上 下
1,672 / 1,727
小学生編

冬から春へ 64

しおりを挟む
 雪か――
 
 朝から冷え込んでいると思ったら、雪になったのか。

 軽井沢も、雪化粧した町になっていく。

 昔は、雪なんて大っ嫌いだった。

 白くて綺麗なものなど、オレには無縁だと決めつけていた。

 だが、今は好きになった。

 兄さんの純真さも、いっくんの清らかな笑顔も――

 白い雲や白い雪、白い花に白い羽。

 全部好きだ!

 白は大好きな人の色。

 心が洗われる色となった。

「あら、雪になったのね」

 母さんがオレの横に立って、窓の外に手を伸ばすと、雪はまるで空から贈り物のように、手の平に舞い降りてきた。

 花屋の水仕事で1年中あかぎれだらけだった母の手は、いつの間にかしっとりと滑らかになっていた。

 慈しみという言葉が似合う手だった。

「……綺麗だな」
「そう言えば、あなたの妊娠が分かった日、雪が降っていたのよ」
「へぇ、よく覚えているな」
「当たり前よ。大切な子供を授かった日だもの。それで雪にちなんで純白の『純』という名前にしようと思ったけれども、お父さんが漢字は『潤う』の方がいいと言い張ったの。ふふっ、花屋の息子だから潤いが大事だと豪語していたわ。懐かしいわねぇ」
「それ、初耳だ」
「そうだった? あなたとこんな風にゆっくり過ごしているからか、昔の記憶がどんどん蘇ってくるわ」

 亡くなった父さんの話ばかりして大丈夫なのかと心配になり、ちらっと父さんを見ると、上機嫌で鼻歌を歌いながら窓枠に白いペンキを塗っていた。

 オレたちの会話が聞こえているだろうに……

 父さんは、母さんの過去をすべて引き受けてくれた。
 
 そしてオレと広樹兄さんのことも、丸ごと受け入れてくれた。

 すごい人なんだ。

「父さん、ありがとう」
「ん? 急にどうした?」
「いや、なんでもない」

 急に照れ臭くなってそっぽを向くと、父さんに肩をガシッと組まれた。

「潤、サンキュ! 照れてんのか。末っ子は可愛いな」
「オッ、オレはそういうキャラじゃ」
「ははっ、いいじゃないか。親にとって子供はいつまでも可愛い大切な存在なのさ」
「……あ、ありがとう」
「よしよし、お前は可愛いな」

 父さんとは、きっとこの先もずっと、今日のような関係でいられる。

 そう素直に思えるのは、オレが素直になれたから。




 
 オレの2週間の冬期休暇は、新居のリフォームにほぼ費やした。

 昔に戻ったように、大工の仕事に没頭した。

 1日中身体を動かすのは、少しも苦にならなかった。

 明るい未来を目指せて動くのは、嬉しいことだ。

 火事で何もかも失ってしまったが、ここ数日で発行の手続きをした書類も届き、少しずつ生活も元通りになっている。

 2週間の休暇を終えると仕事に行かなくてはならなかったが、リーダーの計らいで時短勤務出来たので、家のリフォームを最後まで一気に仕上げることが出来た。父さんと母さんが大沼に帰ってしまう前に、なんとしてでも家族を迎え入れたかった。

「潤、これが最後の作業だ」
「はい」
「仕上げはここだ」

 父さんが曇っていたガラス窓を雑巾でピカピカに磨き上げると、明るい日差しが降り注いできた。

「潤、この家のリビングは日当たりが良いな」
「はい!」
「よし、これで、迎えに行けそうだな」
「はい、明日、行ってきます」
「みんな、待ち遠しく思っているだろう。そろそろ潤に会いたくてたまらないはずだ。ほら、これを使うといい」
「え?」

 渡されたのは新幹線の往復切符だった。
 
 急に家を購入することになりローンを組んだ。手数料や手付金など貯金を使い果たしてしまった。足りない分は父さんと母さんが援助してくれた。残った僅かな資金で、火事で焼けてしまった日用品を買い直したので、貯金は底をついていた。

 だから……菫といっくんと槙を東京に迎えに行っても、帰りの電車賃をどう工面すべきか悩んでいた。

「潤は寝る間も惜しんで頑張ったから、小遣いだ」
「そんな」
「遠慮するな。俺がしてやりたいんだ」

 心の底から感謝した。
 ありがたかった。

 一人じゃないって、すごいことだ。
 困った時に手を差し伸べてくれる人の存在が有り難い。

「父さん、父さん……本当にありがとう。オレひとりじゃ心細かったです。本当に上手くいくのか分からなかくて」
「役立って嬉しいよ」


****

 日曜日の午後。

 僕は芽生くんといっくんを公園に連れて行く約束をしていた。

「お兄ちゃん、公園たのしみ」
「いっくんもたのちみー」

 いっくんが靴を履いていると、菫さんがやってきた。

「いっくん、待って」
「ママぁ、なぁに?」
「お外に行くならこの帽子を被っていくといいわ」
 
 それは黄緑のニット帽で、一番上には黄色いボンボンがついて、とても可愛かった。

「わぁ、あったかい」
「やっぱり良く似合うわ」
「ママぁ、じゃあ、いってきます」
「楽しんでね」

 まだ冬景色の公園だが、いっくんの帽子はまるでタンポポのような色合いで、見ているだけでポカポカしてくるよ。

「めーくん、どう? いっくん、めだつ?」
「うん、どこにいてもよく分かるよ」
「よかったぁ。あのね……かるいざわのパパからもみえるかなぁ……」
「きっと見えるよ」
「パパぁ、そろそろ……あいたいなぁ」

 しょんぼりと俯く姿に胸が切なくなる。

 きっときっと、もうすぐだよ。

 いっくんの大好きなパパがやってくるよ。

 そんな予感を北風の向こうに、僕は感じていた。

 いっくんの心を、そろそろ潤してあげて欲しい。

 潤――

 僕たちはここだよ。

 待っている。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

処理中です...