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小学生編

冬から春へ 82

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 いっくんが俺たちと一緒に眠ると言ってくれた。

 そのことに、胸がポカポカだ。
 
 だが、新居での初めての夜なのに、本当にいいのかと心配になった。

「潤、すみれさん、本当に俺たちがいっくんと眠っていいのか」
「もちろんです。父さんたちが明日帰ってしまうのなら尚更、今宵は一緒に過ごして欲しいです」
「そうか、ありがとう、嬉しいよ」

 パジャマに着替えたいっくんがタタッと俺めがけて走ってくる。

「おじーちゃん、おばーちゃん、おまたせちましたぁ」
「いっくん、可愛いパジャマだな」
「えへへ、これ、めーくんからもらったの」
「めんこいなぁ」

 優しいクリームイエローに熊のアップリケがついたパジャマを着たいっくんは、やっぱり天使のようだ。

 だが急に不安を覚えてしまった。

「うーん、待てよ。心配だな」
「どうしたの?」
「あのさ、さっちゃん、俺、寝相が相当悪いが大丈夫だろうか。いっくんを潰さないか心配になってきた」
「まぁ、勇大さんって寝相が悪かったの? 知らなかったわ」
「え? そうか、あれ? 治ったのか」

 以前宗吾くんと寝た時は大暴れしたような……
 
 あれは夢だったのか。

 いや現実だ。

「今は独り寝じゃないから……」
「確かにその通りだ。愛しい人が横で寝ていると、本能的に守ってやりたくなるから寝相も良くなるのか」
「なんだか恥ずかしいわ」

 俺たちの会話を聞いていた潤が、手で火照った顔を扇いだ。

「あのさぁ……父さん母さんも……そのさぁ……」
「パパ、おじーちゃんとおばーちゃんって、あちちだねぇ」

 いっくんが俺たちを見上げて、両手でハート型を作ってくれた。
 
 小首を傾げて、そのハートの中から俺たちのことを覗くいっくんのあどけなさよ。

 めんこい、めんこいなぁ。

 もうデレデレだ。

 かつて、みーくんの笑顔にデレデレで澄子さんによく笑われた。

……
「熊田さん、最近しまりがないわよ」
「澄子さん、だってみーくんの仕草が可愛くて仕方がないんですよ。何をしても可愛くて、めんこいなぁ」
「ふふ、ありがとう」
「あー めんこい、めんこいなぁ」
……

 あの頃の優しい思い出が、最近頻繁に蘇ってくる。

 幸せ過ぎて思い出すのがキツく、怖かったのに。

 今は抱きしめたくなるほど、愛おしい思い出だ。

 そしてその思い出は、今この瞬間に続いている。

「まぁ、いっくん、そのハート、どこで覚えたの? とっても可愛いわね」
「とうきょうで! めーくんがおしえてくれたんだ。みーくんとそーくんはあちちだって」
「はははっ、そうか、そうか、確かにアチチだな」
「いっくん、なかよちだいすき。まいにちたのしくなるもん!」
「そうだなぁ。おじいちゃんとおばあちゃんも仲良しだぞ」
「しってる! だから、うれちいの。ねぇねぇ、はやくねようよー」

 いっくんが俺とさっちゃんの手を引っ張ってくれる。

 内気で大人しい子だったいっくんも、どんどん花が咲くように明るく元気になっている。

「どこでねんねするの?」
「よしよし、こっちだよ」

 潤たちはベビーベッドのある1階のリビングで眠るというので、俺たちは2階へ移動した。

「え……これってぇ」

 いっくんは階段を見上げて、また口に両手をあてて驚いていた。

「どうした?」
「わぁぁ、おにかいがあるなんて、しゅごいよ。ここ、おしろみたい!」
「その通り、ここはいっくんたちのお城だよ」
「あのね、あのね、いっくん、ずっとかいだんにあこがれてたの」

 階段ひとつを取っても、いっくんにとってはワクワクドキドキするアイテムなのだ。どんな小さなことにも全力で喜んでくれるので、学ぶことが多い。

 小さな幸せに日々感謝だ。

「いっくんといると毎日が素敵になるわね」
「その通りだな」

 2階には二間の洋室があり、いずれいっくんと槙くんの子ども部屋になる予定だ。

「ここはいっくんの部屋になるんだよ」
「え? いっくんのおへや?」
「そうだよ。芽生くんも自分の部屋を持っていただろう?」
「うん! いっくん、そこでおねんねしてたよ」
「今日はこの部屋を、おじいちゃんたちにかしてくれるか」
「うん、いつでもつかってね。いっくん、だいかんげいだよ」
「うれしいなぁ」

 子供部屋はがらんとしていた。

 当面は家族揃って1階で過ごすので、まだ家具は揃えていない。

 いずれいっくんも成長していく。

 その時のための部屋だ。

「あれれ、おふとんがないよ」
「まだ客布団は揃えていないから、今日は寝袋でいいか」

 袋型の寝袋を取り出して並べると、いっくんが興味を持った。

「わぁ、いっくんもはいってみたい」
「よーし、くっつけるぞ」

 封筒型の寝袋を連結すれば、大人と子どもが添い寝できるサイズになった。

 さっちゃんといっくんと俺。

 寝袋の中で三人がギュッとくっつくと、まるでいっくんがさっちゃんと俺たちの子どものような錯覚を抱き、胸に迫るものがあった。

「あったかいねぇ、きもちいいねぇ、ほっとするねぇ、むにゃむにゃ……」

 いっくんは相当疲れていたようで、すぐにすぅすぅと可愛い寝息を立て出した。

「勇大さん、子どもたちのおかげで私たち、楽しい夢を見られるわね」
「そうだな、これを疑似体験というのか、ありがたいことだよな」
「広樹、瑞樹、潤……それぞれが愛おしいわ」
「俺も全く同じ気持ちだよ。頼もしく可愛い息子に恵まれて幸せだ」
「勇大さん……私こそありがとう」

 今目の前にあることに、いてくれる人に、深い感謝を。

 軽井沢で過ごした日々は、俺とさっちゃん、潤家族との絆を深める日々だった。

 縁あって家族になった人たちが愛おしい。


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