この白魔術師は癖が強い

奥村 葵

文字の大きさ
上 下
9 / 43
第二章 異世界訪問

第9話 ようこそ異世界へ

しおりを挟む
 異世界へ行くにあたり、言葉を理解する魔術、“翻訳魔術”をかけてもらった。
 靴や服、効果があるか分からない虫除けスプレー、その他諸々必要になりそうな道具を用意した。
 使えない、意味がないだろうということで、財布などの貴重品は置いていくことにしたが、それなりに記録は残したい為、紙とペン、スマートフォンなどは持ち込むことにした。

 その支度を横目で見ていたエアリーは、こちらの準備が整ったと分かったのか、部屋の真ん中でゆっくり立ち上がって壁を正面にして立ち、その杖を水平にした。

 すると、目の前の空間とでも言えばいいのか、本来何も無いはずの場所に亀裂が生まれ、それが徐々に広がり、やがて人が一人入れる程の大きさになった頃、その拡大は止まった。
 ただ、その奥は混沌としていると言えばいいのか、とにかく黒い何かが妖しく光りながら渦巻いている。

「懐かしいなぁ、ほな行こか」
「だ、だ、大丈夫、だよな?」
「大丈夫大丈夫、私が先行っとくから、後から着いて来ぃ」
「お、おう……」
「そぉい!」

 そう言ってエアリーは、なんの躊躇も無くその時空の裂け目へと勢いよく飛び込んでいった。
 きっとこんな調子でこっちに来たのだろう……。怖くなかったのだろうか。

「……ええい、なるようになれ……!」

 意を決し、裂け目の中へと飛び込んだ。

     ◆◆◆

「うおあっ!」

 勢いよく飛び込みはしたが、どうやら少し空中から飛び出していたらしく、着地に失敗してしまった。
 ゴロゴロと地面を転がるが、背負っていたリュックがブレーキとなってくれたおかげで、すぐに止まってくれた。

「いったたた……。うっ、ここが異世界……?」

 土に塗れた体をゆっくりと起こして、目の前の風景をまずは確認する。

 時刻は夜、それで間違いない。時間の流れはこちらと同じなのだろうか……。
 目の前に鬱蒼と生えている木々はいつもと大差ない。草も花も、いつも通りといえばいつも通りに見える。
 鳥や獣は既に寝静まっているらしく、囀りも足音も、何も聞こえない。それがかえって不気味さに拍車をかけていた。
 
 しかしそれ以上の不気味さ――居心地の悪さが何故かあった。
 というのも、何か分からないが、とにかく違和感が凄まじかった。一息吸うごとにその違和感は増していく。
 空気が悪いのかと思ったが、味は普通。むしろ排気ガス等の汚染物質が無いのか、透き通ってさえいた。
 それでも、何かがある。それが分からない。

「……気持ち悪い、なんだこれ」
「それがや」

 その声の方向に顔を向けると、顔中傷だらけで血も流れているエアリーの姿があった。

「エ、エアリー!その傷は!?ま、まさか魔物にやられたのか?」

 確か、魔物がいたらなんとかする、みたいな流れだった。まさか既に魔物がいて、襲われてしまったんじゃないか!?
 
「転けた」
「なんっだよもう!俺の心配を返せ!」

 さっきから感じる違和感も相まって、本気でそう思ったじゃないか!
 まあ、深刻な怪我じゃないらしいからそれは良かったけどさ……。
 
「あはは!そういうあんたも腕怪我しとるやんけ」

 そんな訳……。と思って右腕を見ると、確かに切り傷があった。転んだ時にやってしまったのだろうか。こんなことなら長袖を着ておくべきだったな……。

「後で治したるわ」
「あ、ありがとう……」
「うん。で?どうや。初めての魔粒子吸収は」
「え?あ、あぁ……。この違和感の事か」
「まー多分そうやろな。なんやこう、体に染み込んでくるような変な感じって言えばわかるか?私らは慣れてるからなーんも違和感ないけど」

 言われてみれば確かにこう、得体の知れない何かが体に染み込んでくる……ような気がする。やはり慣れない。来て間もないってことも勿論あるだろうが……。

「魔粒子は本人の意思に関わらず体内に吸収されていく。その上限に個人差はあるけど、努力次第でなんぼでも増やせる。そしてそれを自らの意思で反応させて体外に放出……。これが魔術の基本や」
「…………あれ?その説明、正しいよな?」
「当たり前やん。これでも教える側やってんで」
「あの、その説明だとさ、魔粒子を吸収した俺も魔術が使えるってことにならないか?」
「そうや?」
「そうなの!?」
「魔法使いデビューやん。おめでと」

 呆気なさすぎる。嘘だろ?え?こんな、こんな簡単に?

