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出逢いの章
共に歩む道 5
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「優也、こっちよ」
深呼吸をし覚悟を決めてから集中治療室の仕切りに、そっと近づいた。
ガラス越しに母の姿を見た途端、足が小さく震えてしまった。沢山の管に繋がれた母が、人工呼吸器をつけられ意識なく眠らされていた。
母はあんなに痩せていただろうか。
ここ数年会っていなかったことを激しく後悔した。
避けるように近づかなかった実家。
逃げるように飛び立った日本。
隠れるように過ごしたソウル。
何もかも重たい現実となって、僕の心をぐさぐさと突き刺してくる。
「お母さん……倒れてから、もう一週間になるの。手術は成功したのに、なかなか目を覚ましてくれなくて」
姉が悔しそうに横で呟いた。
「……」
何と答えてよいのか分からない。どうしたらよいのか分からない。
「目を覚ます可能性は?」
「まだ分からないの。でもね、もし目を覚ませたら一般病棟に移って、一ヶ月ほど薬の投与で手術に耐えれる体を作って、もう一度心臓のバイパス手術をするそうなの。だから可能性は残っている。諦めていない。本当に危篤だったから、優也が間に合って良かった。だからあなたも祈っていて、無事目を覚ましますようにって」
「うん……」
姉が縋るような目で僕を見つめて来たので、思わず目を背けてしまった。
そんな穢れない目で見ないで欲しい。
僕は汚れ切った人間だから……同性の翔との色恋に溺れ破れ、ソウルに逃げ、今また新しい恋を始めようとしている。
そんなちっぽけな男なんだ。両親や姉のことなんて……本当にここ数年思い出しもしなかった残酷な人間なんだ。
それでも今は祈りたい。母の無事を……そう思って目を瞑っていると、突然の罵声と共に頬に衝撃を食らった。
「このっ!馬鹿息子っ!」
「うっ……」
ドスンと病院の冷たい床に尻もちをつくようによろけてしまった。痛みがピリピリと走る頬を抑えながら恐る恐る見上げると、怒りに肩をわなわなと震わせた父が目の前に立っていた。
「優也っお前って奴は一体今まで何処をほっつき歩いていたんだ!どの面下げてここに来た、えっ!」
今度は左側の頬を叩かれた。鈍い傷みが身体を突き抜け、思わず庇うように蹲ってしまった。
再び風を斬る音がした。
もう一度来る!
そう思った瞬間に、慌てて姉が僕を庇うように覆いかぶさって来た。
「お父さんやめて!ここは病院よ」
「五月蠅いっ!優也はお母さんが毎日どんなに心配していたか分かるか。体を壊す程お前の無事を祈って」
「くっ……」
何も言えない。答えられない。だってそれは事実で……全部僕のせいだから。
「とにかく家で話しましょう。ねっ……優也、大丈夫?」
姉が切れた唇にハンカチを当ててくれた。だが、そんな優しい気遣いは今の僕には辛いだけだった。
いっそもっと殴って欲しい。
滅茶苦茶にして欲しい。
****
ズキズキと殴られた頬が痛む中……車窓から久しぶりに故郷に沈んでいく夕陽を眺めていると、車の中で姉がぽつりぽつりと話し出した。
「優也がソウルに行った時、あなたの連絡は情報が少なくて、一方的だったわね。大学を卒業して就職した会社を突然やめた理由も何も教えてくれなくて。それでもお母さんは何か日本で辛いことがあったのかもしれないから、今はそっとしておいてあげましょうと言って、敢えて詳しいことを聞かなかったのよ。それがまさか…そのまま連絡を絶つなんて馬鹿な真似をするなんて思わなかった。唯一の連絡先として聞いていた電話番号も使えなくなっていたし」
「……」
「結局そのまま優也から連絡がないから、行方不明状態になってしまって、私たちは焦ったわ。お母さんは何度かソウルに単身で行くってきかなかったけれども、お父さんがあの調子でカンカンで、次第に話題にするだけでも怒りだす始末だったの。お母さんはね、ずっと悩んでいたのよ」
胸がぎゅっと音を立てたように軋んだ。
僕の身勝手な振る舞いで、こんなにも家族を傷つけ追い詰めていたなんて……
一つだけ確認したいことがあった。早く知っておかないと取り返しがつかなくなるような気がする。
「姉さん、本当にごめん。ひとつだけ教えて欲しい。僕の居場所をどうやって?」
「それはあなたが勤めていた会社に電話したのよ。消息を知っている人がいないかと思って」
