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9.忘却
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「ここは…」
キムは辺りを見回して思わず呟く。
辺り一面緑の海の中、一人立ち尽くしていたからだ。そして、ふと気付く。
「ここは…じいさんと暮らした星だ…」
むせ返るような青葉の香り、濃厚な土の匂い。顔に当たる風がそれらを運んでくる。思わず懐を…あの銃を収めている場所を押さえてしまう。
実はあの銃は祖父の形見だが、キムは厳格な祖父が大嫌いだった。祖父は退役後、地球にあった家を引き払い、辺境の星へ引っ越すなりそれまで無縁だった農業をはじめた。その頃、キムの両親が事故で亡くなったため、否応なく祖父に引き取られ、農業を手伝うハメになる。
そんな祖父がいつも口癖のように言っていたことがある。
『人は常に他者によって生かされている。日々それを噛み締めて生きよ』
キムはそれを聞く度に、特権階級しか住めない地球を捨てさせられて、何を偉そうに言うのだと気分を害していた。
そんなある日、祖父が病に倒れた。その病床にて祖父はキムに例の銃を渡しながら、あの言葉を繰り返した。キムは頷きながらも、これで解放されると心の底で大喜びをした。
その後すぐに、祖父の財産を全て処分したが、形見の銃だけはなぜか処分する気になれず、そのまま手元に残し、それを元手に士官学校へと入学する。その時にトライア将軍に素質を認められ、今日の地位までこぎ着けたのだ。
「一体何故」
不思議に思って、周りを見渡すと遠くに誰かが草原の中に立っているのが見えた。
「あれは…じいさん?」
死んだはずなのになぜ?いや、それよりもこの状況はいったいなんだ?だが、そう考えるよりも先に勝手に足が動いて、祖父のところへ行こうとする。だが、ちっとも距離は縮まない。
あぁ、そうか。これは夢だ。
キムはそう気付くが、行動を制限することができない。そうこうしているうちに、祖父がすっと地平を指差すと何事かを話した。だが、遠すぎて口を動かしていることしかわからない。キムは焦れて叫ぶ。
「なんだよ! 何か文句でもあるのか?!」
だが、祖父は微笑んでいるだけ。キムは必死に手を伸ばしながら走った。だが、反対に祖父は遠ざかるばかり。
「文句があるなら言えよ!」
だが、答えは返ってこない。走っているうちに段々と周りが明るくなっていき、祖父の姿が霞んでいく。
「じいさん待てって!」
「う…」
キムは短く呻くと、目を覚ます。妙に明るい室内に自分の置かれた状況を把握できなかったが、それも一瞬のことで、忌ま忌ましげに舌打ちをした。
「くそっ…!」
一体、あの得体の知れない人物はなんだと思う。すると、病室のドアが開いて、誰かが入ってくる気配がした。
「…誰だ」
キムの声にヒョイと顔をのぞかせたのは、モイストだった。
「オイッス。一応初めましてー」
ヒョイと片手を挙げたモイストに、キムは警戒心を露にする。
「なんだキサマは」
「あ? 俺? モイストっていうんだよー。一応アナタの警備&監視係だよー。本業は警備隊&救助隊の隊長さんでーす」
よろしくねーと呑気に手を振るモイストにキムは顔を歪めた。
「…はっ! こんなど田舎星の人間が俺にかなうとでも?」
その侮蔑を含んだ言葉に、モイストはヒョイと肩をすくめる。
「まぁ、万全なアナタの状態だったらちょっと穏便にーとは難しいかもしれないけど。一応、俺、ここの星の出身じゃないから」
ざーんねーんと指をチッチと振りながら言うモイストにキムは目を丸くする。
「なんだと…?」
「だからさ、俺ここの星の人間じゃないっしー、一応、ちゃんとした軍隊で特殊戦闘の専門訓練とかその他諸々そっち関係の訓練受けてるしー」
