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4. 少女(偽)とゴーレム(偽)旅立つ

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 怒鳴った後、ようやっとお互いに自己紹介もまだだったと気がつき名前を名乗りあう。ゴーレムは名をハーディといった。ハーディは『ワタクシ初めて母以外の人とお話いたしました』と嬉しそうに歩いているが、リンはそれどころではない。
「……酔うてきた」
『え? 大丈夫でございますか?』
 ハーディが心配そうにリンの顔を覗き込んでくるが、リンは反対にハーディをギロリと睨む。
「お前のせいやっちゅーねん」
『えぇ?!』
「お前が横でスキップなんぞしよるから地面が揺れて気持ち悪いんじゃー!」
『あぁぁ! すいません!』
「ビジュアル的にも変で酔うんだよ!」
 そりゃあもうルンルンとデカくて重いのがスキップするのだ、横にいるリンはもろに影響を受けて、歩きにくいわ気持ち悪いわで仕事を引き受けたことを早速後悔し始めた。
『あ! いいこと思いつきました!』
 ハイ!と嬉しそうに手を挙げるのでリンは首を傾げる。
「なんだよ」
『こうすればいいと思うのです!』
 ハーディはそう言うなりリンを抱き上げ、自分の左肩に乗せた。
「へ?」
 リンは一瞬何がおこったのかわからず大人しくハーディの肩に乗ったまま。
『これなら大丈夫でしょう』
 ハーディは一人、うんうんと頷くと歩き出し、そこでリンはハッと我に返った。
「お前アホかぁ!」
 相手が固いことを忘れて全力で殴ってしまい、反対にダメージを受けて悶絶する。
『リンさん大丈夫ですかぁ?』
「大丈夫やないわい! ていうか下ろせ!」
『えぇ? どうしてですかぁ?』
「どうしてもこうしても…!」
 リンが反論しようとすると、ハーディが上を指差した。
『ほら、ワタクシの肩に乗りますと空が近いでしょう?』
「え?」
 思わず空を仰ぎ見ると、確かに空が近くリンはしばらくそのまま空を見つめる。
『やはり、青空はいいですよね』
「あ、うん」
 なんだか毒気を抜かれてしまってリンはハァとため息を吐いてその頭に手を回した。
『どうしたんですか?』
「お前、本当に2週間も無事に逃げ切れたもんやなー」
『確かにそうでございますね。運が良かったとしか申せません。しかもこうしてリンさんとお会いできましたし』
「あ?」
『リンさんと出会わなければ、ワタクシあの魔物の主に蹂躙されていたと思いますから』
「アタシはちょっと後悔中だけどな」

 ハーディがそれからずっとリンを肩に乗せておこうとするのでリンはハーディとの間に約束事を決めた。
 スキップしないこと、夕方までは肩に乗せないことの二つ。確かにハーディの肩に乗って移動すると楽ではあるが、いつ魔物が来るかわからない状況でとっさに身動きできない状態でいるのが嫌だとリンが主張したのだ。
 これにはハーディも納得するしかなく、渋々頷いたのである。実際、昼よりも夕方からの方が大型動物の出没率が高かったのでリンとしては好条件だった。
 しかし、リンが辟易したのはハーディのおしゃべりである。もうずっと際限なくしゃべり続けるのだ。しかも、たわいないことばかり。黙っているのは寝ている間だけ。延々と続くおしゃべりにすぐにリンがキレて怒ったのだが、母以外の人としゃべることが嬉しくてとデカイ図体でしょんぼりされてしまったので、リンはうっかりとまぁ、いいけどといってしまったのだ。
 それから、ずっとしゃべりっぱなし。リンには理解しがたいのだけれど、ハーディはとても嬉しそうで。とはいってもハーディの表情は動かないので、気配から感じ取るしかないが、何というかハーディの場合、喜怒哀楽がダダ漏れなのだ。
 そんな風にリンとハーディが行動をともにするようになってから、1日もしないうちに次の魔物が襲撃してきた。
 今度は空を飛ぶ魔物。
『きゃあああ!』
「うっせぇ!」
 頭を抱えて泣き叫ぶハーディにリンは思わず怒鳴りつける。すると真上から、魔物が急降下してきた。リンは剣をクロスさせて防ぐと直ぐに剣を返し斬りつけようとしたが寸でのところで、魔物は羽ばたいて頭上へと逃げた。