ヒヤッとした。
僕の居場所を伝えたのは一体誰だ。まさか……
深呼吸をし覚悟を決めてから集中治療室の仕切りに、そっと近づいた。
ガラス越しに母の姿を見た途端、足が小さく震えてしまった。沢山の管に繋がれた母が、人工呼吸器をつけられ意識なく眠らされていた。
母はあんなに痩せていただろうか。
ここ数年会っていなかったことを激しく後悔した。
避けるように近づかなかった実家。
逃げるように飛び立った日本。
隠れるように過ごしたソウル。
何もかも重たい現実となって、僕の心をぐさぐさと突き刺してくる。
「お母さん……倒れてから、もう一週間になるの。手術は成功したのに、なかなか目を覚ましてくれなくて」
姉が悔しそうに横で呟いた。
「……」
何と答えてよいのか分からない。どうしたらよいのか分からない。
「目を覚ます可能性は?」
「まだ分からないの。でもね、もし目を覚ませたら一般病棟に移って、一ヶ月ほど薬の投与で手術に耐えれる体を作って、もう一度心臓のバイパス手術をするそうなの。だから可能性は残っている。諦めていない。本当に危篤だったから、優也が間に合って良かった。だからあなたも祈っていて、無事目を覚ましますようにって」
「うん……」
姉が縋るような目で僕を見つめて来たので、思わず目を背けてしまった。
そんな穢れない目で見ないで欲しい。
僕は汚れ切った人間だから……同性の翔との色恋に溺れ破れ、ソウルに逃げ、今また新しい恋を始めようとしている。
そんなちっぽけな男なんだ。両親や姉のことなんて……本当にここ数年思い出しもしなかった残酷な人間なんだ。
それでも今は祈りたい。母の無事を……そう思って目を瞑っていると、突然の罵声と共に頬に衝撃を食らった。
「このっ!馬鹿息子っ!」
「うっ……」
ドスンと病院の冷たい床に尻もちをつくようによろけてしまった。痛みがピリピリと走る頬を抑えながら恐る恐る見上げると、怒りに肩をわなわなと震わせた父が目の前に立っていた。
「優也っお前って奴は一体今まで何処をほっつき歩いていたんだ!どの面下げてここに来た、えっ!」
今度は左側の頬を叩かれた。鈍い傷みが身体を突き抜け、思わず庇うように蹲ってしまった。
再び風を斬る音がした。
もう一度来る!
そう思った瞬間に、慌てて姉が僕を庇うように覆いかぶさって来た。
「お父さんやめて!ここは病院よ」
「五月蠅いっ!優也はお母さんが毎日どんなに心配していたか分かるか。体を壊す程お前の無事を祈って」
「くっ……」
何も言えない。答えられない。だってそれは事実で……全部僕のせいだから。
「とにかく家で話しましょう。ねっ……優也、大丈夫?」
姉が切れた唇にハンカチを当ててくれた。だが、そんな優しい気遣いは今の僕には辛いだけだった。
いっそもっと殴って欲しい。
滅茶苦茶にして欲しい。
****
ズキズキと殴られた頬が痛む中……車窓から久しぶりに故郷に沈んでいく夕陽を眺めていると、車の中で姉がぽつりぽつりと話し出した。
「優也がソウルに行った時、あなたの連絡は情報が少なくて、一方的だったわね。大学を卒業して就職した会社を突然やめた理由も何も教えてくれなくて。それでもお母さんは何か日本で辛いことがあったのかもしれないから、今はそっとしておいてあげましょうと言って、敢えて詳しいことを聞かなかったのよ。それがまさか…そのまま連絡を絶つなんて馬鹿な真似をするなんて思わなかった。唯一の連絡先として聞いていた電話番号も使えなくなっていたし」
「……」
「結局そのまま優也から連絡がないから、行方不明状態になってしまって、私たちは焦ったわ。お母さんは何度かソウルに単身で行くってきかなかったけれども、お父さんがあの調子でカンカンで、次第に話題にするだけでも怒りだす始末だったの。お母さんはね、ずっと悩んでいたのよ」
胸がぎゅっと音を立てたように軋んだ。
僕の身勝手な振る舞いで、こんなにも家族を傷つけ追い詰めていたなんて……
一つだけ確認したいことがあった。早く知っておかないと取り返しがつかなくなるような気がする。
「姉さん、本当にごめん。ひとつだけ教えて欲しい。僕の居場所をどうやって?」
「それはあなたが勤めていた会社に電話したのよ。消息を知っている人がいないかと思って」
ヒヤッとした。
僕の居場所を伝えたのは一体誰だ。まさか……
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