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その後の章
その後の二人…『海を越える恋』1
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日本への一時帰国後、結局僕はソウルでの通訳の仕事を辞めて実家へ戻った。そして、ひっそりとそのまま新しい年を迎えた。
昨年の夏のことだ。母が心臓発作で倒れたことがきっかけで、日本から逃げるように訪れ何年も過ごしていたソウルから呼び戻されたのは。
母は幸いなことに一命はとりとめたものの、当分療養が必要な躰となってしまった。だから実家の観光業を高齢の父と結婚して家を出た姉に任せたまま、またソウルへ自分勝手に戻るのは忍びなかった。
Kaiくんとは必然的に遠距離恋愛となった。それからというもの僕は慣れない実家の観光業を手伝い、くたくたな日々だった。Kaiくんの方もホテルは徐々にクリスマス、お正月と書き入れ時を迎え多忙な日々だった。
最初は毎日のように電話で話していたのに、徐々に2日に1回、3日に1回……1週間に一度話せればいいかのレベルになってしまっていた。メールのやりとりも確実に減ってきている。
日本とソウルに時差はない。
なのに……すれ違う日々が続いていた。
結局Kaiくんが洋くんの結婚式に来てくれた後、空港で見送ってから一度も会えていない。
生身のKaiくんに触れたい。抱きしめてもらいたい。そんな欲望に押し潰されそうな日々だ。何もかも捨てていけたら、どんなに良いのか。それが出来ないのが、もどかしい。
どんなに日本の家族に迷惑をかけたのか。今家族が大変な時こそ僕が手助けすべき時なのだから、それは無理だ。
自分のことは後回しにしないと……そう思うのに、想いというものはとめられない。
夜になればKaiくんに求められた夜を思い出し、躰が勝手に熱くなってしまうことを繰り返していた。
何度も想像で朝までKaiくんに抱かれた。
Kaiくんも同じ気持ちだろうか。
****
新年を迎え二日目のことだった。
朝から本家でもある実家に大勢の親戚が集まり新年の挨拶を交わしていた。僕も父の隣で久しぶりに会う親戚の伯父や伯母たちに、ひたすら挨拶をし続けヘトヘトだった。
社交的ではない性格には、きつい時間だった。それでも昼過ぎには落ち着いて、家はまた静寂を取り戻していた。
「優也お疲れのところ悪いけれども、今からお母さんの病院に行って来てくれる?」
「今から?うん、いいよ」
姉に頼まれ、母が二度目の心臓手術後のリハビリをしている病院へやってきた。
「お母さん……入るよ」
「まぁ優也、嬉しいわ。来てくれたのね」
母はソウルから帰国した僕との再会した時に、涙を流して喜んでくれた。だからこそ心臓病で療養中の母にショックを与えたくないので、父も姉も知っている僕がゲイだという事実を、まだ話せていなかった。
「具合はどう?」
そう言うと母は僕の顔をじっと見つめ、眼にうっすらとまた涙を浮かべた。こんなに涙脆い人だったろうか。一気に母が年老いたような気がして不安になる。
「優也……本当にそこにいるのね。あなたが帰って来てくれて本当に良かったわ。今年はあなたの結婚式でも見れるかしら。早く孫の顔も見たいし、早くお見合いをして私を安心させて頂戴。それを支えに、病気をきちんと治すように頑張らないとね」
会うたびに告げられる重石のような言葉。本当のことが言えなくて、決して言う訳には行かなくて、行くたびに胸が塞がる。
(ごめん。お母さん……何ひとつ叶えてあげられないなんて………酷い息子だ)
心の中で、ひたすらに詫びることしか出来なかった。
****
「ふぅ……」
「優也こっちよ」
溜息をつきながら病院を出ると、姉が甥っ子を連れて迎えに来てくれていた。車の中で可愛い甥っ子が、心配そうに僕の手を握ってくれた。
「ママ……また、おにいちゃんの手、すごくつめたいよ」