成績優秀だったんだよーと呑気に言う、この目の前の男にキムは速攻切り捨てる。
「嘘をつけ」
だが、モイストはへにゃりと笑う。
「いやいや、これがまたホント。そういや、アナタとも10年ぐらい前にやりあったことあるよ? 艦隊戦だけどもさ。俺そん時、一応艦長なるものやってたから」
そう言ってモイストはニヤリと笑う。その言葉にキムは顔色を変えた。
「?! お前まさかっ…!」
「ピーンポーン。あったりー。銀河連合出身の人間でーす」
イヤイヤ、あの時はお互い様だったよねーというモイストに、キムはたった一つだけ思い当たる節があった。何故なら、その戦闘以外、銀河連合相手に負けたことがなかったからだ。あの時、艦隊を分断し、ほぼ全滅させ完全に勝利したと確信したのに、一瞬の隙をついて僅かに残っていた艦船を纏めあげられ逃げられてしまった。しかも、こちら側の半数を自滅に追い込んでいくというおまけを付けられて。
「クソッ…! あの時のやつかっ!」
キムは身構えようとするが、傷の痛みに短く呻いて傷を押さえる。
「あぁ、もう無茶しなさんなってー。しょーがない人だねー」
手を差し伸べるモイストをキムは振払う。
「イテテ…」
「なぜ銀河連合の人間がここにいる…!」
例の件を嗅ぎ付けてきたのか、キムがそう思ったときだった。モイストはヘラリと笑うと頭を振る。
「あ、俺もう、銀河連合やめてるから」
……。
「は?」
キムは一瞬ポカンとしてしまった。
「いやぁ、ずいぶん前にさー、作戦中にこの星に落っこちちゃったんだけど、居心地良くなっちゃって」
「居心地…?」
「んで、部隊ごとここの落とし物になっちゃったんだー」
………。
「お…おとしもの…?」
「そ。落とし物。最初はエッライ変な星に落ちちまったーって思ったけど、これがなんと俺にはあってたらしくってー」
俺、ここに残るわーって言ったら、部下達もじゃあ俺達も残りますわーって言ったもんだから、そのまま部隊ごと移住しちゃったーと、呑気な口調で話すモイストをキムは信じられないものを見るように見た。
「こんな低文明の星に何の…!」
キムが唸るように言うと、モイストはそうねーと笑う。
「何でもかんでも人間の手だもんねー、この星ってば」
「そうだろう。ではなぜ」
キムの疑問にモイストは話は長くなっちゃうけどねーと言いながら、窓枠に腰掛けた。
「俺はさ、親なしでスラム街で育ったのよ。ま、このご時世よくある話だよね。メシ食いたさに軍隊入りっていうのも」
モイストは目を眇めて、明るい窓の外を眺めている。
「軍に入ってからは、相手を蹴落とすことばっかり考えてたね。…アナタも多分そういう人間でしょ?」
チラリとこちらを見る目に、キムは黙ったまま。
「…この星に落ちてきて吃驚したのは、空の綺麗さだったね。見てよ、このきれいな蒼」
モイストはそう言いながら、楽しそうに空を見上げた。
「俺の知ってるのは、宇宙の闇と、都市部のきったない空だったから」
しばらくアホみたいに空ばっかり見ていたねとモイストは言う。
「おまけにここの住人のお人好しなこと。俺の素性をはっきり知らないくせにそりゃあもう至れり尽くせり」
「…ただの平和ボケだろう?」
キムの刺がある言葉に、モイストは声をあげて笑う。
「あっはっは。まぁ、そうともとれるかもしれないけどね。んでも俺、耐えられなくなっちゃって、俺は人殺しだ、戦争で万単位で人を殺してるんだぞって言ってやったんだよ。それどころか裏工作とかそんな汚いことだってお得意だっていってやったのよ」
「へぇそれで? どうせ、そんなものはこれから償っていけばいいとか言われたんだろう? 平和ボケしたやつらが言いそうなことだ!」
キムが吐き捨てるようにいうと、モイストは頭を振った。
