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出逢いの章
溶けていく心 8
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木枯らしがピリリと躰を刺すように吹き抜けていく。
「寒っ……」
ふとした拍子に、僕はつい唇に指をあててしまう。洋くんの家で受け止めたKaiくんからのキスの味が忘れられない。あの日からどこかふわふわしたような、自分でもまだ信じられない気持ちで一杯だ。
ホテルはクリスマスから年末年始と多忙の時期にそのまま突入したので、あれ以来ゆっくりKaiくんと顔を合わせていなかった。
仕事だし、しょうがない。それは分かっているのに……少しだけ寂しい日々を数日過ごしていた。
****
「優也さん、こっちこっち」
大晦日はホテルの仕事も最高に忙しい時だ。それは分かっているから諦めていたのに、Kaiくんからほんの少しの時間しか取れないけれども、どうしても会いたいと言われて嬉しかった。
ホテルの従業員出入り口から出て来たkaiくんに、そのまま路地裏に連れ込まれ、ぎゅっと躰を抱きしめられて驚いた。大柄なKaiくんの躰の中には、僕の躰はすっぽり収まってしまう。
「Kaiくんっこんなところで駄目だっ」
こんな職場の近くでまずいだろうと思う反面、Kaiくんの体温が暖かくてなんだか急に泣きたいような切ない気持ちになってしまった。ソウルに来てからは、いつも一人で年末年始も過ごしていた。ひとりで過ごすことには慣れても、ソウルの冬の厳しい寒さが流石に堪える時もあった。だからこんな寒い時期に触れる人肌は本当に危険だ。
kaiくん……僕は君の温もりが癖になってしまう。
「Kaiくん……君は暖かいな」
「優也さんに早く会いたくて走って来たんだ。今日は人手が足りなくて15分程しか一緒にいられないから」
「少しでもいい……嬉しいよ」
こんなやり取りは、僕たちが付き合っていると実感する瞬間だ。
つい一週間前のことだ。洋くんの家で開催されたクリスマスパーティーの夜に、Kaiくんから告白されたのは。突然のことでびっくりした。僕の秘めたる願いを知っていたのか……僕がKaiくんの温かい人柄に惹かれて、そっと見ていたことに気がついていたのだろうか。
躰を奪われることから始まった翔との恋とは全然違う、労わるような優しいキスから始まった恋。本当にKaiくんのキスは優しく心地良かった。
もう二度と恋はしないと誓ったはずなのに、その凍った心はKaiくんの情熱によって……あっという間に溶かされていた。
Kaiくんが僕の手を包むように握ってくれた。
「優也さん、あぁこんなに冷たくなって。随分待たせちゃったね」
「……これくらい大丈夫だ」
「駄目だよ。風邪ひかれたら困る。優也さんは一人で我慢しそうだから心配なんだ。そうだ、これ使って」
そう言いながらKaiくんは首に巻いていたマフラーを外して、僕の首にぐるぐると巻いてくれた。
「これKaiくんのだろ?悪いよ」
「違うんだ!これは優也さんへのプレゼントなんだ。寒い中待ってくれているのが分かっていたから俺が巻いて暖めておいた。……なんてキザだよな。ははっ」
マフラーは優しいオレンジ色で、ふわふわと暖かくて、くすぐったい気持ちになるよ。これはKaiくんみたいな優しい色だ。
「うん、やっぱり似合うな。優也さんにはこういう優しい暖かい感じの色が似合うな」
「これは、Kaiくんみたいな色だ」
「俺みたい?あっじゃあ俺だと思って、いつもつけていて。もう寒くない?」
「うん、もう……寒くない」
ふと翔にもらったあの白いマフラーは、僕の悲しみに濡れ……いつの間にか落としてしまったことを思い出した。でも今度はこのマフラーならば、幸せに染まったような色で、いつもポカポカと僕の心を暖めてくれそうだ。
「あーもっと一緒にいたいな」
Kaiiくんの手が再び伸びて来てそのまま胸元に抱きしめられる。体格の良い躰は逞しく、居心地がいい。
「そういえば俺さマフラーにちょっと思い出があって」
「……どんな?」
「実は昔ね、ホテルの仕事で日本へビラ配りに行ったことがあるんだ」
「えっ?」
「その時真っ白なマフラーをして俯いて歩いて来た人が凄く悲しそうで辛そうでさ、なんとか励ましてあげたかったけど、俺は当時まだ日本語も未熟でうまく伝わらなくて」
「えっ……それで?」
