1,652 / 1,727
小学生編
冬から春へ 44
しおりを挟む
菫との電話を終え、オレは小さくガッツポーズをした。
「よしっ、やった!」
菫の声が、弾んでいた。オレたちが移り住む予定の家が元々は洋裁店だったと告げると、とても嬉しそうだった。
いっくんが生まれてからアウトレットモールの店員を始めたらしいが、元々は服飾関係の専門学校を出てアパレルメーカーに就職していたと聞いている。
菫は本当は洋服を作る側になりたいはずだ。
いっくんの洋服を器用にリメイクする見事な腕前からも、充分察していた。
そしてそれは……
きっと美樹さんと一緒に抱いた夢だったのだろう。
そんな風に思うのは、瑞樹兄さんのように心を研ぎ澄まし相手に寄り添うことを心がけているからだ。
菫の気持ちに寄り添って気持ちを大切にすると、菫もオレを大切にしてくれる。
夫婦の絆がどんどん深まっていく。
兄さんと宗吾さんを見ていると、そうしたくなるよ。
幸せの方程式だもんな。
「潤、その顔はOKだね。菫ちゃんに住んでもらえるなんて嬉しいよ」
「はい! ばーちゃんのミシン、菫がぜひ使いたいと言っていました」
「光栄だよ。あのミシンで、町内の人を笑顔にした日々を思い出すよ。また動かしてもらるなんて、ありがたいよ。ところで私は潤一家になら家を貸すんじゃなくて、いっそ売ってもいいと思っているんだが、どうかね? 娘は松本に広い敷地の家を持っているし、もう私もここには戻らないからね」
「お母さんの言う通りです。これを機に売却してもいいかと」
「え? え? えっと……」
いやいや、ちょっと待ってくれ。
話が急展開過ぎるぞ。
家を買うって?
そりゃ、こんな好立地の物件は滅多に出ないので、ありがたい話だが、オレ、そんな大金、持ってないぞ。
焦っていると、父さんに肩をポンポンと叩かれた。
「潤、落ち着け。俺は昔、大樹さんと家づくりをしていたこともあって、不動産の手続きは理解している。ここは父さんが話を聞いてみてもいいか。せっかくの良いご縁だしな」
「あ、はい」
「あの、少し私を交えて話をしても?」
「もちろんだよ。懇意にしている不動産屋があるから、そこでどうだい?」
「是非、宜しくお願いします」
オロオロしていると、母さんが背中を撫でてくれた。
気恥ずかしいが、落ち着いた。
「潤、大丈夫よ。勇大さんに任せてみない? 住宅ローンを組めばいいんだし、私たちもここで夏の間お店をさせてもらいたいから、援助したいわ」
「店って? また花屋をするのか」
「やぁね、花屋の夢は潤のものでしょ。私は勇大さんとドーナッツカフェを開くのが夢よ。大沼がメインだけど、あなたたちが花屋を開くシーズンはこっちでカフェをしたいわ。息子たちと共同でなんて最高よ」
母さんがうっとり夢を見ている。
これ、本当に俺の母さんなのか。
母さんはこんなに甘い夢を見る人だったか。
「母さんの夢、最高だな」
「でしょ、あなたは花を作って、瑞樹がアレンジして広樹が売る。これで合ってる?」
「えぇ! なんでバレてるんだ?」
さっきから驚いてばかりだ。
「ふふ、仲良し三兄弟の母親ですもの。当たり前よ」
「流石だな、母さん!」
いつも現実に追われ、あくせく働いてばかりだった母さんが夢を見られるようになって良かった。
俺の母さんをこんなに幸せにしてくれた父さんの存在が、とてもありがたい。
家を購入するなんて無縁の話で、夢のまた夢だと思っていた。もしかしたら……それが現実になるかもしれない。
俺も一緒に不動産屋さんに向かった。
****
「憲吾さん、芽生くんの小学校に寄ってもいいですか」
「そうか、丁度芽生のお迎えの時間だな。もちろんいいよ」
「はい!」
そこで、道を曲がって小学校に向かって歩き出すと、向こうから菫さんといっくんが歩いてきた。
菫さんがすっ飛んでくる。
「きゃあ、憲吾さんが槙を抱っこして下さったのですか!」
「んぎゃーーぎゃあああ」
槙くんはママを見た途端、手足をばたつかせて暴れ出した。
大泣きで真っ赤な顔でママを必死に呼んでいる。
「そうか、そうか、やっぱりママには適わないな」
「すっ、すみません」
「いや、うちの娘もママでないと駄目な時が多々あったよ。ではママにバトンタッチだ。私はこのまま芽生を迎えに行ってくるよ」
「憲吾さん、僕も行きます」
瑞樹が付いてこようとするので、制止した。瑞樹と散歩できるのは嬉しいが、彼は少し疲れているようだ。
「いや、瑞樹は家に真っ直ぐ戻ること」
「えっ……ですが」
「その荷物……本当はかなり重いよな。手が赤くなっているぞ。しっかり体力を残しておかないと、後で宗吾に怒られそうだ」
「えっ……体力? えっ! 宗吾さん?」
突然、瑞樹が真っ赤になったので、首を傾げてしまった。
私は何か的外れなことを言ったのか。
「その……まだ今週は始まったばかりで明日も会社だし、君の仕事は思ったより重労働そうだ。君に無理をさせると、後で宗吾に怒られそうだ」
「あぁぁぁ、そうですよね。やだな、僕……」
私たちの会話を聞いた菫さんが、何故か苦笑していた。
「……瑞樹くんってば」
「ううう、菫さん、今のは忘れて下さい」
「宗吾さんに話す?」
「駄目です!」
うーむ、どうも宗吾が絡むと、瑞樹は落ち着きがなくなるな。
まぁそれも良いのか。
仲が良い証拠だろう。
「みーくん、いっちょにかえろう」
「そうだね。いっくん、手を繋ごうか」
「あい!」
二手に分かれて歩き出した。
私にも役目があるのが嬉しく、足取りは軽かった。
さぁ、私の可愛い甥っ子に会いに行こう!