「まあ勿論誰でもなれるって訳やない。吸収出来たとしても、扱いの腕にはどうしても差あるからな。どう頑張ってもそればっかりは変わらへん。簡単な魔術なら誰でも出来るけど、回復とかはやっぱ、それなりに腕ないと発動すらできんからな」
「じゃあ、俺も簡単なものなら出来るかもしれないってことか……」
「そういうことや。まあここにおってもしゃあない、一旦帰ろか、私の家に」

 そう言ってエアリーはこちらの腕を掴み、ゆっくりと歩き出した。

     ◆◆◆

 しばらく森を歩いたが、幸いにも魔物の類に出会う事はなかった。
 日も暮れ、月も昇っている。月明かりが、目の前の獣道のような舗装されていない道を、ほんのりと照らしてくれていた。

 道すがら、お互いがこちらにやってきた際の負傷をエアリーが撫でるような手つきで治療してくれた。瘡蓋とか、そういった痕跡はやはり全く残っていない。こうしてみると、やはり優秀な白魔術師なんだよな……。

「あー懐かしい。あれや、私の家」

 そう言われて前をよく見ると、木々の隙間から、人工物のようなものが目に入った。
 更に近づいていくと、それは木造の家だった。あまりにも平凡、普遍的な造りで、目立った装飾もなければ特徴もない。王国一の白魔術師が暮らしているものとはとても思えないものだった。

「ただいまー」

 エアリーはそのまま流れるようにその家の玄関を開け、中へと入った。

「あんたも入り」
「ああ……。お邪魔します……」

 電気のない玄関へと足を踏み入れる。だが、その廊下には埃が積もっていて、一歩踏み込むごとにふわりと舞い上がってしまっていた。

「あー、ちょい待ち。掃除するわ」
「え、今から?」
「今やらなしゃあないやろ。ほい」

 玄関の中だというのに、エアリーは杖を勢いよく横にブンと振った。途端に舞っていた埃たちが、彼女の目の前に集まりだす。
 しかも、玄関だけじゃなく、その奥の廊下や部屋、天井など、ありとあらゆる場所から飛んでくる。中には埃じゃない、明らかなゴミなども混ざっていた。

「ちょっとどいて、外出るわ」
「おっととと、はい」

 丁度自分が玄関の真ん中に立っていた事もあり、二歩、三歩と下がって彼女の導線を確保した。

 外に出た彼女は、目の前に浮かぶ埃やゴミの塊である球体を維持したまま、右手を思い切り前へと突き出した。

「オラァ!」

 その掛け声と共に、その塊は激しい閃光と共に爆発、消滅した。

「ふう、掃除おーわり」
「えー、便利ー」
「ミスったらこの辺一体焼け野原なるからお勧めしやんけどな」
「お前の魔術ってミスった時怖くないか!?」
「ま、そんなもんや」

 そんなもんなのかなぁ……。そう思いながら再び玄関の中へと入っていった。

 さっきは少ししか入れていなかったから気づかなかったが、すごく暗い。光源がないからだ。
 しかし、エアリーがすぐに魔術か何かを使ったのか、部屋の中がゆっくりと明るくなっていった。
 よく見ると、天井から吊り下がっていたランタンのような物から光が出ているらしい。しかし、中身は蝋燭ではないだろう。

「どうや、明るくなったやろ」
「それ狙って言ってる?」

 こっちの世界じゃちょっと有名な台詞、それを関西弁風にしたようにしか聞こえなかった。
 
「なんのことや……。とにかく靴脱いで入り」

 とりあえず靴を脱いで、目の前にあったスリッパに履き替えるが、この辺の靴を脱ぐ文化が日本と同じなのは少し馴染みやすかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

特殊スキル持ちの低ランク冒険者の少年は、勇者パーティーから追い出される際に散々罵しった癖に能力が惜しくなって戻れって…頭は大丈夫か?

