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第3章
優しい音 1
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還って来た……再びこの地へ。
ヨウがいる私たちの時代へ。
赤い髪の女と別れた後、私は王様の手を引いて月虹の白き道を真っすぐに歩いた。いつのまにか足は白い光ではなく、冷たい雪を踏みしめていた。
「ジョウ……ここはどこなの? 王宮ではないみたいだよ」
あどけなく王様が問う。暗闇に粉雪が舞う中、不安そうな王様に手をきゅっと握られたので改めて辺りを見回すと、確かに王宮ではない。眼前には広い雪景色の草原が広がっている。よく目を凝らしてみると、ぽつりぽつり野営をしているであろう粗末な小屋が見えてきたので、すぐに場所が分かった。
「ここは国境近くの雪見原の野営場ですよ」
何度か王の遠征に医官として同行し泊まったことがある。私が還って来た場所がここということは、ヨウが近くにいるのだ!
「王様、行きましょう。ヨウが近くにいるようです」
「そうなのか。ねぇ僕、ここで待っているから、ヨウと会ってきて」
「大丈夫ですか? 」
「うん。ここは人目に付かない。少し休憩してから僕はヨウに会うよ」
「……わかりました。決して動かないでください」
「いよいよ再会だね。先に会っておいでよ」
王様が心の底から嬉しそうに話すので、その気持ちを有り難く受け取った。
「……王様は少し大人になりましたね」
「ふふっ気を遣えるようになっただろ? 」
「では一足お先に行って参ります」
一歩……また一歩……私はヨウの元へ足を進めた。探さなくても分かる。そこにヨウの気配を感じるから。
静寂の中、雪をキュッキュッと踏みしめる己の足音だけが響いていく。
もうすぐ……もうすぐだ。
****
もう何日もろくに眠っていない。身体を休める暇もない。新しい王の遠征の警護は思ったよりも重労働だ。全くどいつもこいつも使えない奴ばかりだ!やっと少しばかり時間が空いたので、自分の部屋に戻ってきた。
はぁっとため息をつきながら壁にドンっともたれ、目を瞑る。
外は雪か……どうりで底冷えするはずだ。
そのままうつらうつらしていると、微かな人の気配を感じ耳を研ぎ澄ます。だんだん近づいてくる雪を踏みしめる足音が、俺の部屋の前でピタリと止まった。近衛隊の夜警か。俺の部屋など必要ないのに何をやっているんだ!今すぐ外に出て怒鳴りつけようと思ったが、疲れた果てた躰は重く機敏には動かない。
「コホンッ」
小さな咳払いと共に、ぼそぼそとカイの低い声がする。
「ヨウ、俺がここで見張っているから少し躰を休めろ」
カイの奴、また余計なことを。だがあまりに心配そうな声に怒鳴る気力を失いそのまま目を瞑った。
しばらく眠っていたのだろうか。耳を澄ませば、また遠くから雪を踏みしめてこちらに近づいてくる音が耳に届いた。
カイ……?
その途端、脳裏に遠い昔、まだ母上が生きていらした頃の情景が浮かびあがった。幼き俺は、父からの期待に応えられず八つ当たりをして怒られ、庭の小屋に閉じ込められていた。暗い小屋の湿った空気に息が詰まりそうで震えていると、雪の中何度も何度も小屋の前まで来ては止まる、雪を踏みしめる足音を聞いた。
「ヨウもう少し我慢して……」
「きっともうすぐお父様のお許しが出るから」
「ヨウ寒くない? 少しだけ眠りなさい」
心配そうな母上の優しい声が遠い過去から聞こえてくる。
カイの奴はまったく……守ることに慣れた俺に不慣れなことを。
だが、この雪をキュッと踏みしめる足音は案外心地良いものだ。
あの日の母上の優しさを思い出すから。
今、俺はとても疲れている。
ここで少し躰を休めても許されるだろうか。
俺はこんなに弱くはないはずだが、少しだけ休みたくなる。
「ヨウ……もうすぐあなたが逢いたい人がやって来るわ」
それはそんな母の声が聞こえてくるような、優しい音だった。
ヨウがいる私たちの時代へ。
赤い髪の女と別れた後、私は王様の手を引いて月虹の白き道を真っすぐに歩いた。いつのまにか足は白い光ではなく、冷たい雪を踏みしめていた。
「ジョウ……ここはどこなの? 王宮ではないみたいだよ」
あどけなく王様が問う。暗闇に粉雪が舞う中、不安そうな王様に手をきゅっと握られたので改めて辺りを見回すと、確かに王宮ではない。眼前には広い雪景色の草原が広がっている。よく目を凝らしてみると、ぽつりぽつり野営をしているであろう粗末な小屋が見えてきたので、すぐに場所が分かった。
「ここは国境近くの雪見原の野営場ですよ」
何度か王の遠征に医官として同行し泊まったことがある。私が還って来た場所がここということは、ヨウが近くにいるのだ!
