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小学生編
冬から春へ 46
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「お兄ちゃん、ただいまー!」
明るい笑顔で駆け出した芽生の背中を見て、安堵した。
もう大丈夫だな。
芽生は嫌な気持ちを、見事に切り替えられた。
芽生に伝えたかったことは、全部伝わったようだ。
やはり、聡い子だ。
流石、私の甥っ子だ。
すぐに瑞樹も玄関に飛び出してくる。
感動の再会シーンだ。
「芽生くん、お帰り。今日は迎えに行けなくてごめんね」
「ううん、憲吾おじさんが来てくれたから大丈夫。それよりお兄ちゃん、これ触ってみて」
「なんだろう? わあ、ほかほかだ」
「えへへ、肉まんだよー おじさんがね、おやつ買ってくれたの。うれしいね」
「良かったね」
「あのね、お兄ちゃん、疲れてない?」
「うん、疲れは吹っ飛んだよ。芽生くんの笑顔を見たら」
「えへへ、よかったー!」
怒っている時間より笑っている時間が多い方が良いと、芽生が全身で教えてくれる。
過去の堅物で融通の利かなかった私にも、教えたやりたいよ。
なんでも線引きして、YESかNOしかない世界を家庭に持ち込んで、美智にも宗吾にも不快な発言ばかりしていた。
先ほど小学校に迎えに行くと、露骨に嫌な顔をされた。
……
「えっと……滝沢芽生くんの……本当のご家族ですか」
「え? 本当とは?」
「あ、いえ……念のため身分証明書を見せていただけますか」
「……これですが」
「あ、滝沢……今、呼んできます」
「私が迎えに行きます」
……
先生は何気なく放った『本当のご家族ですか』という言葉は引っかかった。
本当とは血が繋がった親族を意味しているのだろうか。
それは瑞樹に対して疑問を抱いていると言い換えられるのでは?
人間は一人一人違うから、先生の考え方も千差万別だ。
だから、とてもデリケートで難しい問題だ。
難しい顔で芽生を迎えに行くと、芽生の様子もいつもと違った。
怒っているような、悲しんでいるような。
その後の会話の流れで、大人の勘が働いた。
どうやら察した通りのことが起きたらしい。
まだまだ日本では同性愛者への理解は充分ではない。私も過去にいろんな案件に接してきたが、一歩進むにはかなりの労力とパワーがいるし、期待を裏切る判決が出てしまうことも多かった。
私は芽生に声を掛ける前に、自分の頬を擦った。
憲吾、お前まで難しい顔をしてどうする?
芽生の気持ちを更に追いつめる気か。
私は芽生をもっと大きく包んで、支えてやりたい。
芽生を子供扱いする気持ちは毛頭ない。
同時に大人扱いもしない。
等身大の芽生を見つめ、ただ対等の人として接していきたい。
芽生を信じて、私だから手伝えることに徹していこう。
お互い誠実であれば、頼り頼られる関係を築けるだろう。
この考えは瑞樹から教えてもらった。
最初は私もあの小学校の先生と同じだった。
書類上、形式上のことしか見ていなかった。
瑞樹自身を見ることもせずに、データで判断してしまった。
瑞樹は一つ一つの事態に、ただ誠実に向き合う人だったのに。
彼の優しげで控えめな顔立ちからも、一目見ればどんなに真面目に生きてきた人間だかすぐに分かったくせに、彼の内面を見ようともせずに、芽生から離れろと突き放してしまった。
だからさっきは当時の私を見ているようで、身につまされる気持ちだった。
「憲吾さん、ありがとうございます」
瑞樹に話しかけられて、ハッと我に返った。
「あぁ、その……ほかほかで美味しそうだったから、つい」
「夕食の支度……これからなので、お腹に溜まって嬉しいです」
ニコッと甘く微笑む笑顔を至近距離で見て、ついデレッとしてしまった。