『だだだ大丈夫でございますかー!』
「大丈夫に決まってんだろ! つーか飛ぶやつ相手にすんのはめんどーくせえなぁ」
 チッと舌打ちしながら隙を狙うようにゆっくりと頭上で旋回する魔物を睨みつける。
『ど、どういたしましょう…!』
 うろたえてアワアワするハーディを無視してリンはあたりを見渡す。木に登っていては時間がかかる。かといって、このままでは消耗戦になるのは目に見えていた。
 ふと、オロオロとしているハーディを見てリンはあることを思いつく。魔物はハーディの手の届かない範囲で、なおかついつでも襲えるようにそんなに高くない位置で旋回している。リンはハーディの身長、魔物の位置、それから自分の跳躍力を素早く計算し、ニヤリと笑った。
「ハーディ!」
『はい!』
 急に名前を呼ばれて、ハーディはビクリと身をすくませたところに、リンが命令する。
「屈んで両手を前に出せ!」
 リンは怒鳴ると同時に助走をつけ、ハーディに向かって走り出した。
『はい!』
 反射的に屈んで両手を出したハーディの両手にリンは乗る寸前に叫ぶ。
「両手を上に振り上げながら立て!」
『はい!』
 リンが乗った瞬間、いわれた通りに手を振り上げながら立つとリンは勢いよく空中に放り投げられる。
「うっしゃ!」
 予想通りリンの体は魔物より上の位置へと躍り出た。リンは思わず拳を握りしめる。
『あ!』
 リンは空中でくるんと一回転して体制を立て直すと、驚きで目を丸くしている魔物の真上から首を狙って剣を振り下ろした。
「ぎゃあああ!」
 断末魔をあげる魔物にリンはさらに蹴りを入れて、魔物が体制を立て直すのを阻止し、さらにもう一度斬りつける。魔物はもう悲鳴を上げることもできなかった。
『リンさん!』
「おぉ?」
 多少のけがは覚悟しつつ受け身をとろうとしたところ、ハーディに受け止められる。予想外のことにリンはびっくりした。
『危ないじゃないですか!』
 しかもハーディがなぜか怒っている。
「え?」
『無理に危険な手を使わなくてもよろしいでしょう?!』
「いや、別に危険なワケじゃ…」
 まさか、ハーディに怒鳴られるとは思っていなかったので、リンはしどろもどろになってしまう。
『危のうございます! せめて落ちるときのことも考えてください!』
 しかも正論。
「あー…いや、一応その魔物の上に落ちようかなーと」
 リンが指差す先にはもうピクリとも動かなくなった魔物が。ちょうど、リンが落下するか否かの地点のあたり。だが、ハーディは納得しない。
『うまくいかなかったらどうするのでございますか?!』
「なんとかなるかなーって」
『やめてください! …ワタクシ、誰にもけがなんてしてほしくないのです』
 ハーディは泣きそうな声でそう言うと、震えながらそっとリンを抱きしめてくる。
「ハーディ?」
『無茶はしないでください。お願いいたします。約束してください』
「……わかった」
 リンはこんなに心配されるのがこそばくって恥ずかしくなり、ハーディの腕の中でうつむいてしまう。なにせ、この特異体質を生かしてハンターになると決めて家を飛び出して以来、誰かにこんな風に心配してもらったことはない。仕事仲間には心配されたりはしたけれど、外見が幼いせいで本当に仕事ができるのかという心配だったし、だからこそ強くあろうと必死に腕を磨いてきた。
 こんな変なゴーレムにほっとさせられるのがなんだかしゃくだなぁと思いつつ、しばらくハーディの腕の中にいた。
 が。
 襲われた恐怖を思い出したのかハーディが、怖かったでございますーと叫んでリンをギュウと急に抱きしめてきたのだ。そんなことをされたらひとたまりもない。リンの悲鳴でハーディが我に返って離すと、リンは死にそうに苦しかったことと、さきほど抱きしめられ、ほっとしたことへの恥ずかしさから、剣の鞘で気が済むまで思う存分叩いてやった。
「あームカツク!」
『そんなすっごい怖い笑顔でたたかないでくださいー!』
「うっせぇ!」
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