「それがさー、皆泣くのよ」
泣くと言う言葉にキムは目を丸くする。
「な、なく?」
「そうそこにいた連中全員で」
それはもうアナタ、女子供が泣くんなら可愛らしいものだけど、ごっついオッサンやらジジィまでみんなして号泣よ?すごかったんだからとモイストがうんざりしたように言う。
「なんで泣くんだ?」
「それがね、死んだ人もあんたも可哀想だって。最初っからここの星に生まれていたらよかったのにってさ」
「はっ! 何が可哀想だっていうんだ?」
キムはバカバカしいと吐き捨てる。モイストはでっしょーと笑う。
「俺も最初そう言ったのよ。どこがって? 俺のどこが可哀想なんだって。俺は俺の才覚でそれまで生きてきたんだからさ。そうしたらここの連中ときたら。ホントにもう笑っちゃうんだから」
「…なにを言われたんだ?」
「友達になってたかもしれないのにって」
「は?」
「だって、戦争をしてなきゃ、戦っていた相手と友達になっとったかもしれへんやんってさ。そのほうが楽しくってえぇのにって。しかもそんな嫌そうな仕事もしなくて済んだかもしれないのにだって」
「…わけがわからん」
「俺もさー、最初はこいつら何言ってんだろうって理解できなかったわけよ」
そこで、モイストは一旦言葉をきって、窓の外を見て微笑んだ。
「おいでなすった」
「え?」
キムがモイストの視線につられて窓の外を見ると、大人や子供がたくさんの花を抱えてやってきたところだった。
「やっほー」
モイストがにこやかに手を振ると、皆笑いながら手を振り返し、キムに気付くと子供の一人が紙をペタリと窓に貼付けた。ほかの人間たちは、それぞれ持ち寄ってきた花をきれいに並べている。
「なんだ?」
キムが眉を顰めると、モイストがかわりに読んだ。
「けがが早く良くなるといいねってさ。これから毎日、近隣の村の人間が交代でお見舞いにやってくるよー」
これ、お見舞いの花なんだよーとモイストが言う。キムはバカバカしいと横を向く。
「……偽善だ」
モイストはその吐き捨てるような言葉にクスクスと笑いをこぼす。
「この星の住人はねー、自分達が嫌なことを他人にすることがいやなのよ。どうせなら楽しくなくっちゃっていうのが基本姿勢なの」
「は?」
「例えばね、戦争するじゃない? すると怪我したり、痛い思いをするじゃない? そんなのいやなんだって。で、自分がいやなのを他人にするのもいやなんだって。喧嘩になりそうでもま、いいかーってなっちゃって、喧嘩にもならないんだよね」
モイストはおかげで俺、警備兵もかねているのにやることほとんどないんだよねーと笑う。
「バカげてる!」
「俺もそう思ったね。バカげてるって。でもさその時、議長が言ったんだよ」
「…あの変なやつが?」
「そう。あの変人さんがねー『自分一人で生きてるわけやない。人は生かし、生かされとるんや』っていうんだよ」
キムは目を見開く。それは奇しくも彼の祖父の遺言と同じだった。
「そんなもの…そんなことは…!」
「ないと思うよねぇ。俺達みたいな生き方してたらさ。思いどおりに人を動かすことを仕事にしてきたんだもん」
そうだ。自分の才覚で、自分の思うように生きてやる。そう、祖父が亡くなった時に誓ったのだ。
「でもねー、ここで生活してると、わかっちゃうんだよね」
「…なにが?」
「自分の才覚で、自分の思う通り生きていたつもりがそうでもないってことをさ」
ドクン。知らずキムは胸を押さえる。だめだ。聞いてはいけない。そう体の奥底から警告が走る。
「自分の思う通りじゃなくって、いろんな思惑に走りまわされてるだけだって」
「そんなことは…そんなことはない!」
絞り出すようにいうキムにモイストは腕を組む。
「そんなことはあると思うよー。少なくとも俺はそう思ったね。だから俺はここで生きていくことにしたんだー」