「憲吾さんもこっちで一緒に食べましょう」
瑞樹が私を誘ってくれる。
輪に入れてくれる。
宗吾は明るいムードメーカーでいつも輪の中にいたが、私は気がつくと周りに誰もいなくなっている根暗なタイプだったので、嬉しいものだな。
「あぁ、どれ、私も食べてみよう」
「おじさん、おいしいよ」
そこにトコトコと小さな坊やがやってくる。
「おじしゃん、ありがとぅ」
これはこれは、可愛い天使だ。
「あの……宗吾さん一家に助けてもらって、お母様やお兄様、お姉様にもお世話になって感謝しています。ありがとうございます」
坊やのお母さんが、丁寧に頭を下げる。
「頭を上げて下さい。困った時はお互いさまですよ」
助け合っていく。
どんどん希薄になって行く世の中だが、まだまだ捨てたものではないな。
私の周りはこんなにも人の優しい感情が溢れているのだから。
****
いっくんの手を引いて、家に戻ってきた。
槙くんはすみれさんの胸に頬をくっつけて、すやすや眠っている。
「さぁ、着いたよ」
「みーくん、おててだいじょうぶ?」
「うん、なんとかね」
今日は生け込みが二件あって花材を持ち帰ったので、なかなかの重量の荷物だった。
「あー おてて、あかくなってるよ。いっくんがおまじないしてあげる」
いっくんが僕の手の平に、息を優しく吹きかけてくれる。
「ふー ふー いたいのいたいの、とんでいけぇ」
「嬉しいよ。あ、痛いの飛んでいったよ」
「ほんと? よかったー いつもママにしてあげていたの」
「そうだったんだね」
すみれさんといっくんに麦茶を出して、僕も一口飲んで、ハッとした。
そうだ!
お迎え……
別の人が行く旨を、放課後スクールに電話しておかないと。
憲吾さんにお迎え札を渡すのを忘れてしまったので、慌てて連絡をした。
芽生くんがどうか嫌な気持ちになりませんように。
憲吾さんが不快な思いをしませんように。
気になってそわそわ待っていると、明るい声がした。
よかった。
芽生くんが笑顔で帰って来てくれた。
続いて憲吾さんも笑顔を浮かべていた。
本当によかった。
笑顔ってやっぱりいいね。
自分も心地よいだけでなく、相手も心地よくできるから。
明るい笑顔で駆け出した芽生の背中を見て、安堵した。
もう大丈夫だな。
芽生は嫌な気持ちを、見事に切り替えられた。
芽生に伝えたかったことは、全部伝わったようだ。
やはり、聡い子だ。
流石、私の甥っ子だ。
すぐに瑞樹も玄関に飛び出してくる。
感動の再会シーンだ。
「芽生くん、お帰り。今日は迎えに行けなくてごめんね」
「ううん、憲吾おじさんが来てくれたから大丈夫。それよりお兄ちゃん、これ触ってみて」
「なんだろう? わあ、ほかほかだ」
「えへへ、肉まんだよー おじさんがね、おやつ買ってくれたの。うれしいね」
「良かったね」
「あのね、お兄ちゃん、疲れてない?」
「うん、疲れは吹っ飛んだよ。芽生くんの笑顔を見たら」
「えへへ、よかったー!」
怒っている時間より笑っている時間が多い方が良いと、芽生が全身で教えてくれる。
過去の堅物で融通の利かなかった私にも、教えたやりたいよ。
なんでも線引きして、YESかNOしかない世界を家庭に持ち込んで、美智にも宗吾にも不快な発言ばかりしていた。
先ほど小学校に迎えに行くと、露骨に嫌な顔をされた。
……
「えっと……滝沢芽生くんの……本当のご家族ですか」
「え? 本当とは?」
「あ、いえ……念のため身分証明書を見せていただけますか」
「……これですが」
「あ、滝沢……今、呼んできます」
「私が迎えに行きます」
……
先生は何気なく放った『本当のご家族ですか』という言葉は引っかかった。
本当とは血が繋がった親族を意味しているのだろうか。
それは瑞樹に対して疑問を抱いていると言い換えられるのでは?
