上 下
1,658 / 1,728
小学生編

冬から春へ 50

しおりを挟む
 宗吾の家で小さな天使に出会ってから、なんとなくそわそわしている。
 
 なんだ? このモヤモヤとした気持ちは?

 つい先日のことだ。

 軽井沢に住んでいる瑞樹の弟のアパートが全焼し、一家が路頭に迷ってしまった。

 そのニュースを聞いた時、私も酷く心が痛んだ。

 東京よりずっと寒い土地で、住処をなんの前触れもなく失ってしまうなんて。
 
 聞けば、まだ乳飲み子がいるそうじゃないか。

 私は東京の庭付きの一軒家で結婚するまでのうのうと暮らし、結婚を機に一時的にマンション住まいをし、結局また戻ってきて今も実家に住み続けている。住む場所への不安など……正直今まで一度も抱いたことはない。

 瑞樹の弟は函館から単身で軽井沢にやってきて、会社の寮で生活し、結婚を機会に、そのアパートに移り住んだと聞いている。苦労の末、ようやく手にいれた安住の地だったに違いない。

 それが火事で全焼だなんて、なんとも惨いことだ。

 そんな最中、宗吾の行動は早かった。

 瑞樹の行動も早かった。

 二人で現地に即日駆けつけ、奥さんと子供たちを自宅マンションに避難させるなんて。

 私だったら、そこまで出来ただろうか。
 
 宗吾の行動にはいつも関心する。

 私はいつも頭でっかちで、感情に任せて動くことが苦手だ。

 そんな私という人間に、今、出来ることはないだろうか。

 物事には、今すべきことがあるのでは?

 あの小さな天使のつぶらな瞳が忘れられず、そんなことばかり考えていた。

「憲吾、あなた、何か悩みでもあるの?」
「やれやれ、母さんには何でもお見通しですね」
「ふふっ、それは生まれた時からあなたを知っているからよ」
「参りました。実は……」

 母さんに思い切って聞いてみた。

 すると……

「そんなの簡単よ。分からないのなら、聞けばいいじゃない」
「え? 聞く?」
「そうよ、テストじゃあるまいし、答えを聞いちゃいけないルールなんてないでしょう」
「あっ」

 全くその通りだ。

 考えても考えても分からないのなら、聞けばいいのか。

「憲吾は冷静で理路整然と物事を見渡せるから、自分で答えを探すのが得意だけど、人と人の間にはそれでは分からないこともあるのよ」
「全くその通りです」
「素直ね、じゃあもう一つアドバイスしましょうか」

 思わず身を乗り出してしまった。

「いっくんはね、見ていて思ったけど、昔の瑞樹よ。周りに気を遣って本当にしたいことを口に出せない子なの。優しい子なのよ。だからそういう時は周りからそっと差し出してあげればいいのよ。あの子が本当にしたいことは何かを……」
「そうか」

 ずっと気になっていたのは、樹くんの寂しそうな笑顔だった。

「すぐに傍にいる宗吾に相談してみます」
「まぁ、ナイスアイデアよ。憲吾、冴えているわ」

 母に褒められて照れ臭くなった。
 
 人は、いくつになっても褒められると嬉しいものだな。

 以前の私だったら……宗吾に頼るなど、絶対にしたくないことだった。
 
 だが今は違う。

 弟の行動力から学び、弟の機転に助けられている。

 電話をして大正解だった。

 私に出来ることが見つかった。

「美智、買い物に付き合ってくれるか」
「えぇ、もちろん。あなたが買い物なんて珍しいわね。一体何を買いにいくの?」
「実は樹くんの幼稚園の通園バッグを買いに行きたいのだ。来週から一時的に芽生が通った幼稚園に通えることになったそうだ」
「素敵! じゃあ芽生くんのお古を使ったらどうかしら?」
 
 それも一理あるが、なんというか……新しいものを用意してやりたいのだ。きっと宗吾も同じ気持ちだったから、私に投げかけたのだろう。

「いや、制服はお古を着るそうだが……通園バッグは新しいものを準備してやりたい。幼稚園に電話をしたら日本橋のデパートの制服部門にストックがあるそうなので行こう」
「そうね、お下がりも良いけど、何もかも失ってしまったいっくんに新しいバッグをプレゼントするのって素敵」

 美智の賛同も得て、私は実行した。

 母さんの言う通りだ。

 相手の気持ちに添うことも大事だ。

****

「めーくん、いってらっちゃい」
「いっくん、いってくるね」
「うん」
「かえったら、またあそぼうね」
「うん!」

 めーくん、ランドセルせおって、たのしそう。

 パタンととびらがしまったら、いっくんしょんぼりだよ。

 あーあ、いっちゃった。

 いいなぁ、おそとはたのしいよね。

 しょうがっこうでは、いっぱいおともだちとあそべて、いいな。

 いっくん、きょうはなにをしよ?

 まきくんは、いっくんのおえかきをビリビリにやぶいちゃうし、ママはまきくんのいたずらをとめるのでつかれているし、いっくんは、いいこにしてないとだめだめ。

 いいなは、だめだよ。

 でもね……いっくんも……そろそろ、おべんきょうしたり、おともだちとあそんでみたいな。
 
 ほいくえん、たのしかったなぁ。

 みんな、げんきかな?