まぁ、どんな理屈捏ねたって、ここが居心地いいってことには変わりないし、ここで暮らしたら戦争するのバカバカしくなったのもあるしねーとモイストは笑う。
「キサマはただの平和ボケなだけだっ!」
キムのその非難を含んだ言葉にモイストは肩をすくめる。
「そう? 平和っていいじゃない。ここじゃあ、争いごとも、ま、いっかーですんじゃって、その後は皆で仲良く宴会してそれで終わりだもん。戦争をしてお金かけまくるより、金銭的にも人的にも感情的にも後腐れなくっていいことでしょ?」
「何をいう! 戦い、相手を完膚なきまでに叩きのめし服従させればいいだけだ!」
「それこそバッカバカしいよ。いっつも、禍根が残って戦争の繰り返しじゃない」
「くっ…」
言葉に詰まるキムにモイストはフゥと溜息を吐いた。
「ま、とりあえず、ここの星のスタンスはそうだから。アナタが何を目的としてきたかは知らないけれど、今の自分が好きで変わりたくないと思うなら、全てに目を塞いで、耳を塞いで、そんでもってちゃっちゃと怪我を治して、その身一つでトットとこの星を出ることだけ考えたほうがいいと思うよ? この星にいたら、アナタのような人はアイデンティティが崩れまくると思うし。あぁ、それから特にあの議長をなんとかしようなんて思わないようにね?」
モイストはそう言うと少し含みのある笑みを口元に浮かべた。
「…アイツは一体何者なんだ?」
キムはあの恐ろしい気配を発した男を思い出しながら、モイストに尋ねる。
「議長だとしか言えないねぇ」
「なんだと?」
モイストは口元を手で隠す。
「だって、ホントにそうだから。ま、あの人はこの星を愛しちゃってるから。それとね」
「それと?」
「あの人を本気で怒らせるとそんな怪我だけじゃすまないからね」
多分もうその身に思い知らされたんじゃない?とモイストに言われ、先ほどの殺気を思い出し、キムはその身を恐怖によって震わせた。
キムは辺りを見回して思わず呟く。
辺り一面緑の海の中、一人立ち尽くしていたからだ。そして、ふと気付く。
「ここは…じいさんと暮らした星だ…」
むせ返るような青葉の香り、濃厚な土の匂い。顔に当たる風がそれらを運んでくる。思わず懐を…あの銃を収めている場所を押さえてしまう。
実はあの銃は祖父の形見だが、キムは厳格な祖父が大嫌いだった。祖父は退役後、地球にあった家を引き払い、辺境の星へ引っ越すなりそれまで無縁だった農業をはじめた。その頃、キムの両親が事故で亡くなったため、否応なく祖父に引き取られ、農業を手伝うハメになる。
そんな祖父がいつも口癖のように言っていたことがある。
『人は常に他者によって生かされている。日々それを噛み締めて生きよ』
キムはそれを聞く度に、特権階級しか住めない地球を捨てさせられて、何を偉そうに言うのだと気分を害していた。
そんなある日、祖父が病に倒れた。その病床にて祖父はキムに例の銃を渡しながら、あの言葉を繰り返した。キムは頷きながらも、これで解放されると心の底で大喜びをした。
その後すぐに、祖父の財産を全て処分したが、形見の銃だけはなぜか処分する気になれず、そのまま手元に残し、それを元手に士官学校へと入学する。その時にトライア将軍に素質を認められ、今日の地位までこぎ着けたのだ。
「一体何故」
不思議に思って、周りを見渡すと遠くに誰かが草原の中に立っているのが見えた。
「あれは…じいさん?」
死んだはずなのになぜ?いや、それよりもこの状況はいったいなんだ?だが、そう考えるよりも先に勝手に足が動いて、祖父のところへ行こうとする。だが、ちっとも距離は縮まない。
あぁ、そうか。これは夢だ。