「……優也、悩みごとがあるなら姉さんにちゃんと話して。あなたは小さい頃からそうやって一人で抱え込んでばかりで」
「何でもないよ、大丈夫…」
「嘘。あなたの手がそんなに冷たくなるのは、いつも悩みごとがある時でしょう」
姉さんは突然車を路肩に停めた。
「急にどうしたの?」
「お正月の挨拶周りも終わったし、今から仕事始めまで二日間は自由時間よ。このタイミングしかないの。ソウルへ行ってらっしゃい」
「え……だって」
「今日お母さんに顔も見せてくれたし、二日位あなたがいなくてもなんとかなるわ。お父さんも理解してくれているの。ほら受け取って」
運転席の姉から渡されたのは、東京までの新幹線のチケットとソウルへの往復の航空券。
「段取りのいい姉に感謝しなさいよ。こうでもしないとあなた行かないでしょ。また追い詰められて逃げちゃったら困るし、とにかく行ってらっしゃい」
「……うっ……姉さん……ありがとう。本当に行っていいの?」
「当たり前よ。好きな人に会って、沢山の元気をもらって来なさい」
握りしめたソウルへの航空券
その先に待っているKaiくんの温もり。
想像するだけで涙が出た。
****
信じられないことに、姉のはからいで、その日の夜便で僕はソウルへ向かうことが出来た。あまりに急なことでKaiくんに連絡出来ないまま来てしまった。
ただ早く……早く会いたい。
逸る気持ちのまま、連絡もついていないのに、Kaiくんが働いている懐かしいホテルの裏口に来てしまった。
時間は深夜0時を過ぎていた。
事前に年末年始の予定は聞いていた。Kaiくんはいつもまめに予定を教えてくれるから助かった。今日は夜勤ではなく、仕事の終わりは23時半。いつもの行動から推測すると、この従業員の出入り口を通過するのは深夜0時過ぎ。
まさに今だ。この時間なら必ず会える。もうすぐ会える。
そう確信していた。
凍てついた空からは粉雪がちらちらと舞って来たが、僕はKaiくんからもらったオレンジ色の温かいマフラーに頬をすっぽりと埋め、白い息を吐く。
寒くない。
Kaiくんにもうすぐ会えると思ったら、少しも寒くはなかった。
昨年の夏のことだ。母が心臓発作で倒れたことがきっかけで、日本から逃げるように訪れ何年も過ごしていたソウルから呼び戻されたのは。
母は幸いなことに一命はとりとめたものの、当分療養が必要な躰となってしまった。だから実家の観光業を高齢の父と結婚して家を出た姉に任せたまま、またソウルへ自分勝手に戻るのは忍びなかった。
Kaiくんとは必然的に遠距離恋愛となった。それからというもの僕は慣れない実家の観光業を手伝い、くたくたな日々だった。Kaiくんの方もホテルは徐々にクリスマス、お正月と書き入れ時を迎え多忙な日々だった。
最初は毎日のように電話で話していたのに、徐々に2日に1回、3日に1回……1週間に一度話せればいいかのレベルになってしまっていた。メールのやりとりも確実に減ってきている。
日本とソウルに時差はない。
なのに……すれ違う日々が続いていた。
結局Kaiくんが洋くんの結婚式に来てくれた後、空港で見送ってから一度も会えていない。
生身のKaiくんに触れたい。抱きしめてもらいたい。そんな欲望に押し潰されそうな日々だ。何もかも捨てていけたら、どんなに良いのか。それが出来ないのが、もどかしい。
どんなに日本の家族に迷惑をかけたのか。今家族が大変な時こそ僕が手助けすべき時なのだから、それは無理だ。
自分のことは後回しにしないと……そう思うのに、想いというものはとめられない。
夜になればKaiくんに求められた夜を思い出し、躰が勝手に熱くなってしまうことを繰り返していた。
何度も想像で朝までKaiくんに抱かれた。
Kaiくんも同じ気持ちだろうか。
****
新年を迎え二日目のことだった。
朝から本家でもある実家に大勢の親戚が集まり新年の挨拶を交わしていた。僕も父の隣で久しぶりに会う親戚の伯父や伯母たちに、ひたすら挨拶をし続けヘトヘトだった。
