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繭の覚醒

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玄関が開く音がした。

愛しい娘の帰りを今か今かと待っていた高齢の両親が玄関へ向かう。

「おかえり繭」
「…」

満面の笑みで娘を迎えた両親だったが、いつもと違って「ただいま」も言わない繭を見た瞬間、明らかな違和感を感じる。
これまで見慣れていた娘の姿とは全く異なるような気がしたからだ。

「繭…おかえりなさい」
母の芳江はあらためて笑顔で娘に声をかけたが、相変わらず繭は無表情な顔で何も言わない。
娘の表情には、何かしらの暗い影が宿っているように見える。
しかも臭う。

「合宿、大変だったんだろう?疲れてるみたいだし…お風呂も沸いているから、まずはゆっくりしてから食事にしよう」

父の正一は風呂に促すと、繭は荷物を玄関に置いて無言で風呂に向かった。

どうしたんだろう?
これまで見せたこともない娘の表情と様子に年老いた両親は顔を見合わせる。

繭は風呂から上がって食事の席に着いたが、まだ無表情は変わらない。
どころか険しさを増したように見える。
だが、食事をすればまたいつもの繭に戻ってくれるだろう。

「繭、お帰り。疲れたでしょう?今日は繭の好きな料理をたくさん作ったからね」

母は愛情あふれる食事を用意していた。
繭が無事に戻ってきたことに喜び、彼女のために特別な夕食を準備していたのだ。
そして笑顔で娘に声をかけたが、繭の顔にはまだ暗い影が差していた。

両親は「さあ食べよう」と声をかけて夕食が始まり、正一が穏やかな口調で話し始めた。

「繭、研修はどうだった?少しは気分転換になったか?」

だが、繭は父の言葉を聞き流し、食卓に並んだ料理をじっと見つめていた。
目の前には、彼女が幼い頃から大好きだった料理がずらりと並べられている。
ハンバーグ、ポテトサラダ、繭が大好きだった苺のショートケーキまで、食卓は彼女のためだけに用意されたかのように見えた。

しかし、繭の目にはその光景がまるで虚しいもののように映っていた。
芳江は繭の顔を見ながら、どこかぎこちない笑顔で話しかける。

「さあ、繭。あなたの好きなものばかりだから、たくさん食べてね。合宿でどんなことがあったのか、話してくれる?」

箸を手にはしたが料理に目を向けたまま、繭の目には冷たい光が宿っていた。
これまで親の言うことには一度も反抗したことのない繭だったが、今は違う。
合宿で繰り返された親への憎悪が心の中でリピートされ、その声がどんどん大きくなる。
共栄教会で植え付けられた怒りが、彼女の心の奥底で静かに燃え上がっていたのだ。

かつては心の支えとしていた両親の顔が、今はただ憎たらしく見える。
共栄教会の合宿で受けた洗脳で、彼女は自分がこのみじめな人生を歩む原因を両親に求めるようになっていた。
それなのにこいつらは自分たちのおかげで繭が幸福な境遇だと信じて疑わない。

もう我慢できない。

突然、繭は手に持っていた箸を力強くテーブルに叩きつけた。

「もうたくさん…!」

その音に驚いた両親は、娘を見つめる。
繭は目を鋭く光らせ、怒りを抑えきれずに口を開いた。

「なんでこんな醜い体に私を生んだんだ!!」

繭の絶叫に、芳江と正一は一瞬固まる。
母の芳江は驚愕し、口を開いたものの、言葉が出てこなかった。
これまで素直だった娘が、突然このような言葉を発するとは夢にも思わなかったのだ。
まるで胸を突かれるような痛みが走る。
繭の言葉には、かつて聞いたことのないほどの冷たさと怒りが含まれていた。

「私がどれだけつらかったか、知ってる?ずっとずっと、あんたたちを恨んでた!ブスだブスだと学校でいじめられて、仲間外れにされて、友達なんて一人もいない!!学校でも、バイトでも、どこに行ってもひとりぼっちで追い出されたんだ!!!」

