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小学生編

冬から春へ 48

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 肉まんを食べ終えると、すみれさんが夕食を作ると申し出てくれた。

「えっ、でも……」

 ありがたいことなのに、申し訳ない気持ちで戸惑ってしまった。
 こんな時、僕はどう答えたらいいのか分からなくなり、途方に暮れてしまう。

「もしかして瑞樹くんは私をお客さん扱いしていない? 働かせるなんて申し訳ないと、今、思ったでしょう?」
「え? どうして、それを……はい、図星です」

 素直に認めると、菫さんは優しく微笑んでくれた。

「私は瑞樹くんの弟さんの妻だから義妹になるけど、潤くんより年上だし、なんとなく瑞樹くんのお姉さんポジションの方が合っていると思うの。どうかしら?」
「わわっ、それも図星です」

 その通りだ。

 弟はイメージ出来ても、妹は浮かばない。

「私は瑞樹くんみたいな弟が欲しかったから、ぜひそのポジションでお願いしたいわ」
「あ……いいんですか。それならば是非」
「良かった! 私もその方が過ごしやすいの。えっと田舎からお姉ちゃんが助っ人にきたとでも思ってね。冷蔵庫にあるもので適当に作っていいかしら?」
「お願いします。あの、僕は何をしたら?」
「いっくんと芽生くんのお風呂を頼んでもいいかしら?」
「はい!」

 宗吾さんは遅くなると言っていたので、僕たちが先にお風呂に入るのがベストだ。

「やったー」
「わぁい」

 それを聞いたいっくんと芽生くんは大喜びで、服をポイポイ脱ぎだした。

「めーくんとおふろうれちいな」
「いっくん、ボクがあらってあげるよ」
「わぁい、みーくん、はやく、はやくぅ」

 よほど嬉しかったらしく、いっくんがぴょんぴょん飛び跳ねて手を引っ張ってきた。

 いっくん……

 元気になってくれて良かった。
 僕は君が子供らしく無邪気な行動をしてくれるのが嬉しいよ。
 いっくんを見ていると、幼い自分を思い出すせいかな?

「おせなか、ごーしごし」
「いっくんも、ごーちごち」

 芽生くんがいっくんの背中を洗って、いっくんが僕の背中をこちょこちょ……

「くくくっ」

 くすぐったくて笑うと、いっくんも笑って、芽生くんも笑った。

「えへへへ」
「ふふっ」
「くくっ」

 3人で顔を見合わせて、また笑った。

 ただ一緒にお風呂に入っているだけなのに、どうしてこんなに幸せだと感じるのだろう。

 きっと1日をつつがなく終え、笑顔で夜を迎える。
 
 そんな当たり前のことが、当たり前でないことを知っているから。

 キャッキャとはしゃぐ子供たちと湯船に浸かっていると、脱衣場に黒い影がヌッと現れた。

「おー! 随分楽しそうなことしてんな」
 
 宗吾さんの声だ。

「宗吾さん、お帰りなさい」
「パパ、おかえりなさい」
「俺も入っていいかぁ」

 ウキウキとした声に、また困ってしまった。

 いつもなら「いいですよ」と甘く答えてしまうシーンだが、今日は猛烈に照れ臭い。いっくんと菫さんの手前、なんとも……

「おーい、入ってもいいか」
「えっと……その……」

 僕が俯いて困っていると、いっくんが可愛い声をあげた。

「だめでしゅよー そーくんはおおきいから、おゆがあふれちゃいますよー そーくんはおおきすぎましゅ」
「おー そうか、そうか、俺は大きいのか」
「そうでしゅよ。すっごくおおきいでしゅ」

 そ、そうくんは大きい?

 まずい!

 流石にいっくんの言葉に、妙な反応をするわけにはいかない。

 動悸が激しくなる前に、冷水を浴びた方がいいのでは?

「はは、いっくん、サンキュ! そうだなー これ以上いると瑞樹が困るから退散するよ」
「パパってば……今、絶対変な顔をしていたよね? ね、お兄ちゃん」
「ううっ」



 それにしても宗吾さんという人は、本当にメリハリがある人だ。

 お風呂から上がってリビングに戻ると、脱衣場でのふざけた様子とは全く違う顔つきで、菫さんの手伝いをテキパキとこなしていた。ワイシャツを腕まくりして、黒いエプロンをしてカッコいいな。

「お! あがったのか」
「はい、お先に失礼しました」
「お疲れさん。ん? 瑞樹だけまだ濡れてるぞ。こっちに来い」
「あ、はい」

 芽生くんといっくんの髪を乾かすのに夢中で、僕の髪は生乾きだった。だから素直に脱衣場で、宗吾さんにドライヤーをかけてもらった。

「瑞樹、今日も頑張ったな」
「宗吾さんもお疲れ様です」

 僕たちはこうやって、毎晩お互いを労っている。

 なぜなら、とても、とても大切な人だから。

「瑞樹、幸せそうでとろけそうな顔をしているな」
「宗吾さんもですよ」
「家が賑やかで楽しいな。さぁ、乾いたぞ。そうだ、ちびっこたちに土産を買ってきたよ」
「なんですか」
「可愛いものさ」

 それは子供用のエプロンだった。

「わぁ、これいっくんにもあるの?」
「そうだ、こっちはいっくんのだ」
「いっくんも、おてつだいしてもいいの?」
「あぁ、もちろん。頼むよ」

 いっくんと芽生くんはエプロンを手に取り、満面の笑みだった。

「おそろいだね」
「うれちいでしゅ」
「おてつだい、しよう」
「あい!」





 いつも大人の中にいることの多い芽生くんにとって、いっくんの存在は大きい。

 いっくんがここにいてくれる間に、きっと様々なことを経験するだろう。

 兄弟のように仲良く生活して欲しいし、兄弟喧嘩も微笑ましく感じるだろう。

 そして僕も菫さんをお姉さんとして接しよう。
 
 その方がお互いに変に気を遣わないで済むし、もっと仲良くなれそうだ。


 その晩、潤から電話があった。

「兄さん、オレ!」
「潤、何か良い事があったようだね」
「え? どうして分かる?」
「声が弾んでいるから」
「兄さんにはバレバレだな、実は……」

 何かとっても良い事があったようだ。

 潤の幸せは、僕の幸せに直結している。

 だからワクワクしてきた。

 

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