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五章・変わりつつある気持ち

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「ん……」


 煌々と電気がついたまま寝落ちていた穂乃果は眠い目を擦りながら携帯を手探りで探し当て時間を確認すると既に時刻は夜中の一時を過ぎていた。


「うわ……こんな時間」


 もう夜中の一時だというのに隣には玲司の姿がない。今日は自分の部屋で寝ているのだろうか。最初に忙しい時は自室で寝ると言っていた。けれど玲司はまだ一度も自分の部屋で寝ていない。引っ越してきてからずっと穂乃果の部屋で、穂乃果のことを抱き寄せながら眠っていた。


「今日は忙しいのかな」


 秘書のアシスタントとして働いていても玲司のスケジュール管理は原口は行っているのでまだ玲司の仕事内容は全て把握出来ていない。でも一緒に働いてみて思うことは、玲司は常に忙しそうだった。


 部屋を出て隣の扉を見てみると隙間から明かりが漏れている。まだ玲司は起きていることが分かった。


「ついで、ついでだから」


 静かに階段を降り、キッチンに立つ穂乃果。お湯を沸かしそっと紅茶のティーパックにお湯を注いだ。コーヒーと悩んだが夜にカフェインをとりすぎるのも良くないような気がして、控えめに紅茶にした。高級な紅茶なのだろうか、いい香りがふわっと香る。


 トレイにのせこぼさないようゆっくりと階段を登り玲司の部屋のドアを二回ほどノックした。


「穂乃果?」


 玲司の不思議がる声が中から聞こえる。


「たまたま起きて喉が乾いたんで紅茶を淹れたんです。玲司さんも飲みますか?」


 直にドアが開きメガネ姿の珍しい玲司の姿が目の前に現れる。ドキンと一回、大きく穂乃果の心臓が飛び跳ねた。


「あ、あの……」


 思わずトレイを持っている両手に力が入った。


「わざわざ淹れてくれたの?」


「いえ、私が飲みたくてついでです!」


 否定するために声が少し大きくなる。玲司はクスリと小さく微笑み「入って」と穂乃果を中へ招き入れた。


「失礼します」


 玲司の部屋に入るのは初めてじゃない。一度無断で物色したが、いかにも初めて入りましたと装いながら穂乃果は部屋へ入った。


「ここに置きますね」


 玲司のデスクの上に紅茶を置き自分の分だけを持って部屋を出ようとした。


「穂乃果、ここで飲んで行きなさい。椅子がないからベッドで申し訳ないけど」


「でもお仕事中ですよね? 邪魔になりますので自分の部屋に戻ります」


「仕事はもう終わったからいいんだ。僕が穂乃果と一緒にお茶を飲みたいだけだから。いいよね?」


 玲司は少し甘えるように見つめてくる。眼鏡姿と甘えた表情にドキっと心臓が高鳴った。


「ま、まぁお仕事が終わっているのであれば……」


 玲司は自分のベッドに座り「おいで」と穂乃果を手招きする。穂乃果もそっと玲司の隣に三十センチほど距離を開けて腰をおろした。自分の気持ちを落ち着かせるように紅茶を一口飲む。


「ちょっと遠くないかな?」


 足を組んで自分の膝の上に頬杖をついた玲司は穂乃果をじぃっと見つめてくる。横から刺さる視線が痛いくらいに感じた。


「……遠くはないですよ」


 ゴクリとまた穂乃果は一口紅茶を飲む。


「そっか。じゃあ僕が穂乃果に近づけばいいだけだもんね」


 ぎしっとベッドを鳴らし玲司は三十センチの隙間をすぐになくしてしまった。少し動けば肩が当たる。それくらい近い距離。いつも一緒に抱き締めながら眠っているはずなのになぜかひどく緊張する。隣り合っている肩側が燃えそうな程、熱を持っていた。


 特に会話をすることもなく、ただ二人の紅茶を飲む音、呼吸音だけが静かな部屋に聞こえるだけ。でもなぜか穂乃果の耳にはドクドクと自分のうるさい心臓の音も聞こえていた。


 穂乃果の紅茶はあと一口でなくなりそうだ。


 これを飲んだら部屋に戻ろう。


 最後の一口を飲もうとしたとき玲司の手が穂乃果の紅茶のカップを奪っていった。


「え? あの、玲司さん?」


「この一口を飲んだら一人で部屋に戻ろうと考えていただろう?」


「なっ……」


 なんで気が付いたの?


 まさか無意識に声に出していたのだろうか? 不思議そうな顔で穂乃果は玲司を見た。


「はい、おやすみって僕が帰すと思った?」


「えっ、と……」


 思わず声をくぐもらせる。


「今日は疲れているのかなと思ってそのまま寝かしてあげようと思ったけど、穂乃果がわざわざお茶を淹れてきてくれて、こんな可愛いことされて我慢できると思う? 僕はそんな紳士じゃないからね」

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