月夜の湖 (改訂版)

志生帆 海

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闇の章

陽だまりのような人3

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 鷹狩の途中で天候が急変し、突風が吹き抜け雷電霹靂(らいでんへきれき・雷鳴と電光)が轟き、急に激しい雨が降り始めた。

「洋月の君、酷い雨だ。何処かで雨宿りしよう!さぁ!」

 誘導するために、洋月の君の腕を思わず掴んでしまった。

「あっ」

 小さな声で躰を反応させる洋月の君の、その同じ男とは思えない華奢な手首に驚いてしまった。

 風雨を避ける場所を求めて共に野山を走り抜けると、身を潜めるのに丁度良い岩陰があったので、そこへ洋月の君を座らせた。私も入ろうと思ったら、二人で入るには少々窮屈な空間だった。かといって他に雨をしのげる場所もないし、しょうがないな。

「洋月の君、少しきついがこちらへ」

 洋月の君の薄い肩を抱き、身を寄せ合う。

「えっ」

 洋月の君は他人に触れられることに慣れていないのか、顔を赤らめ動揺しているのが伝わって来る。色男という噂とは程遠い、随分と過敏な反応だ。

「ここは狭いから、こうするのを少し我慢してくれ。お互い濡れたくないだろう?」
「あっ……あぁ、そうだね」

 雨を凌ぐためとはいえ、息がかかるほどの距離で二人で抱き合うような形になってしまい、しかも洋月の君が意識しているように、もぞもぞと顔を赤らめ恥ずかしがるから、こちらまで変な気持ちになってしまう。

 それにしても洋月の君の何とも言えない花のような良い香りが届いて、変な気分になりそうだ。

 男なのに良い香りを持っているんだな。君って……

「洋月の君は初心だな。この位で恥ずかしがるなんてさ。妹は抱かずとも他の女子とは数多くの遍歴があるんだろう?」
「えっ!そんなことない……それは……噂に過ぎない」

 何故か悲し気な瞳……どうにも分からない、掴みどころがない人だな。
 宮中の色男と噂される人が、こんなに儚げで初心だとは。

「まぁいいよ、君がどんな人でも。私は洋月の君といると楽しいからな」
「……」
「どうした?」
「いや、君が俺が『どんな人でもいい』と言うから」
「だってそうだろう?今ここにいる君が本当の君だよ。俺の眼に映るのが君だ」
「……ありがとう」

 少し洋月の君の顔色が悪いので、そっと額に手をあててみると、かなり熱かった。

「熱があるのか」
「あっ…いや」
「いつから?」
「……分からない」
「馬鹿だな。こんな躰で鷹狩をするなんて、おまけにさっき沢山汗をかいたから悪化させたんじゃないか」
「……だが、熱はいつものことだから」


****


 いつも帝に強引に気を失うまで抱かれ、裸のまま放置され、朝を迎えることなんて頻繁だった。

 帝は俺のことを憎んでいるから、優しくなんてしてもらったことがない。風邪をひくなんて、しょっちゅうだ。

 昨夜も家に戻りたかったのに呼び出され、意識を飛ばすまで抱かれて躰が悲鳴を上げていた。もう限界だった。更に朝起きると躰の状態はぼろぼろだったのに、鷹狩の同行の命が下ったから、躰を休める暇がなかった。

 今……俺の本当の姿を知らない丈の中将の労わるような優しい眼差しを浴びると、冷え切った躰が温まっていく。

 世界には丈の中将と俺だけで、全ての嫌なことを雨が遮断してくれるように感じる。

 とても心地良い空間だ。この心地良い時間がいつまでも続けばいいのに……

「本当に大丈夫か?熱、かなりあるぞ」
「いつものことだよ。それより君の肩にもたれてもいいか」
「もちろんだよ、少し休め」

 その言葉と温もりに、安心しきった俺は目を瞑り、安らかな眠りに落ちて行く。




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