深海 shinkai（改訂版）

その後の章

季節の番外編♡ハロウィン・ハネムーン ４

　試着したタキシード一式をそのまま買い上げ、ハロウィン仮面武舞踏会の会場入り口にやってきた。受付で煌びやかな仮面とマントを渡される。へぇ……まるでヴェネツィアの仮面武道会だな。マントによってシルエットも隠すという訳か。なんだかワクワクするな。

「ほら、優也もこれ付けて」
「仮面？」
「そうだよ」

　優也の端正な顔に、仮面をそっと被せてやる。

「Kai……僕は……こんな華やかなパーティーは初めてで気後れするよ」

　戸惑いながら仮面をつける優也に、魔法をかけてやる。

「大丈夫だ。みな黒のタキシードに顔を全て覆う仮面をつけないと中に入ることが出来ない。入ってしまえば、誰が誰だか区別がつかない状態になる。だから優也もここでは……いつもの優也でいる必要はない」

「そうなのか……そんな器用なこと出来るかな」
「俺の優也なら出来るよ！さぁ行こう」

　優也とさりげなく手を繋ぎ中に入ると、ホールの天井には大きなシャンデリアが煌めき、ミラーボールが満点の星を生み出す幻想的で華やかな世界だった。ホテルマンとしていつもパーティーには参加する方でなく、もてなす方だったので新鮮な気持ちになる。

　ホールの中央は、ワルツを踊る人たちで賑わっていた。へぇ……随分クラシカルなムードだな。大人なムードなシックなハロウィンパーティーってわけか。

「優也、俺たちも躍ろうか」
「えっ男同士で？」

　優也がギョッとするがお構いなしだ。

　本来ならばNGだが、今日はハロウィンだから無礼講だそうだ。事前に確かめてある。優也に悲しい思いだけはさせたくないからな。

「ワルツ、踊れるよね？」
「えっ……分からない」
「よーし！行くぞ！」
「わっ！」

　彼の背に手を回しグングン強気でリードしてやると、意外にも上手にステップを踏みだした。次にクルっと大きく回してやると、優也の口元が嬉しそうに緩んだので、彼も存分に楽しんでいるのが伝わってきた。

　可愛いな。大切な相手の笑顔は嬉しい贈り物だ。

「すごく上手だよ」
「……実は……昔、姉の相手をさせられたことがあって」
「なるほど、お姉さんか、なら許す」
「クスッ」

　正直……優也が女性と躍るのを見るのは嫌だ。いや男性だって駄目だ。と言いたい所だが、俺たちの男同士のダンスが会場内で人目を惹いてしまったようで、何故か一緒に踊りたいと申し出る男性が殺到してしまった。

　参ったな。ダンスの申し込みを正式に受けているのに、断るのも無粋だよな。

「Kai、どうしよう？」
「そうだな。せっかくのお誘いだ。今日だけは特別だぞ。俺も踊って来るから優也も楽しんで」
「えっでも」
「今日はいつもの優也じゃないんだ。もっと自由に！」

　正直手を離すのは不安だが、ここは怪しいパーティーではない。身元がしっかりした人しかいないし、基本パートナー同伴だ。

＊＊＊＊

　Kaiが先に他の人と踊り出したので、唖然とした。僕を置いていってしまうなんて。だがその様子を見ていると僕も無性に誰かと踊ってみたくなってしまった。こんな積極的な感情を抱くなんて、この仮面のせいかな。

　Kaiがかけてくれたハロウィンの魔法にかかってみるのも悪くない。

　そのまま何人かの男性と踊ってみた。皆、紳士的で純粋にダンスを楽しでいたので、僕もどんどんリラックスしていった。

　ところが……

　「次、よろしいですか」

　その声に雷に打たれたように、僕は立ち尽くした。

　この声は、まさか……

　顔を覆いつくす仮面と体型を隠すマントのせいで、本来ならば素性が分からないはずの相手なのに……

　僕は彼のことを、よく知っていた。