「王様、行きましょう。ヨウが近くにいるようです」
「そうなのか。ねぇ僕、ここで待っているから、ヨウと会ってきて」
「大丈夫ですか? 」
「うん。ここは人目に付かない。少し休憩してから僕はヨウに会うよ」
「……わかりました。決して動かないでください」
「いよいよ再会だね。先に会っておいでよ」
王様が心の底から嬉しそうに話すので、その気持ちを有り難く受け取った。
「……王様は少し大人になりましたね」
「ふふっ気を遣えるようになっただろ? 」
「では一足お先に行って参ります」
一歩……また一歩……私はヨウの元へ足を進めた。探さなくても分かる。そこにヨウの気配を感じるから。
静寂の中、雪をキュッキュッと踏みしめる己の足音だけが響いていく。
もうすぐ……もうすぐだ。
****
もう何日もろくに眠っていない。身体を休める暇もない。新しい王の遠征の警護は思ったよりも重労働だ。全くどいつもこいつも使えない奴ばかりだ!やっと少しばかり時間が空いたので、自分の部屋に戻ってきた。
はぁっとため息をつきながら壁にドンっともたれ、目を瞑る。
外は雪か……どうりで底冷えするはずだ。
そのままうつらうつらしていると、微かな人の気配を感じ耳を研ぎ澄ます。だんだん近づいてくる雪を踏みしめる足音が、俺の部屋の前でピタリと止まった。近衛隊の夜警か。俺の部屋など必要ないのに何をやっているんだ!今すぐ外に出て怒鳴りつけようと思ったが、疲れた果てた躰は重く機敏には動かない。
「コホンッ」
小さな咳払いと共に、ぼそぼそとカイの低い声がする。
「ヨウ、俺がここで見張っているから少し躰を休めろ」
カイの奴、また余計なことを。だがあまりに心配そうな声に怒鳴る気力を失いそのまま目を瞑った。
しばらく眠っていたのだろうか。耳を澄ませば、また遠くから雪を踏みしめてこちらに近づいてくる音が耳に届いた。
カイ……?
その途端、脳裏に遠い昔、まだ母上が生きていらした頃の情景が浮かびあがった。幼き俺は、父からの期待に応えられず八つ当たりをして怒られ、庭の小屋に閉じ込められていた。暗い小屋の湿った空気に息が詰まりそうで震えていると、雪の中何度も何度も小屋の前まで来ては止まる、雪を踏みしめる足音を聞いた。
「ヨウもう少し我慢して……」
「きっともうすぐお父様のお許しが出るから」
「ヨウ寒くない? 少しだけ眠りなさい」
心配そうな母上の優しい声が遠い過去から聞こえてくる。
カイの奴はまったく……守ることに慣れた俺に不慣れなことを。
だが、この雪をキュッと踏みしめる足音は案外心地良いものだ。
あの日の母上の優しさを思い出すから。
今、俺はとても疲れている。
ここで少し躰を休めても許されるだろうか。
俺はこんなに弱くはないはずだが、少しだけ休みたくなる。
「ヨウ……もうすぐあなたが逢いたい人がやって来るわ」
それはそんな母の声が聞こえてくるような、優しい音だった。
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