わりにその身を竜に捧げて生贄となる定めだ。
 双子の運命は、生まれたその日から決まっている。
 妹のマリエルは、透き通った青い鱗を握りしめて生まれてきた。それは彼女が竜族に認められ、聖女の力を持つという証。
 実際マリエルは聖女として日々祈りを捧げ、結界に力を注ぎ、この国を守っている。 
 だけど、シェイラは何も持って生まれてこなかった。
 同じ顔をしているのに、同じ日に生まれた姉妹なのに、二人は全く違う。
 聖女の代わりに、同じ顔をした娘が生贄となる。
 きっとそれが、シェイラの存在意義。


 しばらく黙って見つめ合ったあと、マリエルは迷いを振り払うように小さく首を振って空を見上げた。その表情は先程までとは違って凛としていて、聖女としての威厳を取り戻したように見える。
 それでいいと、シェイラも小さくうなずいた。彼女はこれから先も、この国を守っていかなければならないのだ。そのために今日、シェイラは竜に喰われる。
 
 空を見上げたまま、マリエルが手に持った長い杖を数回地面に打ちつけた。竜の鱗を模した青い飾りが揺れて、しゃらん、と透き通った音が響く。
 祈りを込めるようにマリエルが杖を高く掲げると、杖自体が青く輝き始めた。青く光る杖を持ちながら、マリエルはくるくると舞い踊る。それは、竜を呼ぶための特別な舞。
 マリエルの動きに反応するように杖は輝きを増し、その光はまっすぐに空の上へと向かっていった。
 光の行方を追うように顔を上げると、真っ青な空にやがて小さな黒い点が見えた。
 爪の先ほどの大きさだったそれは、みるみるうちに大きくなり、竜の姿となる。大きく翼を広げた黒い影を見上げて、シェイラは圧倒されるように口を開いた。
 本で読んだり話を聞いたことはあっても、実際に竜を目にするのは初めてだ。シェイラの身体より数倍大きくて、全身は硬そうな鱗で覆われている。陽の光に反射したのか青い鱗が一瞬きらめいて、その美しさにシェイラは目を奪われた。
 大きく強く、何より美しい。
 あの竜に喰われるのなら悪くないと思いながら、シェイラはまっすぐに竜を見つめる。
 くわっと開いた口の中には、鋭利な歯が並んでいる。痛いのは嫌だから丸呑みだといいなと思いながら、シェイラは祈るように握った手に力を込めた。
 強く目を閉じたせいか、目蓋の裏に今までの出来事が次々と浮かんでは消える。走馬灯というやつだろうかと思いながら、シェイラは短い人生を振り返った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!

奏音 美都
恋愛
 まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。 「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」  国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?  国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。 「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」  え……私、貴方の妹になるんですけど?  どこから突っ込んでいいのか分かんない。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...