「よしっ、やった!」
菫の声が、弾んでいた。オレたちが移り住む予定の家が元々は洋裁店だったと告げると、とても嬉しそうだった。
いっくんが生まれてからアウトレットモールの店員を始めたらしいが、元々は服飾関係の専門学校を出てアパレルメーカーに就職していたと聞いている。
菫は本当は洋服を作る側になりたいはずだ。
いっくんの洋服を器用にリメイクする見事な腕前からも、充分察していた。
そしてそれは……
きっと美樹さんと一緒に抱いた夢だったのだろう。
そんな風に思うのは、瑞樹兄さんのように心を研ぎ澄まし相手に寄り添うことを心がけているからだ。
菫の気持ちに寄り添って気持ちを大切にすると、菫もオレを大切にしてくれる。
夫婦の絆がどんどん深まっていく。
兄さんと宗吾さんを見ていると、そうしたくなるよ。
幸せの方程式だもんな。
「潤、その顔はOKだね。菫ちゃんに住んでもらえるなんて嬉しいよ」
「はい! ばーちゃんのミシン、菫がぜひ使いたいと言っていました」
「光栄だよ。あのミシンで、町内の人を笑顔にした日々を思い出すよ。また動かしてもらるなんて、ありがたいよ。ところで私は潤一家になら家を貸すんじゃなくて、いっそ売ってもいいと思っているんだが、どうかね? 娘は松本に広い敷地の家を持っているし、もう私もここには戻らないからね」
「お母さんの言う通りです。これを機に売却してもいいかと」
「え? え? えっと……」
いやいや、ちょっと待ってくれ。
話が急展開過ぎるぞ。
家を買うって?
そりゃ、こんな好立地の物件は滅多に出ないので、ありがたい話だが、オレ、そんな大金、持ってないぞ。
焦っていると、父さんに肩をポンポンと叩かれた。
「潤、落ち着け。俺は昔、大樹さんと家づくりをしていたこともあって、不動産の手続きは理解している。ここは父さんが話を聞いてみてもいいか。せっかくの良いご縁だしな」
「あ、はい」
「あの、少し私を交えて話をしても?」
「もちろんだよ。懇意にしている不動産屋があるから、そこでどうだい?」
「是非、宜しくお願いします」
オロオロしていると、母さんが背中を撫でてくれた。
気恥ずかしいが、落ち着いた。
「潤、大丈夫よ。勇大さんに任せてみない? 住宅ローンを組めばいいんだし、私たちもここで夏の間お店をさせてもらいたいから、援助したいわ」
「店って? また花屋をするのか」
「やぁね、花屋の夢は潤のものでしょ。私は勇大さんとドーナッツカフェを開くのが夢よ。大沼がメインだけど、あなたたちが花屋を開くシーズンはこっちでカフェをしたいわ。息子たちと共同でなんて最高よ」
母さんがうっとり夢を見ている。
これ、本当に俺の母さんなのか。
母さんはこんなに甘い夢を見る人だったか。
「母さんの夢、最高だな」
「でしょ、あなたは花を作って、瑞樹がアレンジして広樹が売る。これで合ってる?」
「えぇ! なんでバレてるんだ?」
さっきから驚いてばかりだ。
「ふふ、仲良し三兄弟の母親ですもの。当たり前よ」
「流石だな、母さん!」
いつも現実に追われ、あくせく働いてばかりだった母さんが夢を見られるようになって良かった。
俺の母さんをこんなに幸せにしてくれた父さんの存在が、とてもありがたい。
家を購入するなんて無縁の話で、夢のまた夢だと思っていた。もしかしたら……それが現実になるかもしれない。
俺も一緒に不動産屋さんに向かった。
****
「憲吾さん、芽生くんの小学校に寄ってもいいですか」
「そうか、丁度芽生のお迎えの時間だな。もちろんいいよ」
「はい!」
そこで、道を曲がって小学校に向かって歩き出すと、向こうから菫さんといっくんが歩いてきた。
菫さんがすっ飛んでくる。
「きゃあ、憲吾さんが槙を抱っこして下さったのですか!」
「んぎゃーーぎゃあああ」
槙くんはママを見た途端、手足をばたつかせて暴れ出した。
大泣きで真っ赤な顔でママを必死に呼んでいる。
「そうか、そうか、やっぱりママには適わないな」
「すっ、すみません」
「いや、うちの娘もママでないと駄目な時が多々あったよ。ではママにバトンタッチだ。私はこのまま芽生を迎えに行ってくるよ」
「憲吾さん、僕も行きます」
瑞樹が付いてこようとするので、制止した。瑞樹と散歩できるのは嬉しいが、彼は少し疲れているようだ。
「いや、瑞樹は家に真っ直ぐ戻ること」
「えっ……ですが」
「その荷物……本当はかなり重いよな。手が赤くなっているぞ。しっかり体力を残しておかないと、後で宗吾に怒られそうだ」
「えっ……体力? えっ! 宗吾さん?」
突然、瑞樹が真っ赤になったので、首を傾げてしまった。
