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小学生編

白薔薇の祝福 36

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 五月五日、今日、最初のワークショップがスタートした。

「今から受付をスタートします」

 テキパキと受付をこなし、お客様に花材を丁寧に配る斉藤くん。

 もうすっかり手際が良くなったね。

 自分自身に自信がつくと笑顔も自然に浮かぶようで、柔らかい雰囲気を醸し出していた。

 小さな子供への言葉遣いも、ぐっと優しくなった。

「はい、どうぞ。ええっと薔薇さんはそっとだよ。まずは目でじっくり観察してみてね。出来るかな?」
「はぁい」
 
 子供だからと偉そうな態度を取らないのもいいね。

 斉藤くんを信頼して任せて大丈夫だ。

 もう彼は大丈夫。

 この仕事を通して、一回り大きく成長した。

 僕も沢山の人と接することで、多くの事を学ばせていただいた。




 僕には意識して常に心がけていることがある。

 それは人によって態度を変えないということ。

 年齢や地位なんて関係ない。
 
 みんながみんな、尊い命を持った人たちなんだ。

 小さな子供も大人も、人は『心』という種を持っている。

 その心と大切に向き合い丁寧に接したい。

 僕らはこの世界を共に生きているのだから。

「葉山さん、準備が出来ました。どうぞ」
「ありがとう!」

 僕は柊一さんが愛用していた銀色のエプロンをキュッと締め直して、深呼吸した。

 白金薔薇のイベントも今日が最終日、ワークショップも残り2回だ。

 ベストを尽くそう!

 初対面のお客様を相手に連日ワークショップをするのは初めての経験だったが、皆、思い思いに自分だけの花を作ってくれるので、見守るのが楽しかった。

 必然的に僕が手伝うことはぐっと減り、疲れが出やすい指先への負担も軽くなって助かった。

「では、今から白薔薇のワークショップを始めますね」
「はぁい!」

 今日は最前列にお姫様のように可愛い双子の女の子が並んでいた。

 7、8歳くらいかな? そう言えば、洋くんのお母さんも双子だったと聞いた。白江さんが見たら喜びそうな光景だな。そう思って見渡すと、雪也さんがちゃんと白江さんを連れて来ていた。

 流石、雪也さん。

 千里眼というのかな? いつも痒いところに手が届く人で、常に細かい所まで配慮が行き届いて気が利いている。

 一人一人の作業の様子を見守りながら歩いていると、小さな女の子にエプロンを引っ張られた。

「お兄さん、お兄さん、あのね……」
「どうしたの?」
「このお花さん、すぐに下を向いちゃうの」
「あぁ、この子は……少し恥ずかしがり屋さんのようだね」
「だよね。そうだと思った! ねぇ、どうしよう?」
「そうだね、どうしたいかな?」
「ええっとね、お花さんのしたいようにしてあげたいな。あ、そうだ! この上を向いているお花とくっつけてあげたら、さみしくないかも」

 なるほど、子供の発想は可愛いね。

「いいね、やってごらん」
 
 少し俯いた白薔薇を支えるように、もう1本、白薔薇を沿わしてあげると、薔薇同士が仲良さそうに見えた。

「わぁ、くっついて、かわいい」
「まるで君たちみたいだね」
「えへへ」

 そんなやりとりをしていると、優しい視線を感じた。
 
 芽生くんだ。

 僕には分かる。

 君が僕を見てくれている。

 そして隣には宗吾さんとお母さんもいてくれる。

 今の僕には……優しく見守ってくれる人が沢山いるから、頑張れる。

 額の汗を手の甲で拭い、気合いを入れた。



 ワークショップが終わり、皆、嬉しそうに自作ブーケを抱きしめて帰って行く。

「お兄さん! ありがとう」
「どういたしまして」
「あのね、このお花、ママとパパにわたすの」
「きっと喜んでもらえるよ」

 あぁ、僕はこの瞬間を見るのが大好きだ。

 満ち足りた気持ちになるよ。

 花束は幸せの橋渡し。




 皆を見送り、斉藤くんと後片付けをした。

「葉山さん、お疲れ様です。今から午後の部まで昼休みですね」
「斉藤くんもお疲れ様」
「今日は最後なので、外に食べに行ってきてもいいですか、気になっている洋食屋さんがあって」
「いいよ。行っておいで」
「ありがとうございます」