「いっくん、何かあったかな? 少し元気ないね。僕に話してごらん」
「みーくん……うーうん、なんにもないよ。だいじょうぶ」
「……そうかな?」

 みーくんにも、じょうずにはなせなかったよ。

 だって……

 みんなたいへんだもん。

 

「いっくん、今日はお客さんがやってくるよ」
「みーくんのおきゃくさま?」
「いっくんにだよ」
「えー だれ、だれ?」
「楽しみにしていてね」


 わくわくまってると、おじさんがきてくれたよ。

 このまえあった、かっこいいおじさんだよ。

 えっと、そーくんのおにいちゃんの……

「ケンくん」
「ケンくん? あぁ、そうだ。私はケンくんだ。今日はいっくんにプレゼントを持って来たぞ」
「え? プレゼント? だって……いっくんのおたんじょうびすぎちゃったし、クリスマスはまだだよ?」
「はじめましてのプレゼントだよ。ほら、どうぞ」

 ポンとおおきなはこをわたされたよ。

「えっと、えっと……」

 もらっていいのかわからなくて、キョロキョロしちゃった。
 
 そうしたらママもそーくんもみーくんも、みんなニコニコだったよ。

「あ……ありがとうございましゅ」
「どういたしまして。使ってくれるかな」
「あけていいでしゅか」
「もちろんだ」

 なんだろ? 

 なんだろ?

 あっ!

 はこからはピカピカのようちえんのバッグがでてきたよ。

「これぇ……これ、しってる」
「お! 知ってるのか」
「あのね、アルバムでみたの。めーくんがようちえんのときのおしゃしん」
「君は聡い子だな。そうだ、それは幼稚園のバッグだ」
「え? でもいっくんようちえん……いってないよ?」

 ピカピカのバッグにびっくりしちゃった。

 いいな……

 これもって……いっくんもようちえんにいってみたいなぁ。

 いいな……はだめなのに、とまらないよ。

「いっくん」
「みーくん。どうちよ。これ、どうちよ?」
「いっくん、もう素直になっていいんだよ。今したいことは何かな?」
「え……」
「話してごらん。僕たちが叶えてあげるよ、君はもうひとりじゃないのだから」

 みーくん、おはなのかおりがしてやさしい。

 いいのかな……

「あのね……あのね……いっくん、ようちえんにいってみたいの」
「よし! 言えたね。そうだよ、君は明日から幼稚園に通うんだよ」
「えぇ?」
「ほら、かけてごらん」
「うん! わぁぁ、いっくん、かっこいい?」
「あぁ、とてもカッコいいよ」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】「幼馴染を敬愛する婚約者様、そんなに幼馴染を優先したいならお好きにどうぞ。ただし私との婚約を解消してからにして下さいね」

まほりろ
恋愛
婚約者のベン様は幼馴染で公爵令嬢のアリッサ様に呼び出されるとアリッサ様の元に行ってしまう。 お茶会や誕生日パーティや婚約記念日や学園のパーティや王家主催のパーティでも、それは変わらない。 いくらアリッサ様がもうすぐ隣国の公爵家に嫁ぐ身で、心身が不安定な状態だといってもやりすぎだわ。 そんなある日ベン様から、 「俺はアリッサについて隣国に行く!  お前は親が決めた婚約者だから仕方ないから結婚してやる!  結婚後は侯爵家のことはお前が一人で切り盛りしろ!  年に一回帰国して子作りはしてやるからありがたく思え!」 と言われました。 今まで色々と我慢してきましたがこの言葉が決定打となり、この瞬間私はベン様との婚約解消を決意したのです。 ベン様は好きなだけ幼馴染のアリッサ様の側にいてください、ただし私の婚約を解消したあとでですが。 ベン様も地味な私の顔を見なくてスッキリするでしょう。 なのに婚約解消した翌日ベン様が迫ってきて……。 私に婚約解消されたから、侯爵家の後継ぎから外された? 卒業後に実家から勘当される? アリッサ様に「平民になった幼馴染がいるなんて他人に知られたくないの。二度と会いに来ないで!」と言われた? 私と再度婚約して侯爵家の後継者の座に戻りたい? そんなこと今さら言われても知りません! ※他サイトにも投稿しています。 ※百合っぽく見えますが百合要素はありません。 ※加筆修正しました。2024年7月11日 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 2022年5月4日、小説家になろうで日間総合6位まで上がった作品です。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

オメガの僕が運命の番と幸せを掴むまで

なの
BL
オメガで生まれなければよかった…そしたら人の人生が狂うことも、それに翻弄されて生きることもなかったのに…絶対に僕の人生も違っていただろう。やっぱりオメガになんて生まれなければよかった… 今度、生まれ変わったら、バース性のない世界に生まれたい。そして今度こそ、今度こそ幸せになりたい。  幸せになりたいと願ったオメガと辛い過去を引きずって生きてるアルファ…ある場所で出会い幸せを掴むまでのお話。 R18の場面には*を付けます。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。 実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので! おじいちゃんと孫じゃないよ!

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

転生令息の、のんびりまったりな日々

かもめ みい
BL
3歳の時に前世の記憶を思い出した僕の、まったりした日々のお話。 ※ふんわり、緩やか設定な世界観です。男性が女性より多い世界となっております。なので同性愛は普通の世界です。不思議パワーで男性妊娠もあります。R15は保険です。 痛いのや暗いのはなるべく避けています。全体的にR15展開がある事すらお約束できません。男性妊娠のある世界観の為、ボーイズラブ作品とさせて頂いております。こちらはムーンライトノベル様にも投稿しておりますが、一部加筆修正しております。更新速度はまったりです。 ※無断転載はおやめください。Repost is prohibited.

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

処理中です...