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よばれる
しおりを挟むどれ程の時が過ぎたのか、眠っていたのか分からない。
躰は氷の一部となり、動きが封じられていた。
オレは狼なのか氷の塊なのか……もはや、それすらもあやふやだ。
ここで何をしているのか分からずに、再び目を閉じる。
目覚めては、ずっとその繰り返しだった。
もう既に黄泉の国におり、氷の魔物にでも成り果てたのか。
地上に降り積もった雪がしだいに厚い氷の塊となり重力によって流動するように、オレもこのまま氷河となり、どこかへ葬られてしまうのか。
何かとても大切な事を忘れている気がする。気がかりがある。
なのに何も思い出せない。脳内の記憶が凍ってしまったのか、自分がどこから来て何をしていたのか思い出せない。
今日もふと目覚めたが、すぐにいつものように目を閉じた。
ところが大地がぐらっと揺れ、俺を包む氷がカタカタと揺れ出した。
氷に閉ざされてから初めての出来事に動揺した。揺れた拍子に氷に小さな亀裂が入ったのが分かり、その隙間から外部の音が届いた。
久しぶりに自分以外の音を聞く……
驚いたことに飛び込んできたのは、狼の悲痛な遠吠えだった。
「ウォォーン……ウオオーン」
オレと同じ狼だ。
しかもこの声は、聞き覚えがある。
オレを呼んでいる?
無性に知りたい欲求に駆られた。
亀裂を頼りに、内側から手と足を必死に動かすと、驚いた事に亀裂が真っ直ぐ外側に向かって伸びていった。
もしやここから出られるのでは……?
今度は外に出たい欲求に駆られた。
「ウォォォーン、ママぁ……」
この声!
小さく愛おしい声に、胸をぎゅっと鷲掴みされた。
次に届いた悲鳴な声に、オレの躰は、わなわなと震え出した。
「ロウ──っ 来てくれ……助けて……俺を……この世に繋ぎ止めて!」
「……ト・カ・プ・チ……」
その言葉を口にした途端、オレを固めていた氷塊がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
「あ……なんてことだ。トカプチが助けを求めているのに、オレはここで何をしていた? クソっ!」
あの日、トカプチと兄狼を助けた。
あの日、トカプチがピューマに連れ去られた。
あの日、トカプチが裸同然の姿で泣きじゃくっていた。
オレの愛しい番、トカプチ。
だから戦った。
君を救うために。
せっかく手に入れた人の顔を捨て、人の手と足を捨て……完獣になり果ててでも、君を守りたかった。
トカプチの命。
トイの命。
やっと巡りあった兄たちの命。
オレの命に代えてでも、全部守りたい!
成長を始めたばかりの北の大地を守るために、氷柱を立て城壁を作った。
最後に俺も入ろうと一瞬油断した隙に、背後からピューマに襲われた。
無数の黒い敵と、森の奥で死闘を繰り返した。倒しても倒しても襲い掛かってくるピューマから、オレの命を守る術は、もうひとつしか残されていなかった。
自分ごと凍らせてしまうしかなかった。
だから自分で氷の塊になったのだ。
自分の躰を氷の中に閉じ込め、防御するしかなかった。
どうにかして……いつかトカプチの元に帰りたくて。
絶対にトカプチを残して……死にたくなくて。
今……氷は崩れ落ち、俺の躰は晴れて自由になった。
見渡せば森には氷塊がゴロゴロしており、その中にピューマが一頭ずつ閉じ込められていた。
早く行かねば……
トカプチが助けを呼んでいる!
彼の息……絶え絶えだ。
何があった……どうした?
森を一目散に走り抜けた。さっきまで凍っていた躰とは思えない程、躍動的に大地を蹴ることが出来た。
トカプチを思えば、血潮が湧き躰が動くのだ!
北の大地との境界線に辿り着くと、分厚い氷の壁が城壁のように立ちはだかっていた。
ドシンっと体当たりするが、ビクともしない。
くそっこれじゃ中に入れない。自分で作った氷壁に遮られるとは!
「ロウーどこ……痛いよ……死んじゃう……いやだ……」
息も絶え絶えの……か細いトカプチの声だけは聴こえるのに!
「ウォォォォ──ウッォォ!」
オレも唸り声を張り上げて、必死に応える。伝える。
オレはここにいる!
その時、分厚い氷の向こうに小さな姿が現れた。
小さな人の手と獣の耳が黒い影となって、ぼんやりと見える。
俺の息子……トイだ!
「パパぁ……パパぁ……ママをたちゅけて」
氷の向こうにいても、すごい熱気を感じる。
トイが生き残るための生命の力が、今、漲っている。
「トイ! パパはここだ。ここに舞い戻ってきた。そうだ、氷に手をあてて扉を描いてみろ!」
「パパ……本当にパパなの?」
「そうだ。お前の手なら氷を解かせるかもしれない。さぁっ!」
「……こっ、こう?」
トイが指先で氷に扉の形を描くと、不思議なことにその部分だけ亀裂が入った。
「よしっ、いい子だ。横にどいてろ!」
亀裂の中央へ体当たりして氷を押し出し、穴を貫通させた。
「よしっ通じたぞ!今、行く!」
そこから北の大地に舞い戻った。
「トカプチ! どこだっ、どこにいる?」
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