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「杏、可愛い」
 掠れた声でつぶやいた陸が身体を起こし、ぐったりと弛緩した杏の頭を撫でる。手の甲で口元を拭う仕草が妖艶で、思わずぼんやりと見つめてしまう。
「今、イった?」
「わ、わかんないけど……多分」
「そっか」
 何だか嬉しそうに笑って、陸がベッドの隣にある棚へと向かう。引き出しの中から何かを取り出して戻ってくると、手早く服を脱ぎ始めた。
 ちらりと枕元に目をやると、そこには予想通りの小さな箱。だけどそれが新品ではないことに、胸がちくりとする。陸は、誰かとこれを使ったのだろうか。このベッドの上で、他の子と愛しあったのだろうか。

「……杏?」
 唇を噛みしめた表情に気づいたのか、陸が怪訝そうに頭に触れる。
「陸は、初めてじゃない……の?」
「え?」
「ゴム……使いかけみたいだし、何か手慣れてたし」
 言葉にしていくうちに涙があふれそうになる。
 つんと痛んだ鼻を押さえていると、陸が気まずそうな表情で杏の顔をのぞき込んだ。
「初めてだよ。手慣れてるか分かんないけど、何ていうかその、動画とか見てたし」
「ゴムは?」
「……っ、着け方の練習だっているだろ!」
 顔を赤くした陸が、怒ったようにつぶやいて横を向く。それが照れ隠しなことは分かったので、杏は腕を伸ばして陸の首筋に抱きついた。
「良かった。今、すっごい嫉妬した」
「そんなこと言われると我慢できなくなるからやめて……」
 心底困ったように陸が言うから、杏は思わず声をあげて笑った。

「杏、いいよな?」
 ゴムの箱に手を伸ばしながら、陸が囁く。
 こくりとうなずいたあと、杏は待ってとつぶやいて陸の腕を掴んだ。
「ね、私もしなくていいの?」
「うん?」
 きょとんとした表情が可愛いと思いながら、杏は陸の下半身にちらりと視線をやる。初めて目にするそれは、何だか凶悪そうに見えるけれど、同時に身体の奥が疼くような感覚にも襲われる。
「あの、ほら、陸がしてくれたみたいに私も……口で」
 上手くできるか分からないけれど、ともごもごしながら言うと、陸の顔が赤くなったような気がした。
「……っ、想像しただけでヤバい、から、今日は……いい」
 ふうっと落ち着かせるように、何度も息を吐いて陸が言うと、杏の頭を撫でるように髪に触れた。
「それより早く、杏と繋がりたい」
 吐息混じりの声はびっくりするほどの色気を纏っていて、杏は一気に上がった体温を自覚しながらこくこくとうなずいた。
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