心臓が急にバクバクしだした。思いがけない話だった。
「その人は何故だか怒って走って逃げちゃってさ。その時白いマフラーを落として行ったんだ。すぐ拾ってあげたかったけど、すごい雑踏であっという間にいろんな人に踏まれちゃって、真っ黒になって……あの時届けてあげられたら良かったなって後悔していてさ」
まさか……それはもしかして……あの日の僕のことじゃないだろうか。
Kaiくんは気がついていないし、僕も今まですっかり忘れていたけれども……もし本当にそうだったら、Kaiくんとの出会いは必然だったような気がする。
恥ずかしくて言い出せないが、僕がソウルに来るきっかけを作ってくれたのは君だったのか。思いがけない事を知って息を飲んでしまったが、Kaiくんは僕の動揺に気がつかず話を続けた。
「だからかな。妙にマフラーの色で迷ってさ。白かオレンジか」
「いや……白じゃなくて良かった。オレンジ色がKaiくんみたいで好きだ」
「優也さんの言葉はいつも優しいな。なんか照れるな。さてと、もうそろそろ行かないとまずい。くそっやっぱりあっという間だな。次に会うのは来年だね」
「うん、でももうあと一時間で来年だ」
「来年はもっと一緒にいよう」
屈託のない顔で明るく笑うKaiくんに見惚れてしまった。
つられて僕も笑ってしまった。
「あっ笑ったね。来年はもっともっと笑わすから、覚悟しておいて!」
会うたびに僕の心を溶かしてくれるKaiくんのことが、会うたびにもっと好きになっていく。来年もこの幸せが続きますように、そう願わずにいられない。
「一人で帰れそう?風邪ひかないようにな。俺は少しでも優也さんに会えて元気が出たよ。このまま徹夜だけど、頑張れそうだよ」
「うん、大丈夫だ……あのKaiくん、仕事頑張って」
Kaiくんに、気がついたら自分からキスをしていた。チュッと軽いリップ音が木枯らしに舞って、少し恥ずかしかった。
「わっ!優也さんっ?」
「僕のこと好きになってくれて……ありがとう」
「なっ何言ってるんだよ。お礼を言うのは俺の方だ。優也さんからのキスで最高に元気でた!」
もらうだけ……待つだけの恋は、もうしたくない。
そうか……僕からも、こうやって与えれば良かったのか。
新しい恋は、新しい自分になれる恋。
来年はもっと踏み出してみたい。
Kaiくん君と一緒に……
「寒っ……」
ふとした拍子に、僕はつい唇に指をあててしまう。洋くんの家で受け止めたKaiくんからのキスの味が忘れられない。あの日からどこかふわふわしたような、自分でもまだ信じられない気持ちで一杯だ。
ホテルはクリスマスから年末年始と多忙の時期にそのまま突入したので、あれ以来ゆっくりKaiくんと顔を合わせていなかった。
仕事だし、しょうがない。それは分かっているのに……少しだけ寂しい日々を数日過ごしていた。
****
「優也さん、こっちこっち」
大晦日はホテルの仕事も最高に忙しい時だ。それは分かっているから諦めていたのに、Kaiくんからほんの少しの時間しか取れないけれども、どうしても会いたいと言われて嬉しかった。
ホテルの従業員出入り口から出て来たkaiくんに、そのまま路地裏に連れ込まれ、ぎゅっと躰を抱きしめられて驚いた。大柄なKaiくんの躰の中には、僕の躰はすっぽり収まってしまう。
「Kaiくんっこんなところで駄目だっ」
こんな職場の近くでまずいだろうと思う反面、Kaiくんの体温が暖かくてなんだか急に泣きたいような切ない気持ちになってしまった。ソウルに来てからは、いつも一人で年末年始も過ごしていた。ひとりで過ごすことには慣れても、ソウルの冬の厳しい寒さが流石に堪える時もあった。だからこんな寒い時期に触れる人肌は本当に危険だ。
kaiくん……僕は君の温もりが癖になってしまう。
「Kaiくん……君は暖かいな」
「優也さんに早く会いたくて走って来たんだ。今日は人手が足りなくて15分程しか一緒にいられないから」
「少しでもいい……嬉しいよ」
こんなやり取りは、僕たちが付き合っていると実感する瞬間だ。
つい一週間前のことだ。洋くんの家で開催されたクリスマスパーティーの夜に、Kaiくんから告白されたのは。突然のことでびっくりした。僕の秘めたる願いを知っていたのか……僕がKaiくんの温かい人柄に惹かれて、そっと見ていたことに気がついていたのだろうか。
躰を奪われることから始まった翔との恋とは全然違う、労わるような優しいキスから始まった恋。本当にKaiくんのキスは優しく心地良かった。
