深海 shinkai(改訂版)

志生帆 海

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別れの章

傷心旅行 5

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 しんしんと音も立てずに降り積もる雪は、僕の躰だけでなく心までも、冷たく冷やしていった。今日から正月明けまでの長期休暇を、一体どうやって過ごせばいいのだろう。朝から灰色の空から降り続けている雪を、先ほどから一人窓辺に座って、ぼんやりと眺め続けていた。

「はぁ……それにしても寒い」

 かじかむ手に、はぁーっと息をかけて自分を励ましながら、ここ数日片付けもせず放置していた部屋を見ては溜息をついた。

 そうだ……こんなに時間があるのもいい機会だ。少し掃除をしよう。無気力なまま重たい躰をゆっくりと動かして、床に物が散乱した部屋を片付けだした。

 だが一つ物に触れるたびに、一つ翔との思い出が蘇って来てしまう。

 このマグカップは……翔の家に行ってばかりだったから、いつか遊びに来てくれたらと思い、こっそり購入したものだ。だが結局はいつも翔の部屋で抱かれ、僕の部屋に翔が来たことはなかったから未使用のままだ。

 今考えると……翔が抱きたい時に抱かれていただけで、僕が抱かれたい時には、本当は抱かれていなかったのかもしれない。

 今更だがそんなことに気が付いてしまった。

 使わなかった翔用の歯ブラシ、タオル、パジャマまで……はぁ僕はいつの間に、こんなに沢山買い込んでいたのか。

 全く馬鹿だな。

 翔はいつも優しかった。でも全部自分中心のペースだった。

 翔に溺れていた僕にとっては、そんな強引さすらも心地良かった。翔が愛してくれるならと、僕は全部翔の言う通りにしていた。だから翔はあんなに簡単に、まるで使い捨てみたいに……僕を捨てることが出来たのだ。

 でもそれは僕自身が招いてしまったことなのかもしれない。 三年間もそれに気が付かないで、翔に依存していた自分のことが急に馬鹿みたいに思えた。

 僕の部屋には、叶わなかった翔との思い出がぎっしり詰まっている。そう考えると急に息苦しくなった。その場に脱力してしゃがみこむと、何かが指先に触れた。

 なんだ?これ……

「韓国旅行……」

 それは渋谷でクリスマスにもらった韓国旅行のパンフレットだった。

(あの……冬のソウルはすごく寒いけれども、心は、ぽかぽかになります。よかったらいらして下さい)

 あのビラを配っていた青年の言葉を、急に思い出した。本当にこの国へ行けば、少しでも心が温かくなるのだろうか。今からでも間に合うだろうか。

 これから先の六日間、この部屋にずっといたくない。かといって、もう何年も連絡を取っていない実家に帰省なんて出来ないし、したくない。

 何処か……どこでもいい。この傷ついた心を抱えて彷徨う場所が欲しい。翔に捨てられた僕のことなんて誰も知らない場所に行きたい。

 ただその一心で、僕は旅行会社へと足早に向かった。


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