上 下
1,461 / 1,727
小学生編

ムーンライト・セレナーデ 13 (月影寺の夏休み編)

しおりを挟む
 
 前置き

 8月もあと少しですね。
『重なる月』『今も初恋、この先も初恋』の夏のSS(エブリスタのみ)を巻き込んで楽しく書いています。夏休みspecialなので、いろんな話がMIXになっています。なので視点が『幸せな存在』のメンバー以外にもなることをご理解ください😅


****

 午後ラストの棚経を終えると、すっかり夕暮れ時になっていた。

 茜色に染まりゆく空を仰ぎ見ていると、翠が額にうっすら汗を浮かべながら戻ってきた。

 本当は相当疲れているだろうに、それでも背筋をピンと伸ばして楚々とした趣で歩いてくる。

 その手にはピンク色の風呂敷をしっかり抱えていた。

「流、お待たせ」
「それは?」
「たぶん、この匂いからすると、また桃かと」
「ははっ、俺の触れ込みは絶大だな」
「今日は一人一個、余裕であるね」
「丸ごとガブッとかぶりつくか」
「流が言うと、なんだか……ゾクッとするよ」
「そうか。他意はないぞ」

 ちらっと翠を眺めると、汗ばんだうなじが色っぽかった。俺が焚いた香と混ざって、甘美なかおりが立ちこめていそうだ。

 抱きしめて、確認したい衝動に駆られる。

 そもそも、袈裟は下着を身につけてから白襦袢《しろじゅばん》と白衣《はくえ》を着て白帯で締め、最後に道服を着るという重装備なので、とにかく暑い。夏場は生地の薄い道服を着ても、汗がポタポタ落ちるほど熱が衣の中に籠もるんだよな。

 ちなみに薄い生地の道服を翠が着ると、妙に艶めかしいんだよな。うっすら透ける肌に、ごっくんと喉が鳴ってしょうがない!

 いかんいかん、まだお勤め中なのに。

 煩悩よ~ 退散せよ!

「流、今日の夕焼けは綺麗だね」
「あぁ、ちょうど今は風も止んで、まさに夕凪の時だな」
「夕凪の時か。今頃、月影寺はどんな感じかな?」

 翠が助手席に座るなり、ふっと目を細めた。

「翠が張り巡らした結界の中で、皆、思い思いの休日を過ごしているだろう」
「だといいね。それが僕の願いだ。あそこだけは、僕の大切な人たちが、人目を気にせず寛げ、楽しめる場所でありたいんだ」
「翠の願いは、皆の心にしっかり届いているさ」

 月影寺に向かう坂の入り口で、休暇を取っていた小森を見つけた。もちろん隣には管野くんも一緒だ。

「お二人さん、今帰りか。由比ヶ浜の海は楽しかったか」
「あ、流さん! ご住職さま~ ただいま戻りました。とってもとっても楽しかったですよぅ」
「小森くん、あんこを沢山食べられたかい?」
「はい、あんこは正義です! 僕、いっぱい遊べました」
「いっぱい食べましたの間違いじゃねーのか」
「流ってば、大人げない。さぁお乗りなさい。お疲れでしょう」

 翠の溺愛する小坊主とその恋人の管野くんを、後部座席に乗せてやった。

「ご住職さまこそ、お盆のお勤めでお疲れでしょう。あのあの、よかったら、僕があとで特別なマッサージをしてさしあげます」
「それは嬉しいね。どんなマッサージなの?」
「それは『せ・い・か・ん』マッサージです」

 一気に加速しようとしたら、小森の素っ頓狂な提案に吹きそうになったぞ。

「せいかん……?」

 翠が思いっきり怪訝そうな顔を浮かべた。

「ああ、違うんです。ちょっとややっこしいのですが、そうじゃなくて、ほら、あの精悍な身体、つまり逞しい身体の人向けのマッサージのようです。俺も今から月影寺の風太の部屋でやってもらう予定です」

 管野の必死のフォローに、それ、まじか!

 と叫びたくなった。

 翠は満更でもないようで、「精悍な身体の人向けのマッサージなら、僕も習得したいな」と、頬を染めて言う始末。

 俺は絶対『精悍』じゃなくて『性感』だと思うが、まぁ翠から性感マッサージを受けるのは大歓迎だ。ただ、すぐにおっ立てるとと思うから、二人きりの部屋でしような!

 先走って考えて、超にやけた!

 管野と小森は一旦部屋に戻ったので、まずは翠と二人でプールを設置した場所に行くと、皆、縁側で思い思いの時を過ごしていた。

 いっくんは夢の中のようで、むにゃむにゃと寝言を言っている。

「ど……んぶらこ……どんぶら……こ」
「いっくん、可愛いな。夢の中で桃太郎にでもなっているのかな」
「ふふ、そうかもしれないね。今頃、鬼退治をしているのかも」

 潤くんと瑞樹くん兄弟の和やかな会話にほっこりだ。

 兄弟は仲良くして欲しいよ、いつまでも。

 皆が俺と翠の気配に気付いて、こちらを見た。

 一人一人が本当に寛いだ表情だったので、嬉しくなった。

 俺たちが何度もすれ違い辛い別れを経験した苦渋の道、その果てがここだ。

 苦しさも悲しみも知っているからこその、安寧の場所だ。

 月影寺は今日もさやかに輝いている。



****

 いっくんね、どんぶらこ~ どんぶらこって、おおきなおわんにのっているの。

 あ、あのね、きょうはももたろうじゃないよ。

 さがしものがあるの。

 さっきプールで、だれかたりないとおもったんだ。

 それって、すいしゃんとりゅーくんだよ。

 だらら、さがしているの。

 ももしゃんを!

 あ、ちがった。すいしゃんとりゅーくんをだ!

「いっくん、おやつの時間だぞ。そろそろ起きないか」
「むにゃむにゃ……パパぁ、まだねむいよ」
「いっくんの大好きな桃があるぞ」
「え! ホント? モモ~ どこ、どこ?」

 目をあけると、すいしゃんをみつけたよ。

「わぁい! すいしゃーん、きょうもモモをもってるんでしゅね」
「え?」
「すいしゃんのおちりって、モモしゃんみたいにつるんとしてたの、いっくん、ちゃーんとおぼえているよぅ!」
「……‼」

 あれれ? すいしゃんのおかお、モモみたいにまっかになっちゃった!

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

処理中です...