もう二度と恋はしないと誓ったはずなのに、その凍った心はKaiくんの情熱によって……あっという間に溶かされていた。
Kaiくんが僕の手を包むように握ってくれた。
「優也さん、あぁこんなに冷たくなって。随分待たせちゃったね」
「……これくらい大丈夫だ」
「駄目だよ。風邪ひかれたら困る。優也さんは一人で我慢しそうだから心配なんだ。そうだ、これ使って」
そう言いながらKaiくんは首に巻いていたマフラーを外して、僕の首にぐるぐると巻いてくれた。
「これKaiくんのだろ?悪いよ」
「違うんだ!これは優也さんへのプレゼントなんだ。寒い中待ってくれているのが分かっていたから俺が巻いて暖めておいた。……なんてキザだよな。ははっ」
マフラーは優しいオレンジ色で、ふわふわと暖かくて、くすぐったい気持ちになるよ。これはKaiくんみたいな優しい色だ。
「うん、やっぱり似合うな。優也さんにはこういう優しい暖かい感じの色が似合うな」
「これは、Kaiくんみたいな色だ」
「俺みたい?あっじゃあ俺だと思って、いつもつけていて。もう寒くない?」
「うん、もう……寒くない」
ふと翔にもらったあの白いマフラーは、僕の悲しみに濡れ……いつの間にか落としてしまったことを思い出した。でも今度はこのマフラーならば、幸せに染まったような色で、いつもポカポカと僕の心を暖めてくれそうだ。
「あーもっと一緒にいたいな」
Kaiiくんの手が再び伸びて来てそのまま胸元に抱きしめられる。体格の良い躰は逞しく、居心地がいい。
「そういえば俺さマフラーにちょっと思い出があって」
「……どんな?」
「実は昔ね、ホテルの仕事で日本へビラ配りに行ったことがあるんだ」
「えっ?」
「その時真っ白なマフラーをして俯いて歩いて来た人が凄く悲しそうで辛そうでさ、なんとか励ましてあげたかったけど、俺は当時まだ日本語も未熟でうまく伝わらなくて」
「えっ……それで?」
心臓が急にバクバクしだした。思いがけない話だった。
「その人は何故だか怒って走って逃げちゃってさ。その時白いマフラーを落として行ったんだ。すぐ拾ってあげたかったけど、すごい雑踏であっという間にいろんな人に踏まれちゃって、真っ黒になって……あの時届けてあげられたら良かったなって後悔していてさ」
まさか……それはもしかして……あの日の僕のことじゃないだろうか。
Kaiくんは気がついていないし、僕も今まですっかり忘れていたけれども……もし本当にそうだったら、Kaiくんとの出会いは必然だったような気がする。
恥ずかしくて言い出せないが、僕がソウルに来るきっかけを作ってくれたのは君だったのか。思いがけない事を知って息を飲んでしまったが、Kaiくんは僕の動揺に気がつかず話を続けた。
「だからかな。妙にマフラーの色で迷ってさ。白かオレンジか」
「いや……白じゃなくて良かった。オレンジ色がKaiくんみたいで好きだ」
「優也さんの言葉はいつも優しいな。なんか照れるな。さてと、もうそろそろ行かないとまずい。くそっやっぱりあっという間だな。次に会うのは来年だね」
「うん、でももうあと一時間で来年だ」
「来年はもっと一緒にいよう」
屈託のない顔で明るく笑うKaiくんに見惚れてしまった。
つられて僕も笑ってしまった。
「あっ笑ったね。来年はもっともっと笑わすから、覚悟しておいて!」
会うたびに僕の心を溶かしてくれるKaiくんのことが、会うたびにもっと好きになっていく。来年もこの幸せが続きますように、そう願わずにいられない。
「一人で帰れそう?風邪ひかないようにな。俺は少しでも優也さんに会えて元気が出たよ。このまま徹夜だけど、頑張れそうだよ」
「うん、大丈夫だ……あのKaiくん、仕事頑張って」
Kaiくんに、気がついたら自分からキスをしていた。チュッと軽いリップ音が木枯らしに舞って、少し恥ずかしかった。
「わっ!優也さんっ?」
「僕のこと好きになってくれて……ありがとう」
「なっ何言ってるんだよ。お礼を言うのは俺の方だ。優也さんからのキスで最高に元気でた!」
もらうだけ……待つだけの恋は、もうしたくない。
そうか……僕からも、こうやって与えれば良かったのか。
新しい恋は、新しい自分になれる恋。
来年はもっと踏み出してみたい。
Kaiくん君と一緒に……
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