キムはそう気付くが、行動を制限することができない。そうこうしているうちに、祖父がすっと地平を指差すと何事かを話した。だが、遠すぎて口を動かしていることしかわからない。キムは焦れて叫ぶ。
「なんだよ! 何か文句でもあるのか?!」
だが、祖父は微笑んでいるだけ。キムは必死に手を伸ばしながら走った。だが、反対に祖父は遠ざかるばかり。
「文句があるなら言えよ!」
だが、答えは返ってこない。走っているうちに段々と周りが明るくなっていき、祖父の姿が霞んでいく。
「じいさん待てって!」
「う…」
キムは短く呻くと、目を覚ます。妙に明るい室内に自分の置かれた状況を把握できなかったが、それも一瞬のことで、忌ま忌ましげに舌打ちをした。
「くそっ…!」
一体、あの得体の知れない人物はなんだと思う。すると、病室のドアが開いて、誰かが入ってくる気配がした。
「…誰だ」
キムの声にヒョイと顔をのぞかせたのは、モイストだった。
「オイッス。一応初めましてー」
ヒョイと片手を挙げたモイストに、キムは警戒心を露にする。
「なんだキサマは」
「あ? 俺? モイストっていうんだよー。一応アナタの警備&監視係だよー。本業は警備隊&救助隊の隊長さんでーす」
よろしくねーと呑気に手を振るモイストにキムは顔を歪めた。
「…はっ! こんなど田舎星の人間が俺にかなうとでも?」
その侮蔑を含んだ言葉に、モイストはヒョイと肩をすくめる。
「まぁ、万全なアナタの状態だったらちょっと穏便にーとは難しいかもしれないけど。一応、俺、ここの星の出身じゃないから」
ざーんねーんと指をチッチと振りながら言うモイストにキムは目を丸くする。
「なんだと…?」
「だからさ、俺ここの星の人間じゃないっしー、一応、ちゃんとした軍隊で特殊戦闘の専門訓練とかその他諸々そっち関係の訓練受けてるしー」
成績優秀だったんだよーと呑気に言う、この目の前の男にキムは速攻切り捨てる。
「嘘をつけ」
だが、モイストはへにゃりと笑う。
「いやいや、これがまたホント。そういや、アナタとも10年ぐらい前にやりあったことあるよ? 艦隊戦だけどもさ。俺そん時、一応艦長なるものやってたから」
そう言ってモイストはニヤリと笑う。その言葉にキムは顔色を変えた。
「?! お前まさかっ…!」
「ピーンポーン。あったりー。銀河連合出身の人間でーす」
イヤイヤ、あの時はお互い様だったよねーというモイストに、キムはたった一つだけ思い当たる節があった。何故なら、その戦闘以外、銀河連合相手に負けたことがなかったからだ。あの時、艦隊を分断し、ほぼ全滅させ完全に勝利したと確信したのに、一瞬の隙をついて僅かに残っていた艦船を纏めあげられ逃げられてしまった。しかも、こちら側の半数を自滅に追い込んでいくというおまけを付けられて。
「クソッ…! あの時のやつかっ!」
キムは身構えようとするが、傷の痛みに短く呻いて傷を押さえる。
「あぁ、もう無茶しなさんなってー。しょーがない人だねー」
手を差し伸べるモイストをキムは振払う。
「イテテ…」
「なぜ銀河連合の人間がここにいる…!」
例の件を嗅ぎ付けてきたのか、キムがそう思ったときだった。モイストはヘラリと笑うと頭を振る。
「あ、俺もう、銀河連合やめてるから」
……。
「は?」
キムは一瞬ポカンとしてしまった。
「いやぁ、ずいぶん前にさー、作戦中にこの星に落っこちちゃったんだけど、居心地良くなっちゃって」
「居心地…?」
「んで、部隊ごとここの落とし物になっちゃったんだー」
………。
「お…おとしもの…?」
「そ。落とし物。最初はエッライ変な星に落ちちまったーって思ったけど、これがなんと俺にはあってたらしくってー」
俺、ここに残るわーって言ったら、部下達もじゃあ俺達も残りますわーって言ったもんだから、そのまま部隊ごと移住しちゃったーと、呑気な口調で話すモイストをキムは信じられないものを見るように見た。