社交的ではない性格には、きつい時間だった。それでも昼過ぎには落ち着いて、家はまた静寂を取り戻していた。
「優也お疲れのところ悪いけれども、今からお母さんの病院に行って来てくれる?」
「今から?うん、いいよ」
姉に頼まれ、母が二度目の心臓手術後のリハビリをしている病院へやってきた。
「お母さん……入るよ」
「まぁ優也、嬉しいわ。来てくれたのね」
母はソウルから帰国した僕との再会した時に、涙を流して喜んでくれた。だからこそ心臓病で療養中の母にショックを与えたくないので、父も姉も知っている僕がゲイだという事実を、まだ話せていなかった。
「具合はどう?」
そう言うと母は僕の顔をじっと見つめ、眼にうっすらとまた涙を浮かべた。こんなに涙脆い人だったろうか。一気に母が年老いたような気がして不安になる。
「優也……本当にそこにいるのね。あなたが帰って来てくれて本当に良かったわ。今年はあなたの結婚式でも見れるかしら。早く孫の顔も見たいし、早くお見合いをして私を安心させて頂戴。それを支えに、病気をきちんと治すように頑張らないとね」
会うたびに告げられる重石のような言葉。本当のことが言えなくて、決して言う訳には行かなくて、行くたびに胸が塞がる。
(ごめん。お母さん……何ひとつ叶えてあげられないなんて………酷い息子だ)
心の中で、ひたすらに詫びることしか出来なかった。
****
「ふぅ……」
「優也こっちよ」
溜息をつきながら病院を出ると、姉が甥っ子を連れて迎えに来てくれていた。車の中で可愛い甥っ子が、心配そうに僕の手を握ってくれた。
「ママ……また、おにいちゃんの手、すごくつめたいよ」
「……優也、悩みごとがあるなら姉さんにちゃんと話して。あなたは小さい頃からそうやって一人で抱え込んでばかりで」
「何でもないよ、大丈夫…」
「嘘。あなたの手がそんなに冷たくなるのは、いつも悩みごとがある時でしょう」
姉さんは突然車を路肩に停めた。
「急にどうしたの?」
「お正月の挨拶周りも終わったし、今から仕事始めまで二日間は自由時間よ。このタイミングしかないの。ソウルへ行ってらっしゃい」
「え……だって」
「今日お母さんに顔も見せてくれたし、二日位あなたがいなくてもなんとかなるわ。お父さんも理解してくれているの。ほら受け取って」
運転席の姉から渡されたのは、東京までの新幹線のチケットとソウルへの往復の航空券。
「段取りのいい姉に感謝しなさいよ。こうでもしないとあなた行かないでしょ。また追い詰められて逃げちゃったら困るし、とにかく行ってらっしゃい」
「……うっ……姉さん……ありがとう。本当に行っていいの?」
「当たり前よ。好きな人に会って、沢山の元気をもらって来なさい」
握りしめたソウルへの航空券
その先に待っているKaiくんの温もり。
想像するだけで涙が出た。
****
信じられないことに、姉のはからいで、その日の夜便で僕はソウルへ向かうことが出来た。あまりに急なことでKaiくんに連絡出来ないまま来てしまった。
ただ早く……早く会いたい。
逸る気持ちのまま、連絡もついていないのに、Kaiくんが働いている懐かしいホテルの裏口に来てしまった。
時間は深夜0時を過ぎていた。
事前に年末年始の予定は聞いていた。Kaiくんはいつもまめに予定を教えてくれるから助かった。今日は夜勤ではなく、仕事の終わりは23時半。いつもの行動から推測すると、この従業員の出入り口を通過するのは深夜0時過ぎ。
まさに今だ。この時間なら必ず会える。もうすぐ会える。
そう確信していた。
凍てついた空からは粉雪がちらちらと舞って来たが、僕はKaiくんからもらったオレンジ色の温かいマフラーに頬をすっぽりと埋め、白い息を吐く。
寒くない。
Kaiくんにもうすぐ会えると思ったら、少しも寒くはなかった。
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