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出逢いの章
さよならの向こう側 2
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枕元の時計を見ると、ちょうど朝の五時だった。
もう朝か、寒っ……
床に足をトンっと降ろすと、躰を真っすぐに突き刺すような痛い位の寒さが駆け上がって来て、思わず悲鳴をあげそうになってしまった。
はぁ……今日はかなり冷えるな。
二月のソウルの寒さは日本の比にならない程厳しいことを、ここ数日体感している。今朝もこの分じゃ氷点下だな。ぐっと寒さを堪えて起き上がり、一気に窓辺の重いカーテンを開けると、そこには真っ暗な世界が広がっていた。真冬の早朝は、朝がいつ訪れるのか分からない程の暗黒の世界だ。でも……今の僕にはこの暗闇が心地良く、ほっとしてしまう。
今日もまた一日が始まる。暗い世界が始まっていく……
単身で知り合いもいないソウルにやってきて、ようやく一カ月が過ぎた。語学学校での研修は、想像よりハードだった。たった一年で韓国語で通訳が出来るレベルまで達しないといけないので、覚えるべき特殊な用語が山ほどあるのだ。遊びじゃない。この国で生きていくための仕事にするためだ。その意気込みを支えに、なんとかこなしているといった有様だ。
忙しいということは……余計なことを考えなくて済むので助かっている。日本に置いてきたものを振り返る余裕がないように、自分を常に極限まで追い詰めていた。
「日本人って勤勉なんですね、えっと……マツモトさん、たまにはクラスの飲み会に行きませんか」
語学学校のクラスの一人に声を掛けられたのは、昨日のことだった。もう何度目の誘いだろうか。この国の人は皆、親切にしてくれる……だが、昨日も首を横に振って、行かないことをジェスチャーで示した。
もう誰とも必要以上に親しくしない。そう決めているから、余計な声も出さないようにしていた。
「どうだった?」
「やっぱり行かないって」
「本当に打ち解けない奴だな。無口だし……」
「顔はいいのにあの暗さじゃなっ、女子もひくわ」
「もう誘わなくていいんじゃないか」
「だなー」
そんな声が遠くに聴こえても気にしない。
これでいい。そう自分に言い聞かせる。
誰かの優しさに触れてはいけない。
触れたら思い出してしまうものが多すぎるから。
余計な考えを追い払うように頭を振って、机に座った。
語学学校が始まるまでに、もう一度昨日の復習をしておこう。
テレビもラジオもない……誰もいない……ひとりぼっちの部屋に、立つ物音はない。
안녕하세요…
처음 뵙겠습니다…
韓国語を口に出していくと、自分の吐く息が、寂しい部屋に妙に白々しく浮いていた。
****
それからしばらくして、いつものように教室に足を踏み入れると、様子が違った。クラスの男も女も浮足立った様子で何か話している。なんだろう?不思議に思い、皆の話に耳をそば立ててみた。
「今日来てるって」
「マジ?目の保養しにいこうぜ」
「どこ?」
「上の階だよ」
なんのことだろう?誰のことを言っているのだろうか。不思議に思って、噂をしている人をじっと見たら目が合ってしまった。
「あれ?珍しいな。松本さんも流石に興味あります?」
ふるふると首を横に振って、慌てて姿勢を正した。
でもその後も、ひそひそ話に聞き耳を立ててしまった。
「全く同じ男とは思えないほどの美形だよな」
「あの先生の授業って大人気なんでしょ。あー私も習いたいなぁ」
「日本人が日本語習ってどうするんだよ」
「じゃあ、拝みたい~触れてみたい」
「馬鹿っ」
どうやら、語学学校の日本語講師に美形な男がいるという話のようだった。
バカバカしい……そんな話どうでもいい。なんの関係もないことだ。
彼を実際にこの目で見るまでは、少なくともそう思っていた。
もう朝か、寒っ……
床に足をトンっと降ろすと、躰を真っすぐに突き刺すような痛い位の寒さが駆け上がって来て、思わず悲鳴をあげそうになってしまった。
はぁ……今日はかなり冷えるな。
二月のソウルの寒さは日本の比にならない程厳しいことを、ここ数日体感している。今朝もこの分じゃ氷点下だな。ぐっと寒さを堪えて起き上がり、一気に窓辺の重いカーテンを開けると、そこには真っ暗な世界が広がっていた。真冬の早朝は、朝がいつ訪れるのか分からない程の暗黒の世界だ。でも……今の僕にはこの暗闇が心地良く、ほっとしてしまう。
今日もまた一日が始まる。暗い世界が始まっていく……
単身で知り合いもいないソウルにやってきて、ようやく一カ月が過ぎた。語学学校での研修は、想像よりハードだった。たった一年で韓国語で通訳が出来るレベルまで達しないといけないので、覚えるべき特殊な用語が山ほどあるのだ。遊びじゃない。この国で生きていくための仕事にするためだ。その意気込みを支えに、なんとかこなしているといった有様だ。
忙しいということは……余計なことを考えなくて済むので助かっている。日本に置いてきたものを振り返る余裕がないように、自分を常に極限まで追い詰めていた。
「日本人って勤勉なんですね、えっと……マツモトさん、たまにはクラスの飲み会に行きませんか」
語学学校のクラスの一人に声を掛けられたのは、昨日のことだった。もう何度目の誘いだろうか。この国の人は皆、親切にしてくれる……だが、昨日も首を横に振って、行かないことをジェスチャーで示した。
もう誰とも必要以上に親しくしない。そう決めているから、余計な声も出さないようにしていた。
「どうだった?」
「やっぱり行かないって」
「本当に打ち解けない奴だな。無口だし……」
「顔はいいのにあの暗さじゃなっ、女子もひくわ」
「もう誘わなくていいんじゃないか」
「だなー」
そんな声が遠くに聴こえても気にしない。
これでいい。そう自分に言い聞かせる。
誰かの優しさに触れてはいけない。
触れたら思い出してしまうものが多すぎるから。
余計な考えを追い払うように頭を振って、机に座った。
語学学校が始まるまでに、もう一度昨日の復習をしておこう。
テレビもラジオもない……誰もいない……ひとりぼっちの部屋に、立つ物音はない。
안녕하세요…
처음 뵙겠습니다…
韓国語を口に出していくと、自分の吐く息が、寂しい部屋に妙に白々しく浮いていた。
****
それからしばらくして、いつものように教室に足を踏み入れると、様子が違った。クラスの男も女も浮足立った様子で何か話している。なんだろう?不思議に思い、皆の話に耳をそば立ててみた。
「今日来てるって」
「マジ?目の保養しにいこうぜ」
「どこ?」
「上の階だよ」
なんのことだろう?誰のことを言っているのだろうか。不思議に思って、噂をしている人をじっと見たら目が合ってしまった。
「あれ?珍しいな。松本さんも流石に興味あります?」
ふるふると首を横に振って、慌てて姿勢を正した。
でもその後も、ひそひそ話に聞き耳を立ててしまった。
「全く同じ男とは思えないほどの美形だよな」
「あの先生の授業って大人気なんでしょ。あー私も習いたいなぁ」
「日本人が日本語習ってどうするんだよ」
「じゃあ、拝みたい~触れてみたい」
「馬鹿っ」
どうやら、語学学校の日本語講師に美形な男がいるという話のようだった。
バカバカしい……そんな話どうでもいい。なんの関係もないことだ。
彼を実際にこの目で見るまでは、少なくともそう思っていた。
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