 というわけで一人で控室に戻ると、そのタイミングで宗吾さんが、芽生くんとお母さんを連れて来てくれた。

「瑞樹、入るぞ」
「はい!」
「お兄ちゃーん!」

 芽生くんが僕を目がけてすっ飛んで来た。

 さっきからずっと芽生くんがうずうずしているのは感じていた。

 僕も待ち遠しかったよ。

 仕事中だから気持ちを押し込めたが、もう我慢できない。

「お兄ちゃん、来たよー」
「芽生くんよく来てくれたね。会いたかったよ」

 僕たちはまたギュッとハグしあった。

 朝もしたばかりだけど、いいよね。

「ボク、ずっとね……参加したかったの。パパとお兄ちゃんと一緒にボクもはたらきたかったんだ。まだまだ小さいけどボクも……」
 
 芽生くんが必死に想いを伝えてくれる。

 たどたどしくてもいい。

 自分の心を話すのは、この先とても大事なことだよ。

 そこにまた雪也さんが現れる。

 彼は魔法使いのようだ。

「やぁ、今日は坊やのお誕生日だと聞いたよ」
「あ、はい! そうなんです。雪也さん、こんにちは」
「こんにちは。良い子だね。それから……瑞樹くんと宗吾さんは今から1時間休憩時間と聞いたよ」
「あ、はい、そうです」
「だから、よかったら昼食は僕の家で家族水入らずで過ごすのはどうかな? お母様もご一緒にどうぞ」
「まぁ~ 素敵な紳士さんの登場だわ」
 
 誘われるがままに、雪也さんのお屋敷にお邪魔した。

「ここは海里先生の弟の瑠衣とアーサーが帰国した時に使う部屋なんだ。よかったら、ここで昼食を取って下さい。ここは『誕生の間』と呼ばれているので」
「わぁ、可愛いお部屋だね」

 通されたのはピンク色の花柄の壁紙にグリーンのソファが置いてある日当たりのよい部屋で、ソファの横には四つ葉のクローバーの絵とイギリスの兵隊の絵が飾ってあった。

「宗吾さん、とても素敵なお部屋ですね」
「あぁ、こういう明るい色合いの部屋を俺たちの家にも作りたいな」

 宗吾さんが夢を語ってくれるので、僕も一緒に夢を見る。

「いいですね、このお部屋、参考になりますね」
「おぅ! なぁ最近の君は夢に貪欲でいいな」
「そうでしょうか……いや、そうかもしれません」

 僕は最近明るい夢を見るようになった。

 夢に近づきたくて前向きになっている。

 そこに雪也さんの言葉がリフレイン。

『瑞樹くん、夢は叶えるために抱くものですよ』

 抱き続けることが、大事なのかもしれない。

 諦めたら、そこで終わりだ。だからいつも心の中で意識しているだけでも、その夢に近づいていけるのかもしれない。

「あの……その時はこの緑のユニフォームも着ませんか。芽生くんも一緒に」
「いいな、3人でお揃いか」
「わぁ~ ボクも着たいよ」

 芽生くんも一緒に夢を見る。

「そんな夢に近づく第一歩として、これを差し上げましょう」
「え?」
「芽生くん、お誕生日おめでとう。冬郷家からのプレゼントだよ」

 雪也さんが芽生くんに手渡してくれたのは、僕たちのスタッフユニフォームとそっくりなポロシャツだった。

「銀座に懇意にしているテーラーがあって、そこで作ってもらったんだ」
「わぁ! わぁ……ありがとうございます」
「少しサイズが大きいのは、ご愛敬……未来の夢の分だよ」
「わぁ……はい! これが似合うようにがんばります」

 芽生くんが緑のポロシャツを抱きしめて、無邪気に笑った。

 日だまりのような笑顔は、僕たちの心のビタミン剤。

 芽生くんを囲んで、僕たちは幸せの花を咲かせるんだね。


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