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エピローグ 泉のほとりで愛を誓う

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 ガージの一派が捕らえられ、水資源を確保したことでテミム族は以前の穏やかな日常を取り戻した。
 泉のほかにも、最近掘っていた井戸からも水が湧き出し、水への不安はなくなったといえるだろう。
 焼けた館の建て直しも順調に進み、ザフィルの部屋の隣には、新たにファテナの部屋も作られている。
 ザフィルによって存在を隠されていたファテナだったが、今回の事件を機に皆に周知されることとなった。元ウトリド族の者が反旗を翻すことはないとザフィルが判断したこともあるし、何より族長の命を救ったことでファテナはテミム族の民からも大いに感謝されているのだ。
 ニダールらにならって姫様と呼んでファテナを慕う民の存在に慌てたザフィルは、ファテナとの婚約を大々的に発表した。全く聞かされていなかったファテナは内心驚いたものの、ずっとそばにいるというのはそういうことだなと納得して受け入れた。
 今は、二人の結婚式に向けてテミム族一丸となって準備を進めている最中だ。

 月に最低一度、ファテナはザフィルと共に泉へ向かうことにしている。ファテナが精霊に引き込まれることを恐れているのか、彼は泉のそばで決して手を離そうとしないが、それでもいつも黙って付き添ってくれる。
透き通った泉のほとりで、ザフィルはファテナの手を握ったまま小さくうなずいた。
 彼の許可を得て、ファテナはゆっくりと泉に手を差し入れると、湧き出す水を手で掬った。きらきらと輝きながら手のひらからこぼれ落ちる水は、精霊の笑い声に似た水音をたてて水面に小さな波を起こす。
 しばらく水と戯れたあと、ファテナはザフィルを振り返った。
「ありがとう。帰りましょうか」
「うん、そうだな」
 どこか歯切れの悪い口調でうなずいたザフィルは、何か言いたげに視線をあちこちに向けている。普段は一刻も早く泉から離れたいといわんばかりに帰ろうとするのに、珍しいこともあるものだ。
 怪訝に思いつつザフィルの言葉を待っていると、彼は一度咳払いをしたあとファテナの手を握ったままその場に膝をついた。
「ザフィル?」
 首をかしげたファテナは、ふいに左手にひんやりとした感覚を覚えて目を瞬いた。
 左手の薬指にそっと滑らされたのは、金の指輪。まるで青空を思わせる丸く美しい宝石が輝いている。
「……その、勝手に決めてしまって、ちゃんと言ってなかったから。ようやく指輪が完成したから、だから」
 時折つっかえながらそう言って、ザフィルはファテナの手をぎゅうっと握りしめる。
「ファテナ。俺と、結婚をしてくれるか」
 思わず息をのむと、ザフィルが顔を上げた。まっすぐ見つめる青い瞳から目が離せない。
「大好きだ。ずっとファテナにそばにいてほしいんだ。もうファテナから何も奪わないと誓うし、絶対に幸せにすると約束する。……愛してるんだ」
「私……私も、同じ気持ちよ。ずっとあなたのそばにいたいの。大好き、ザフィル。愛してる」
 込み上げる涙を堪えて笑うと、そのまま立ち上がったザフィルの腕の中に包み込まれた。
 動いた拍子にこぼれ落ちた涙を、ザフィルの唇が受け止める。そのまま移動した唇は、ゆっくりとファテナの唇に重ねられた。
「ん……待っ、ここじゃ……だめ」
 どんどん深められる口づけに、ファテナは彼の胸を押して止めようとする。微かに唇を離した状態で、ザフィルは少し不満そうに眉を顰めた。
「誰もいないだろ」
「だって……精霊が見て……ぁ、んっ」
 再び重ねられた唇に、ファテナの言葉は消える。滑り込んできた舌が、何も言わせまいというように絡みついてくる。熱い舌に翻弄されて、いつしかファテナは抵抗すら忘れてその甘く濃厚な口づけに溺れていた。
 しばらくの間ファテナの唇をむさぼっていたザフィルは、ちらりと泉の方を見て口角を上げた。
「見せつけてるから、いいんだよ」
「え……?」
 ザフィルの視線を追ったファテナは、風もないのにちゃぷちゃぷと弾む水面を見て目を瞬いた。
――そういったことは、よそでやっておくれ。
 呆れたような精霊の声も聞こえて、やはり見られていたのだとファテナは熱くなった頬を隠すようにうつむく。
「ざまあみろ、だ。ファテナは俺のだ。絶対に渡さない」
 勝ち誇ったように笑って、ザフィルはファテナを抱き上げた。驚きに小さく声をあげたファテナの頬に、彼は再びそっと唇を落とす。
「じゃあ、戻るか。ファテナを抱くところは、たとえ精霊であっても見せるつもりはないからな。その白い肌も、甘い声も、全部俺のものだ」
 艶めいたその囁きは、このあと激しくファテナを抱くと宣言しているようだ。精霊に口づけをしているところを見られた恥ずかしさはあるものの、ファテナの身体も高まっている。彼との口づけは、抱かれる合図でもあったから。
「……えっとあの、そういうことなので。また……来るから」
 泉に向けてつぶやくと、精霊が分かっていると笑ったような気がした。
「急いで戻るぞ。今夜は寝かせてやれないかもしれない」
 不穏な発言に笑いつつ、ファテナはザフィルの首に手を回してしっかりと抱きついた。
 最後にもう一度口づけを交わして、二人は泉のそばを離れた。
 誰もいなくなった泉で、風もないのに水面がさざ波のように揺れた。光に反射してきらきらと輝くその様は、二人を祝福しているかのようだった。
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