人間は一人一人違うから、先生の考え方も千差万別だ。
だから、とてもデリケートで難しい問題だ。
難しい顔で芽生を迎えに行くと、芽生の様子もいつもと違った。
怒っているような、悲しんでいるような。
その後の会話の流れで、大人の勘が働いた。
どうやら察した通りのことが起きたらしい。
まだまだ日本では同性愛者への理解は充分ではない。私も過去にいろんな案件に接してきたが、一歩進むにはかなりの労力とパワーがいるし、期待を裏切る判決が出てしまうことも多かった。
私は芽生に声を掛ける前に、自分の頬を擦った。
憲吾、お前まで難しい顔をしてどうする?
芽生の気持ちを更に追いつめる気か。
私は芽生をもっと大きく包んで、支えてやりたい。
芽生を子供扱いする気持ちは毛頭ない。
同時に大人扱いもしない。
等身大の芽生を見つめ、ただ対等の人として接していきたい。
芽生を信じて、私だから手伝えることに徹していこう。
お互い誠実であれば、頼り頼られる関係を築けるだろう。
この考えは瑞樹から教えてもらった。
最初は私もあの小学校の先生と同じだった。
書類上、形式上のことしか見ていなかった。
瑞樹自身を見ることもせずに、データで判断してしまった。
瑞樹は一つ一つの事態に、ただ誠実に向き合う人だったのに。
彼の優しげで控えめな顔立ちからも、一目見ればどんなに真面目に生きてきた人間だかすぐに分かったくせに、彼の内面を見ようともせずに、芽生から離れろと突き放してしまった。
だからさっきは当時の私を見ているようで、身につまされる気持ちだった。
「憲吾さん、ありがとうございます」
瑞樹に話しかけられて、ハッと我に返った。
「あぁ、その……ほかほかで美味しそうだったから、つい」
「夕食の支度……これからなので、お腹に溜まって嬉しいです」
ニコッと甘く微笑む笑顔を至近距離で見て、ついデレッとしてしまった。
「憲吾さんもこっちで一緒に食べましょう」
瑞樹が私を誘ってくれる。
輪に入れてくれる。
宗吾は明るいムードメーカーでいつも輪の中にいたが、私は気がつくと周りに誰もいなくなっている根暗なタイプだったので、嬉しいものだな。
「あぁ、どれ、私も食べてみよう」
「おじさん、おいしいよ」
そこにトコトコと小さな坊やがやってくる。
「おじしゃん、ありがとぅ」
これはこれは、可愛い天使だ。
「あの……宗吾さん一家に助けてもらって、お母様やお兄様、お姉様にもお世話になって感謝しています。ありがとうございます」
坊やのお母さんが、丁寧に頭を下げる。
「頭を上げて下さい。困った時はお互いさまですよ」
助け合っていく。
どんどん希薄になって行く世の中だが、まだまだ捨てたものではないな。
私の周りはこんなにも人の優しい感情が溢れているのだから。
****
いっくんの手を引いて、家に戻ってきた。
槙くんはすみれさんの胸に頬をくっつけて、すやすや眠っている。
「さぁ、着いたよ」
「みーくん、おててだいじょうぶ?」
「うん、なんとかね」
今日は生け込みが二件あって花材を持ち帰ったので、なかなかの重量の荷物だった。
「あー おてて、あかくなってるよ。いっくんがおまじないしてあげる」
いっくんが僕の手の平に、息を優しく吹きかけてくれる。
「ふー ふー いたいのいたいの、とんでいけぇ」
「嬉しいよ。あ、痛いの飛んでいったよ」
「ほんと? よかったー いつもママにしてあげていたの」
「そうだったんだね」
すみれさんといっくんに麦茶を出して、僕も一口飲んで、ハッとした。
そうだ!
お迎え……
別の人が行く旨を、放課後スクールに電話しておかないと。
憲吾さんにお迎え札を渡すのを忘れてしまったので、慌てて連絡をした。
芽生くんがどうか嫌な気持ちになりませんように。
憲吾さんが不快な思いをしませんように。
気になってそわそわ待っていると、明るい声がした。
よかった。
芽生くんが笑顔で帰って来てくれた。
続いて憲吾さんも笑顔を浮かべていた。
本当によかった。
笑顔ってやっぱりいいね。
自分も心地よいだけでなく、相手も心地よくできるから。
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