私は何か的外れなことを言ったのか。
「その……まだ今週は始まったばかりで明日も会社だし、君の仕事は思ったより重労働そうだ。君に無理をさせると、後で宗吾に怒られそうだ」
「あぁぁぁ、そうですよね。やだな、僕……」
私たちの会話を聞いた菫さんが、何故か苦笑していた。
「……瑞樹くんってば」
「ううう、菫さん、今のは忘れて下さい」
「宗吾さんに話す?」
「駄目です!」
うーむ、どうも宗吾が絡むと、瑞樹は落ち着きがなくなるな。
まぁそれも良いのか。
仲が良い証拠だろう。
「みーくん、いっちょにかえろう」
「そうだね。いっくん、手を繋ごうか」
「あい!」
二手に分かれて歩き出した。
私にも役目があるのが嬉しく、足取りは軽かった。
さぁ、私の可愛い甥っ子に会いに行こう!
87
お気に入りに追加
829
あなたにおすすめの小説
愛しているからこそ、彼の望み通り婚約解消をしようと思います【完結済み】
皇 翼
恋愛
「俺は、お前の様な馬鹿な女と結婚などするつもりなどない。だからお前と婚約するのは、表面上だけだ。俺が22になり、王位を継承するその時にお前とは婚約を解消させてもらう。分かったな?」
お見合いの場。二人きりになった瞬間開口一番に言われた言葉がこれだった。
初対面の人間にこんな発言をする人間だ。好きになるわけない……そう思っていたのに、恋とはままならない。共に過ごして、彼の色んな表情を見ている内にいつの間にか私は彼を好きになってしまっていた――。
好き……いや、愛しているからこそ、彼を縛りたくない。だからこのまま潔く消えることで、婚約解消したいと思います。
******
・感想欄は完結してから開きます。
乙女ゲームのヒロインに転生しました。でも、私男性恐怖症なんですけど…。
三木猫
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公の美鈴。どうせ転生するなら悪役令嬢とかライバルに転生したかったのにっ!!男性が怖い私に乙女ゲームの世界、しかもヒロインってどう言う事よっ!?
テンプレ設定から始まる美鈴のヒロイン人生。どうなることやら…?
※本編ストーリー、他キャラルート共に全て完結致しました。
本作を読むにあたり、まず本編をお読みの上で小話をお読み下さい。小話はあくまで日常話なので読まずとも支障はありません。お暇な時にどうぞ。
愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
かわいいは正義(チート)でした!
孤子
ファンタジー
ある日、親友と浜辺で遊んでからの帰り道。ついていない一日が終わりを告げようとしていたその時に、親友が海へ転落。
手を掴んで助けようとした私も一緒に溺れ、意識を失った私たち。気が付くと、そこは全く見知らぬ浜辺だった。あたりを見渡せど親友は見つからず、不意に自分の姿を見ると、それはまごうことなきスライムだった!
親友とともにスライムとなった私が異世界で生きる物語。ここに開幕!(なんつって)
王妃候補に選ばれましたが、全く興味の無い私は野次馬に徹しようと思います
真理亜
恋愛
ここセントール王国には一風変わった習慣がある。
それは王太子の婚約者、ひいては未来の王妃となるべく女性を決める際、何人かの選ばれし令嬢達を一同に集めて合宿のようなものを行い、合宿中の振る舞いや人間関係に対する対応などを見極めて判断を下すというものである。
要は選考試験のようなものだが、かといってこれといった課題を出されるという訳では無い。あくまでも令嬢達の普段の行動を観察し、記録し、判定を下すというシステムになっている。
そんな選ばれた令嬢達が集まる中、一人だけ場違いな令嬢が居た。彼女は他の候補者達の観察に徹しているのだ。どうしてそんなことをしているのかと尋ねられたその令嬢は、
「お構い無く。私は王妃の座なんか微塵も興味有りませんので。ここには野次馬として来ました」
と言い放ったのだった。
少し長くなって来たので短編から長編に変更しました。
夫から国外追放を言い渡されました
杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。
どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。
抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。
そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる