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「……っう、ぁ」
「痛い? 杏」
 気遣うような表情の陸に小さくうなずきながら、杏は握りしめていたシーツから手を離して陸の首裏に手を回した。
「痛い、けど大丈夫。私、丈夫だし。途中で止めるとかナシだからね」
 荒い息の下で訴えると、陸の方が泣き出しそうな顔をした。子供の頃から変わらない、唇を噛みしめて涙を堪えるような表情を見上げて、杏はそっと陸の頭を撫でた。
「私、今すごい幸せだもん。だから平気」
「うん、俺も幸せ」
 眉を下げつつ笑った陸の頬に触れ、キスをねだるように引き寄せると柔らかく唇が重なった。
「恋を叶えるリップの効果、あったね」
 吐息が混じり合う距離で囁くと、陸が小さくうなずいてまたキスが落ちてくる。
「だけど、俺以外の前でつけるのはやめて」
 少し嫉妬を滲ませた口調に、思わず笑みがこぼれる。杏はすぐそばにある陸の耳元に唇を寄せた。
「分かった。陸とのデート専用にする」
「うん。まぁ、すぐにこうやって落としちゃうかもしれないけど」
 そう言って、陸がまたキスをする。それはどんどん深まっていって、息すらできなくなるほど。
 身体はまだ痛いけど、陸とこうして溶け合うように繋がるのは幸せだなと思いながら、杏は彼の背中に手を回した。
「動いて、いいよ」
 小さく囁くと、陸が一瞬驚いたように身体を震わせた。
 大丈夫だという気持ちを込めて見上げてうなずくと、陸がゆっくりと腰を動かし始めた。
「……っ、やば。気持ち、いい」
 引き攣れるような痛みはあるけれど、心の中は満たされて幸せだ。眉間に皺を寄せて快楽に耐える陸の表情も、漏れ出る声も、愛おしくてたまらない。
「大好き、陸」
「今、それ言うのは反則だって……っ」
 ぐっと唸った陸が、耐えるように顔をしかめる。箍が外れたように何度も突き上げられて、杏は必死で陸にしがみついた。
「く……っ、あ」
 大きくため息をついて少し身体の力を抜いた陸を見て、彼が欲望を吐き出したことを理解した杏も、ゆっくりと深呼吸した。杏自身はこの行為に快楽を得ることはなかったけれど、陸の気持ちよさそうな表情を見れただけで充分だ。

「気持ち、良かった?」
 後処理を終えて隣に寝転がった陸の胸に擦り寄りながら、杏は上目遣いで見上げる。
「最高に、気持ち良かった」
 ありがとな、と笑って頭を撫でられ、そのぬくもりに笑みがこぼれる。
「だから次は、杏が気持ち良くなる番な」
「え?」
 思いがけない言葉に目を瞬くと、陸はわくわくした表情を浮かべていた。
「俺、動画見ていっぱい勉強したから、きっと杏を気持ち良くさせられると思う」
「や、あの、ああいうのはほら、ファンタジーだから」
「大丈夫だって、痛いことはしないから」
 きらきらとした瞳で見つめられて、杏は陸の性格を思い出す。
 新しいおもちゃを手に入れたら、陸は全ての機能を試してみないと気が済まないのだ。どんなことができるのかを一通り試して、その中で気に入った遊びを繰り返す陸に、杏も付き合ったことが何度もある。
 きっと、陸は杏の身体を隅々まで知り尽くすつもりだ。
 物持ちの良い陸は、手に入れたものを大切に扱うことを知っているけれど、何をされるのかと杏は頬を引き攣らせた。
「お手柔らかに、頼みます……」
 逃げられないことを知っている杏は、笑うしかない。


 結局、杏は初体験を迎えたその日のうちにすっかり快楽に弱い身体となってしまった。耐えようとしても、陸に触れられるだけで身体が反応してしまうのだから仕方ない。
 可愛い、と何度も囁きながら甘い表情を浮かべる陸は、きっと杏だけが知るもので、それを独占していると思うだけで身体は喜びに震えてしまう。
 陸の前でだけ、杏はほんの少しだけ可愛い女の子になれるような気がする。彼が、言い聞かせるように可愛いと言ってくれるから。

 ◇
 
 絶大な効果のあった恋が叶うリップは、陸とデートの時だけにつけることにすると決めたものの、結局出かける前にいつも濃厚なキスで落とされてしまうからつけて外に出たことはない。
 だけど、陸がそうすることを楽しみにしているのも知っているから、杏は今日もリップを念入りに塗って、陸の部屋を訪ねる。

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