【R18】純白の巫女姫は、憎しみの中で優しいぬくもりに囚われる

夕月

文字の大きさ
上 下
51 / 65

二人の進む道 1

しおりを挟む
 ザフィルの館を出たエフラは、深いため息と共に弟のもとへと向かった。ガージは集落の東のはずれに住んでいて、いつも夜遅くまで剣の鍛錬をしている。
 重い足取りで目指すその場所には、今夜も松明の火が揺れているのが遠目からも確認できる。

 双子として生まれた二人の進む道が離れていったのは、いつ頃からだっただろうか。
 エフラとガージは、ジャイナ族という今はもう存在しない部族の生まれだ。二人が十を少し過ぎた頃に、他部族に攻め込まれて滅んだ。
 部族間の衝突はよくあることだが、大抵負けた方の部族は勝った方に吸収される。争いの理由は肥沃な土地や水資源といった生きていく上で必要なものを奪い合うことがほとんどで、土地を耕したり井戸を掘ったり川から水を引くのには人手が必要だからだ。
 そのため、奴隷のような扱いを受けることはあっても、命まで奪われることは稀だ。
 だがジャイナ族を襲った部族は、まるで娯楽のように人を殺すことを目的としていた。
 収穫間近だった畑には目もくれず、それどころか火を放った。そして幼い子供から老人まで、目についた者を笑いながら屠っていった。
 剣術を教えてくれた父親も、優しかった母親も、あっという間に殺された。穏やかな日常は一瞬で破壊され、集落のあちこちには血溜まりとばらばらにされた遺体が転がっていた。
 エフラとガージは、まだ小柄だったことが幸いして、命からがら追手を撒いて森の中へと逃げ込むことができた。
 だが、故郷を失って行くあてもない。いつまた追手に見つかるかも分からない。森の中で途方にくれていた二人のもとにあらわれたのが、ザフィルだった。
 彼もまた成人手前だったが、背が高く体格も良かった。狩りの最中だった彼が剣を持っていたことで、エフラは追手だと勘違いしてしまった。激しく抵抗し、彼の左目蓋に深い傷を負わせてしまったにも関わらず、ザフィルは平気だと笑って二人を自らの部族に連れ帰ってくれた。
 族長の息子だという彼に保護されて、エフラとガージはテミム族の一員として新たな生活を始めることとなった。
 ザフィルが族長となり、テミム族が名を知られるようになった頃から、彼の目蓋に残る傷跡は様々な噂話となって広がっている。
 巨大な獣を打ち負かした時のものであるとか、他部族の族長との一騎打ちでついたものだとか、襲った女性に反撃された時のものだという馬鹿らしい話まで。
 そんな噂話の数々も、ザフィルは軽く笑い飛ばす。そしてエフラが申し訳なさそうな顔をするたびに、この傷跡すら自分の美貌を損なうことはないと悪戯っぽく笑ってみせるのだ。
 ザフィルほど情に篤く、優しい人はいないとエフラは思っている。命を助けてくれたばかりか、住む場所も家族も失ったエフラたちを受け入れてくれた。五つしか変わらないのに彼は随分と大人で、それはきっと珍しい容姿を持つことと、若くして族長の地位を継いだことにあるのだろう。
 強く優しいザフィルのことを、エフラはまるで兄のように思っている。甘えることが苦手であまり素直に親愛の情を示すことはできていないが、彼もエフラを弟のように可愛がってくれている。
 何もかもを失ったところに手を差し伸べてくれたザフィルに報いるため、エフラは常に彼をそばで支え、共にテミム族を盛り立てていくと決めている。
 だが、弟のガージはそうではなかったらしい。助けてもらったことに感謝はしているようだが、彼はザフィルをいずれ打ち倒すべき相手だと考えている。襲われて全てを失った経験は、ガージに強さを求めさせた。誰よりも強くならねば、また奪われてしまうと思い込んでいる。そして、戦いによる高揚心に溺れているのだ。
 奪われる前に奪えばいい、それがガージの口癖だ。ザフィルがガージから何かを奪うはずがないとエフラは思っているが、弟にとってはそうではないのだろう。いずれ自分はザフィルを超えて、テミム族の長になると公言している。
 たった一人の血を分けた弟と、命の恩人であり兄と慕う人。二人が戦うことになる日を、エフラはずっと恐れている。ザフィルに全てを捧げると決めた以上、自らの半身ともいえるガージを切り捨てなければならないからだ。
 恐らくその日は、そう遠くない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

処理中です...