キツネと龍と天神様

霧間愁

文字の大きさ
上 下
245 / 366

迷い龍曰く

しおりを挟む
 男はポケットの中、手で時計をゆっくりと指で撫でた。

 この時計は時間を止めれる。
 男はこの能力を使い、いろんな場所に行ったし、色々なことをした。
 例えば遠い国に行き大博物館を見て回ったり、例えば雨が降ってきた瞬間に時を止め近くの軒先に逃げたり、例えば配達のバイトで移動距離を無視して届けたり、例えば試験勉強の時間を余分にとったり、とそんな風だ。

 男の一族が代々この時計を受け継いできたが、一族には時計にまつわる掟があった。
 「この時計は、己の欲の為だけに使わなくてはならない」
 不思議なこの掟を男は守っていた。

 ただ、今目の前に一つの禁忌になることが起きている。


 男には好きな女がいた。
 その女は今まさに自動車事故に遭いそうになっている。己の欲を鑑みるなら、助けるの一択だ。ただ、女の傍には、その恋人がいた。
 男は迷う。迷ってしまっている。
 ポケットの中、もう一度時計を撫でた。
しおりを挟む

処理中です...