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小学生編

冬から春へ 49

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「兄さん、オレ……実はマイホームが手に入りそうなんだ」
「えっ、マイホーム?」

 確か職場の近くの賃貸アパートかマンションを探すと聞いていたので、少し驚いた。だが、それを越える嬉しさがじわりと押し寄せて来た。

「実はアパートの火事で助けたばあちゃんが、亡くなったダンナさんと住んでいた家をオレに譲ってくれるという話が舞い込んできて……それが軽井沢駅近くの一軒家だったんだ。条件が良くて、思い切って購入させてもらおうかと」
「そうだったのか。素敵なご縁が巡ってきたんだね」

 そうか、潤が助けた人が、今度は潤を助けてくれるのか。

 人とのご縁を大切にすると、それは良縁となって戻ってくる。

 それを地で行く幸せなニュースだ。

「俺もまだ信じられないよ。まさか、こういう展開になるとは」
「いや、潤の行いの結果だよ。それに潤ももう二児の父親だ。そろそろ自分の家を手に入れるのに良い時期だよ。本当におめでとう!」

 地に足を付けて、潤は生きていく。

 そう宣言してくれたようで、弟の成長を見守ってきた兄として感慨深い気持ちになった。

 やんちゃで僕を困らせることもあった潤が大きく成長し、逞しい父親になった。

 あの事件以降、潤は本当に変わった。

 ひとり故郷を離れ誰も知り合いがいない土地で一からスタートした。

 コツコツと努力して、人との気持ち、繋がりを大切にした。

 こうやって人は成長していくのか。

 僕も頑張りたいな。

「それから朗報があって、オレの家は、広樹兄さんと兄さんの夢を叶える舞台になるよ」
「え?」
「兄さんと以前話した、三兄弟の夢を覚えているか」
「いつか三兄弟で期間限定で花屋を開くという夢のこと?」
「そう! それが実現できる場所なんだ。だから兄さんもおめでとう!」

 夢を現実に出来る?

 僕にとっては夢のまた夢だったのに……

「兄さん……それで頼みがあって……その家は長く人が住んでいなかったので結構痛んでいて、今すぐ菫たちを呼び戻せる状況ではなくて……父さんが一緒に手伝ってくれるというので急ピッチで手入したいんだ。だから、その……」

 僕の横に座っていた宗吾さんが優しく頷いてくれる。

 電話の会話の流れから、勘が良い人なので、察したようだ。

 僕の横で囁いてくれた。

「瑞樹、俺は大歓迎だぞ。芽生にとって、いっくんと兄弟のように過ごせる時間は貴重だし、菫姉さんはめちゃくちゃ頼りになるしな」
「あ……」
「さぁ、早く潤を安心してやるといい」
「はい!」

 潤にこちらのことは気にしなくていいと話すと、「さすが宗吾さんだな。心が広くて最高だ!」と言ってくれた。

 僕は宗吾さんが褒められて嬉しいし、宗吾さんも満足そうだった。

 

 そんなわけで、僕たちの家に、菫さんといっくんが同居する生活が改めてスタートした。

 軽井沢の一軒家は、なんと1階が洋裁屋さんだったそうで、ショーケースがあって素敵だ。毎日潤とお父さんからリフォームの経過報告が届く。僕たちはそれを見て、夢を膨らませた。

「ここが、いっくんのおうちなの?」
「そうよ。パパとママとまきくんといっしょに住むのよ」
「しゅごいねぇ。でも……ママぁ……いっくんのあたらしいおうち……もえたりしない? たいせつなものきえちゃうのいや……」

 いっくんの質問に、胸が切なくなった。

 小さないっくんが火事を目撃したショックは簡単には癒えない。

 それに、最近いっくんがどことなく元気がないような気がして、気がかりだ。

 でもいっくんは何を聞いても「だいじょうぶだよ。いっくんげんきだよ。とってもげんき」と答えるだけだ。

 まるで遠い昔の僕のように。

「いっくん、遠慮しなくていいんだよ。僕には話してごらん」
「……でもぉ……だめ、だめ」
「いっくん……」

 どうしたらいっくんの気持ちを持ち上げられるのか、上手く思いつかない。

 どうしたら……

「瑞樹、何か悩みでもあるのか、浮かない顔だが」
「あ……あの、宗吾さん……いっくんのことですが、実は最近少し元気がない気がして」
「やっぱり、君もそう思うか。俺も気になっていたんだ」
「はい、最初はママの傍にずっといれると喜んでいましたが、最近はどうも」
「うーむ。いっくんは日中は何をしているんだ? 芽生が小学校から帰って来てからは楽しく遊んでいるようだが」
「槙くんと一緒に家にいることが多いようですが……あの、もしかして……保育園に戻りたいのでは? お友達と遊びたいのかも」
「なるほど。それは一理あるな。よし、ちょっと当たってみるか。保育園は空きがないかもしれないが、幼稚園で一時的に預かってくれる所があるかも」

 宗吾さんと話すと、道が開けていく。
 
 一人で悶々と考えても埒が明かないことでも、解決できそうだ。

 こういう時、僕はもう一人ではないと感じられる。

「ちょっと調べてみるよ」
「是非お願いします」
「あのさ、君に頼られてやる気が出た。キスしてくれたらもっと出る」
「くすっ、はい、そうくん」

 チュッと頬にキスをすると、後頭部に手を回され、深いキスをされた。


****

 瑞樹と悩みを話しあって、二人で解決していくのが嬉しい。

 俺は頼られるのが大好きなので、やる気アップだ。

 区役所に問い合わせてアドバイスをしてもらい、紹介された保育園や幼稚園に電話をして状況や希望を伝えると、なんと芽生が通っていた幼稚園が一時的に保育してくれることになった。

 更に良いタイミングで兄さんから電話があった。

「宗吾、あの子は元気にしているか」
「あの子とは?」
 
 わざと聞くと兄さんは照れ臭そうに答えた。

「瑞樹に似た天使だよ」
「はは、いっくんですね」
「あの子に私も何か買ってやりたいが、差し出がましいかな?」
「そんなことないです。そうだ、ちょうど今すぐ必要なものがあって」
「なんだ。それは」
「幼稚園の通園バッグです!」 
「通えるのか」
「はい。手配できました」
「よし、早速、明日美智と一緒に買いに行ってくるよ」

 ウキウキとした兄の声。
 
 こんな声を聞けるとは、子供は存在自体が皆の宝物なのだと思うよ。

 
 

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