「こんな低文明の星に何の…!」
キムが唸るように言うと、モイストはそうねーと笑う。
「何でもかんでも人間の手だもんねー、この星ってば」
「そうだろう。ではなぜ」
キムの疑問にモイストは話は長くなっちゃうけどねーと言いながら、窓枠に腰掛けた。
「俺はさ、親なしでスラム街で育ったのよ。ま、このご時世よくある話だよね。メシ食いたさに軍隊入りっていうのも」
モイストは目を眇めて、明るい窓の外を眺めている。
「軍に入ってからは、相手を蹴落とすことばっかり考えてたね。…アナタも多分そういう人間でしょ?」
チラリとこちらを見る目に、キムは黙ったまま。
「…この星に落ちてきて吃驚したのは、空の綺麗さだったね。見てよ、このきれいな蒼」
モイストはそう言いながら、楽しそうに空を見上げた。
「俺の知ってるのは、宇宙の闇と、都市部のきったない空だったから」
しばらくアホみたいに空ばっかり見ていたねとモイストは言う。
「おまけにここの住人のお人好しなこと。俺の素性をはっきり知らないくせにそりゃあもう至れり尽くせり」
「…ただの平和ボケだろう?」
キムの刺がある言葉に、モイストは声をあげて笑う。
「あっはっは。まぁ、そうともとれるかもしれないけどね。んでも俺、耐えられなくなっちゃって、俺は人殺しだ、戦争で万単位で人を殺してるんだぞって言ってやったんだよ。それどころか裏工作とかそんな汚いことだってお得意だっていってやったのよ」
「へぇそれで? どうせ、そんなものはこれから償っていけばいいとか言われたんだろう? 平和ボケしたやつらが言いそうなことだ!」
キムが吐き捨てるようにいうと、モイストは頭を振った。
「それがさー、皆泣くのよ」
泣くと言う言葉にキムは目を丸くする。
「な、なく?」
「そうそこにいた連中全員で」
それはもうアナタ、女子供が泣くんなら可愛らしいものだけど、ごっついオッサンやらジジィまでみんなして号泣よ?すごかったんだからとモイストがうんざりしたように言う。
「なんで泣くんだ?」
「それがね、死んだ人もあんたも可哀想だって。最初っからここの星に生まれていたらよかったのにってさ」
「はっ! 何が可哀想だっていうんだ?」
キムはバカバカしいと吐き捨てる。モイストはでっしょーと笑う。
「俺も最初そう言ったのよ。どこがって? 俺のどこが可哀想なんだって。俺は俺の才覚でそれまで生きてきたんだからさ。そうしたらここの連中ときたら。ホントにもう笑っちゃうんだから」
「…なにを言われたんだ?」
「友達になってたかもしれないのにって」
「は?」
「だって、戦争をしてなきゃ、戦っていた相手と友達になっとったかもしれへんやんってさ。そのほうが楽しくってえぇのにって。しかもそんな嫌そうな仕事もしなくて済んだかもしれないのにだって」
「…わけがわからん」
「俺もさー、最初はこいつら何言ってんだろうって理解できなかったわけよ」
そこで、モイストは一旦言葉をきって、窓の外を見て微笑んだ。
「おいでなすった」
「え?」
キムがモイストの視線につられて窓の外を見ると、大人や子供がたくさんの花を抱えてやってきたところだった。
「やっほー」
モイストがにこやかに手を振ると、皆笑いながら手を振り返し、キムに気付くと子供の一人が紙をペタリと窓に貼付けた。ほかの人間たちは、それぞれ持ち寄ってきた花をきれいに並べている。
「なんだ?」
キムが眉を顰めると、モイストがかわりに読んだ。
「けがが早く良くなるといいねってさ。これから毎日、近隣の村の人間が交代でお見舞いにやってくるよー」
これ、お見舞いの花なんだよーとモイストが言う。キムはバカバカしいと横を向く。
「……偽善だ」
モイストはその吐き捨てるような言葉にクスクスと笑いをこぼす。
