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第一章

39  カルパスという男

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( カルパス )

私、〈 カルパス・ロン・エタノール 〉は、現在公爵家メルンブルク家の次男リーフ様に仕える専属執事である。


元々の身分は子爵。

兄二人の三男であった私は比較的自由な環境で育ち、両親は私を愛してくれたし兄弟仲も問題なく、私は幸せに育ててもらったと思う。


ただ、物心ついた時から自身の心に熱く燃える何かが存在していた事に気づいていた。

正しくあろうとする心をあざ笑うかの様に、悪意は善者を襲う。

それに対し怒りの感情を抑えることが私にとってはとても辛く、難しい事であった。


恐らく育った環境に何か問題があったわけではない。


現に同じ環境、同じ教育方針で育った兄2人は穏やかで平和を好み、悪に対してもイシュル神の精神に則って慈悲を与えるべきだと言うような根っからの善人達であったからだ。


両親も同様の善人で余分なお金は貧しき人々へ────

そのため子爵にしては非常に慎ましい生活を送っていたが、それに対し家族が不満を漏らすことは1度もなかったし、私もそんな生活に不満など持った事は一度もない。


しかし、我が家を利用し利益を貪ろうとする輩に対しては常に怒りと不満がこの心にあった。

善良に生きている善人を陥れ自身の欲望を叶える姿、それほど醜い姿はこの世の中にありはしない。

そう思う自分はおかしいのだろうか?


最初の頃はそのことに酷く悩み、周りの人々の様に見て見ぬふりをして生きていく事────それが賢く正しい生き方であるし、そうすべきであると……そう思おうとした時もあった。

しかし、結局私にその生き方はできなかった。

その為これは生まれながらに私に備わった特性であると受け入れ、その心に従い私は精一杯生きてきたつもりだ。


そんな中、私が18の年を迎えてすぐの事。

毎週欠かさず行っていたイシュル神の礼拝で、私は運命的な出会いをした。


後に私の妻となり、娘イザベルの母となる< イソラ >だ。


イソラは優しく慈悲深かったが、確固たる自分の意見を持っていて、決して人をむやみに甘やかしたりしない強い女性であった。


私はそんな彼女を心から愛し、そして彼女も私を愛してくれた。


そうして周りに祝福されながら私達は婚姻を結び、愛する人との目がくらむような幸せな日々を過ごしていたが、残念ながらその幸せは────


長くは続かなかった。


婚姻を結び少し経った頃、私達のもとに待望の新たな命が降り立つ。

それに歓喜する私達をよそに医師は静かに告げた。


"      お子を産めば奥様は死にます

奥様は生まれつき体が弱く、出産に耐えることが出来ないでしょう。    "


そう医師は説明し最後に────


後悔のないご決断を……とだけ告げ部屋を出ていった。


重々しい空気の中、長い長い沈黙が続いたが、私が先にその沈黙を破る。


” 諦めよう ” 


未だ一言も発しないイソラに対し、ポツリと呟いた。


新たに生まれようとする命……

しかも愛する人との子供を諦めるなど、それがどんなに辛い選択であるか……


私の心がズタズタに引き裂かれた様に痛んだが、イソラを失う事など私には考えられない。


……苦渋の決断をするしかなかった。


しかし、イソラは決して首を縦に振ってはくれない。


彼女は自身の命より生まれてくる子供の命を選んだのだ。


そしてイソラは最後までその選択を貫き通し、イザベルを出産した後は……幸せそうな笑みを浮かべたままイシュル神の元へと旅立っていった。


イソラが残してくれた世界で一番大事な宝物。

私は娘が愛おしい。


イソラが自身の命をかけてでも産むと決めた時、その選択を恨んだ事もあった。


だが、今はその気持ちが痛いほど分かる。


子供とは親にとって、かけがえのない存在であり、それこそ命に変えてでも守りたい存在であった。

それをイソラは産む前から知っていたのだ。

改めて彼女の強さを思い知らされ、今はイザベルをこの世に産み落としてくれた感謝の気持ちがこの胸を占めている。


そうして何事もなくイザベルはすくすくと育っていき、仕事も順調に出世していった頃。

実力を高く買われ公爵家メルンブルク家の執事長にどうだろうかと、当主のカール様から直々の指名があった。


公爵家メルンブルク家は王族に次ぐ権力をもつ貴族の頂点に立つ大貴族で、いくら仕事で高い地位を得ていたとしても、その話を断ることは不可能。


当時の仕事場の上司にそう告げられ、私はメルンブルク家の執事長になったのだった。

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