アノマロカリス
ファンタジー
少年テイトは特殊スキルの持ち主だった。 どんなスキルかというと…? 本人でも把握出来ない程に多いスキルなのだが、パーティーでは大して役には立たなかった。 パーティーで役立つスキルといえば、【獲得経験値数○倍】という物だった。 だが、このスキルには欠点が有り…テイトに経験値がほとんど入らない代わりに、メンバーには大量に作用するという物だった。 テイトの村で育った子供達で冒険者になり、パーティーを組んで活躍し、更にはリーダーが国王陛下に認められて勇者の称号を得た。 勇者パーティーは、活躍の場を広げて有名になる一方…レベルやランクがいつまでも低いテイトを疎ましく思っていた。 そしてリーダーは、テイトをパーティーから追い出した。 ところが…勇者パーティーはのちに後悔する事になる。 テイトのスキルの【獲得経験値数○倍】の本当の効果を… 8月5日0:30… HOTランキング3位に浮上しました。 8月5日5:00… HOTランキング2位になりました! 8月5日13:00… HOTランキング1位になりました(๑╹ω╹๑ ) 皆様の応援のおかげです(つД`)ノ

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

世界最強の鍛冶師~闘えない無能はいらないと勇者パーティを捨てられた鍛冶師、ダンジョンで装備を鍛えていたら、気づいたら最強になっていました

つくも
ファンタジー
勇者パーティーに所属している鍛冶師ロキ。彼は勇者であるロベルトの元で必死に働いていた。 鍛冶師故に直接の戦闘行為はできないが、装備の手入れだけではなく、料理や洗濯などの雑務全般もこなしていた。 だが、そんなロキの働きぶりもロベルトには全く評価されていなかった。ロベルトは闘えもしない役立たずとして、ロキをパーティーから追放する決断を下す。それだけではなく、ロキの存在を疎ましく思ったロベルトはSS級の危険なダンジョン『ハーデス』に捨てる決断をしたのだ。 ロキは絶望的な状況下になって、初めて周りの為に使っていた力を自分一人の為に使う事ができた。 その結果、ロキは瞬く間に最強の装備を作り上げ、最速で世界最強の冒険者へと駆け上がる事となる。 一方、その頃、ロキを追放した勇者ロベルトのパーティーの装備はボロボロになっていき、連戦連敗していく。 慌てて代わりの鍛冶師を雇おうとするが、ロキに代わるような逸材はいなかったのだ。 次第にロベルトを見限っていくパーティーの仲間達。 そしてロベルトは最後には全てを失い、朽ち果てていくのであった。

前世で家族に恵まれなかった俺、今世では優しい家族に囲まれる 俺だけが使える氷魔法で異世界無双

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
家族や恋人もいなく、孤独に過ごしていた俺は、ある日自宅で倒れ、気がつくと異世界転生をしていた。 神からの定番の啓示などもなく、戸惑いながらも優しい家族の元で過ごせたのは良かったが……。 どうやら、食料事情がよくないらしい。 俺自身が美味しいものを食べたいし、大事な家族のために何とかしないと! そう思ったアレスは、あの手この手を使って行動を開始するのだった。 これは孤独だった者が家族のために奮闘したり、時に冒険に出たり、飯テロしたり、もふもふしたりと……ある意味で好き勝手に生きる物語。 しかし、それが意味するところは……。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

追放された薬師でしたが、特に気にもしていません 

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、自身が所属していた冒険者パーティを追い出された薬師のメディ。 まぁ、どうでもいいので特に気にもせずに、会うつもりもないので別の国へ向かってしまった。 だが、密かに彼女を大事にしていた人たちの逆鱗に触れてしまったようであった‥‥‥ たまにやりたくなる短編。 ちょっと連載作品 「拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~」に登場している方が登場したりしますが、どうぞ読んでみてください。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

処理中です...