繭の声は次第に大きくなり、その怒りが食卓に冷たい空気をもたらした。
芳江はこわばった表情を浮かべ、震える声で言った。

「繭、そんなこと…どうしてそんなことを…。私たちはあなたを愛してるのよ…。大切に育ててきたのよ…」

しかし、その言葉は繭の怒りに火を注ぐだけだった。

「そんな話してないでしょ!!?愛してる?そんなのただの自己満足じゃない!あんたたちがやっとできた娘だからって、この年まで育てたくらいでいい気になってんじゃないよ!45歳と39歳で、どうしても子供が欲しくて、でも普通の夫婦が持てるようなものは手に入れられなかった!その結果がこれだ!!こんな醜い娘を生んだことが幸せ?ふざけるな!!幸せなのはアンタたちだけじゃないか!!!!」

繭の言葉に、両親はショックを受けた。
正一は動揺を隠せず、口を開こうとしたが、何も言えなかった。
芳江は、涙を流し始めた。

「五体満足なだけで幸せになれるわけじゃないんだよ!!他の女の子たちは、どんどん女らしくきれいになっていったのに、私はずっとこのままだった…。あんたたちのせいで、私は一生このままなんだよ!!!!!!」

繭の怒りは爆発し、彼女の言葉は止まらない。
彼女はずっと内に秘めていた感情を、すべて吐き出していた。

「これからどうやって生きていけばいいか、あんたたちに分かるの?私はもう、こんな人生を続けたくない!!」
「繭、そんなこと言わないで。私たちはあなたを愛しているのよ。ただ、あなたが幸せでいてくれれば…」

芳江は涙を浮かべながら訴えるように言ったが、繭はその言葉を聞く耳を持たなかった。

「愛してる?ふざけるな!!あんたたちの愛なんて、何の役にも立たない!!私はずっとこんな顔でいじめられて、仲間外れにされて、みじめな人生を送ってきたのに、あんたたちは何もしてくれなかった!!!聞いた風な慰め言うばっかでさ!!!どうやったら幸せになれるってんだ!!?なれるわけないだろ!!!私はずっと、あんたたちを恨んでたんだ!!!!」

繭の言葉に、正一はたまらず立ち上がった。

「繭、お前…どうしたんだ?こんなことを言うなんて、お前はこんな子じゃなかっただろう?」

だが、繭はさらに声を荒げた。

「私はもうお前たちの娘じゃない!私はこんな家も、こんな親もいらない!あんたたちなんて、ただの自己満足のために私を生んだだけのくせに!!あんたたちの顔見ているだけでイライラするんだよ!!!」

その言葉に、芳江は泣き崩れた。
正一も言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
彼らの心には、何も言えない絶望感が渦巻く。

「私をこんなふうにしたのは、全部お前たちのせいだ!」

そう言い放つと、食卓の上の料理をひっくり返す。
繭は立ち上がり、自分の部屋へと向かう。
心づくしの料理がひっくり返されたその場に立ち尽くし、娘の荒れ狂う姿に呆然とするばかりの両親を尻目に、彼女は手早くまとめた荷物を持って、無言のまま合宿から帰って来た時に置いたカバンがある玄関へと向かった。

「もうここにはいられない。私はこの家を出ていくよ!」

「繭、頼むから…そんなこと言わないでくれ…」

正一が必死に娘を引き止めようとするが、繭は冷たくその手を振り払った。

「もう二度と会わないよ。さようなら!」

繭は叫びながら家を飛び出し、ドアを勢いよく閉めた。
その音が、家中に響き渡った。

まるで悪夢を見ているかのような現実が、二人を打ちのめしていた。

繭が合宿で何を経験したのか、何があの素直で優しかった娘をここまで変えてしまったのか。
答えはわからないまま、ただ娘の姿が見えなくなったドアを見つめるしかなかった。



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