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すって

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 俺の胸の上にそっと乗せられた赤ん坊は、ロウが話した通り、狼の顔をしていた。

 顔以外も耳と尻尾が狼のもので、胴体と手足は人間のものだった。但し全身が狼の産毛に覆われ、爪も尖っていた。

 確実に……ロウと俺の血を半々に受け継いでいる姿だった。

 このまま成長すると、俺と初めて出会った時のロウの姿になることが容易に想像出来るな。トイが人間寄りだとしたら、この赤ん坊は狼寄りだろう。だがひたすらに愛おしかった。

 だって俺の愛するロウとよく似た顔をしている。

「ん。おいで……」

 子犬のように丸くて黒い瞳の赤ん坊は、反射的に俺の平らな胸の乳首にパクっと吸い付いてきた。

「うわっ……んっ……」

 狼の顔でも、母乳を求める心は同じだ。
 トイに初めて乳を吸われた時と同じ感覚だった。

 俺の乳が生まれたばかりの赤ん坊の小さな腹を満たしていくことに、何とも言えない充足感をまた覚えた。

 懐かしい感覚だ。俺は男だけど、この子の母となった喜びをひしひしと感じる瞬間だ。

「よかったな。生まれてきてくれて、ありがとう」

 ロウが我が子を愛おしげに撫でた。
 自分の幼い頃の姿と重ねているのかもしれない。

「ロウ……お前、今、とてもいい表情しているよ」

「あぁ……二人も息子を授かった。こんなに嬉しいことはない。トカプチがまた俺の子を産んでくれた。この場に立ち会えてよかった」

「ロウ、お前が無事でよかったし……俺もお前の子を産めて幸せだ。一緒に名前をつけよう」
「あぁ」

 俺は自分の胸元にロウの頭を抱き寄せてやった。
 トイを産んだ日も、こうしてやったのを覚えているか。

「ロウも疲れただろう。お前も沢山吸えよ」
「俺はさっきもらったから、赤子を優先しろ」
「ん、分かってる。でもね……さっき陣痛で苦しんでいる最中でも、お前の姿を見た途端に乳が溢れてきたのを覚えているよ。俺の乳はやっぱりまずはお前のために生産されているんだよ。さぁ飲めよ」

 決まりと悪そうにそっぽを向いていたロウだが、我慢できないといったように、ガバっと俺の乳首に吸い付いてきた。

 右の乳首を産まれたばかりの赤ん坊が吸い、左の乳首をロウに吸われる。

「あぁ……気持ちいい」

 なんで男のくせに、こんなにも胸を吸われるのが気持ちいいのか分からない。でも……ロウがいない間ずっとこんな風に力強く吸って欲しくてたまらなかった。快感と充足感に包まれていくよ。

「『トイ』は土と言う意味から、この子は『キナ』と名付けよう」
「いいね。『大地に育つ草』という意味か」
「あぁオレたちは子を成し、成長していく。育っていくだろうから」
「『キナ』か……よろしくな」

 胸の上の小さな温もりを抱きしめると

「キューン」

 と可愛らしく鳴いた。

「ママぁ……ボクの弟なの?」

 あぁトイ。お前、言葉がまたしっかりして──

 やっぱりトイは普通の人間の成長より早いことを実感した。おそらく危機に遭遇する度に、トイの成長は早まっていくようだ。

 どうかもう……あんな恐ろしい目に遭いませんように。
 トイが人並の成長をしていけますように願わずにいられない。

「トイ、そうだよ。『キナ』って名付けたよ、お前の弟だよ」
「ん、でも……」
「どうした?」
「んっとね。ボクと……お顔が違うよ。それにパパもかわっちゃった。パパだってわかるけど、お顔が……」

 幼いトイには、まだうまく理解できないのだろう。戸惑っているようだ。

 無理もないよな。トイは自分にも耳と尻尾はついているが、顔は俺に似た人の顔だし、躰も人間そのものだから。

「いきなりは大変かもしれないけど、目の前のことを受け入れていこう。この世には不思議なことがいくらでもある。この子もお前と同じように、俺の乳を吸って大きくなるんだよ」
「うん……」
「おいで、お前もお飲み」
「うん!」

 ロウが乳を飲みながら眠ってしまったキナを抱いて一歩下がると、トイが嬉しそうに俺の胸に吸い付いてきた。

 最近は……離乳食に夢中で乳をあまり吸わなくなってしまっていたのに、まだまだ幼い子供なのだと、しみじみと思う。

「トイ……お前は俺の大切な息子だよ。可愛い子……だいすきだよ」
「ボクも……ママがすき。ママのうんだ弟も好きになる」
「ありがとう。何でも話して、どうか我慢しないで」
「ママぁ……ありがとう。うっうっ」

 トイなりにずっと我慢していたのだろう。

 俺の胸の上でトイが泣いた。

 久しぶりに赤ん坊みたいに大泣きした。

 だからいつまでも抱きしめて、乳を与えてやった。

 健やかに成長して欲しい。
 成長して行こう!

 俺もロウもトイもキナも……

 この成長する大地で──
 

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