月夜の湖 (改訂版)

志生帆 海

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闇の章

幾つもの春が通り過ぎて3

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「君には敵わないよ」

 微笑む洋月の君は、いつもどこか寂しそうだ。

 桔梗の上は左大臣の姫ということで身分も器量も申し分ない妹だった。だが周囲がいずれは東宮の妃へと目論んで、ちやほやと育ててしまったせいで、大層気位の高いきつい女子に育ってしまった。

 それなのに、父がある日いきなり、帝の息子といっても臣下に降下させられた洋月の君を婿にすると連れて来た時は、正直驚いたものだ。

 「洋月の君」の噂は聞いていた。あまりの美しさに「光る君」とも言われる帝の秘蔵っ子ということで宮中でも有名だった。

 初めての正式な対面の日……

 男にしておくのが惜しい程の整った女子のような美しい容姿。何とも言えない気品を備えた優美な佇まい。父に連れられてやって来た可憐な少女とも見える美しい姿に、男である私までもが思わず後ずさりしそうになった程だ。

****

「君が、洋月の君か」

 あれは彼が17歳、私が22歳の時だった。

「あなたは?」

 まだ少年らしいあどけなさを残した彼は私を見るなり、優しく微笑んだ。

 ドキっ──

 その途端胸が高鳴ってしまった。こんなに可愛い人が私の義理の弟になるなんて嬉しいものだ。仲良くしたい……とすんなりと受け止められ、無理矢理結婚を決められた妹よりも喜んでしまった。

「私は桔梗の上の兄だよ。よろしくな。君は義理の弟になるな」
「あっ……宮中で丈の中将と呼ばれているお方?」
「あぁ良く知ってるな」

 恥ずかしそうに微笑む姿は何も汚れていない清らかさで満ちていて、流石、帝のお子だけあって生まれ持った気品には敵わないと唸ったものだ。

 しかしあんなに愛らしい気立ての良さそうな洋月の君なのに、我が妹は激しく拒否してしまった。

 いずれは東宮(帝の息子)の妃にと、もてはやされて育てられたせいか、同じ帝の息子でも身分が劣る洋月の君では不満だったのか、彼女の自尊心が許さないのか。だがそのお陰で、洋月の君は我が屋敷に通っては、妹の部屋ではなく私の元に立ち寄るようになった。

「丈の中将……また御簾の中に入ってもいいか。今宵もここにいてもいいか」
「すまないな、妹が今宵も部屋に入れてくれないのか」
「……」

 悲し気に微笑むだけで、不平不満を漏らさない洋月がいじらしく感じる。

「俺のせいだよ。俺は桔梗の上に相応しくない男だから。お願いだ。このことはご両親にはどうか内密にして欲しい。彼女のせいではないのだから」

 表向きは夫婦として世間では知れ渡っている二人に、こんな秘密があるとは。あの頑固な妹は、どうやら洋月の君に未だに躰を許していないらしい。いつまでたってもお子が出来ないからな。だから洋月の君が夜な夜な他の女子の間を渡り歩いていると噂が立つのだよ。全く……

 そう思うと溜息が出る。一体妹はこんなに綺麗な男の何が不満なんだ。私だったら大事にして離さないのに。

 ん?これってなにか変か。

 これじゃまるであやしの恋になってしまうなと苦笑した。

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