「この星の住人はねー、自分達が嫌なことを他人にすることがいやなのよ。どうせなら楽しくなくっちゃっていうのが基本姿勢なの」
「は?」
「例えばね、戦争するじゃない? すると怪我したり、痛い思いをするじゃない? そんなのいやなんだって。で、自分がいやなのを他人にするのもいやなんだって。喧嘩になりそうでもま、いいかーってなっちゃって、喧嘩にもならないんだよね」
モイストはおかげで俺、警備兵もかねているのにやることほとんどないんだよねーと笑う。
「バカげてる!」
「俺もそう思ったね。バカげてるって。でもさその時、議長が言ったんだよ」
「…あの変なやつが?」
「そう。あの変人さんがねー『自分一人で生きてるわけやない。人は生かし、生かされとるんや』っていうんだよ」
キムは目を見開く。それは奇しくも彼の祖父の遺言と同じだった。
「そんなもの…そんなことは…!」
「ないと思うよねぇ。俺達みたいな生き方してたらさ。思いどおりに人を動かすことを仕事にしてきたんだもん」
そうだ。自分の才覚で、自分の思うように生きてやる。そう、祖父が亡くなった時に誓ったのだ。
「でもねー、ここで生活してると、わかっちゃうんだよね」
「…なにが?」
「自分の才覚で、自分の思う通り生きていたつもりがそうでもないってことをさ」
ドクン。知らずキムは胸を押さえる。だめだ。聞いてはいけない。そう体の奥底から警告が走る。
「自分の思う通りじゃなくって、いろんな思惑に走りまわされてるだけだって」
「そんなことは…そんなことはない!」
絞り出すようにいうキムにモイストは腕を組む。
「そんなことはあると思うよー。少なくとも俺はそう思ったね。だから俺はここで生きていくことにしたんだー」
まぁ、どんな理屈捏ねたって、ここが居心地いいってことには変わりないし、ここで暮らしたら戦争するのバカバカしくなったのもあるしねーとモイストは笑う。
「キサマはただの平和ボケなだけだっ!」
キムのその非難を含んだ言葉にモイストは肩をすくめる。
「そう? 平和っていいじゃない。ここじゃあ、争いごとも、ま、いっかーですんじゃって、その後は皆で仲良く宴会してそれで終わりだもん。戦争をしてお金かけまくるより、金銭的にも人的にも感情的にも後腐れなくっていいことでしょ?」
「何をいう! 戦い、相手を完膚なきまでに叩きのめし服従させればいいだけだ!」
「それこそバッカバカしいよ。いっつも、禍根が残って戦争の繰り返しじゃない」
「くっ…」
言葉に詰まるキムにモイストはフゥと溜息を吐いた。
「ま、とりあえず、ここの星のスタンスはそうだから。アナタが何を目的としてきたかは知らないけれど、今の自分が好きで変わりたくないと思うなら、全てに目を塞いで、耳を塞いで、そんでもってちゃっちゃと怪我を治して、その身一つでトットとこの星を出ることだけ考えたほうがいいと思うよ? この星にいたら、アナタのような人はアイデンティティが崩れまくると思うし。あぁ、それから特にあの議長をなんとかしようなんて思わないようにね?」
モイストはそう言うと少し含みのある笑みを口元に浮かべた。
「…アイツは一体何者なんだ?」
キムはあの恐ろしい気配を発した男を思い出しながら、モイストに尋ねる。
「議長だとしか言えないねぇ」
「なんだと?」
モイストは口元を手で隠す。
「だって、ホントにそうだから。ま、あの人はこの星を愛しちゃってるから。それとね」
「それと?」
「あの人を本気で怒らせるとそんな怪我だけじゃすまないからね」
多分もうその身に思い知らされたんじゃない?とモイストに言われ、先ほどの殺気を思い出し、キムはその身を恐怖によって震わせた。
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