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小学生編
新緑の輝き 6
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雪也さんの前で、大きく深呼吸した。
以前の俺なら、自分が聞きたいことを畳みかけるように質問しただろう。
ずっと自分本位で、聞く耳をもたない人間だった。
そんな過去から、そんな自分から、変わりたい。
だから、一呼吸だ。
落ち着け、宗吾。
「……宗吾さん、よかったら一緒にお紅茶を飲みませんか」
「是非!」
紳士的な雪也さんがこのような行動に出たのには、きっと深い理由があるに違いない。それを無理矢理聞き出すのではなく、穏やかに自らの思いを語ってもらう方が、解決の糸口をつかめそうだ。
息を整えて見渡せば、カフェ月湖のそれぞれのテーブルには、大輪の白薔薇が1輪ずつ飾られていた。
春の日差しを浴びて輝く水を吸い上げた薔薇は、しっとりと潤っていた。
白い雪のような花びらが幾重にも重なり、優美な中に凛とした佇まい。まさに『柊雪』という名前の印象通りの上品さを醸し出している。
俺は花に詳しくないが、この薔薇のたおやかなのに、しっかりとした存在感を纏っている。真摯に生きる人のように――
フェスティバルに訪れた人達にも、ぜひこの穢れなき白の世界を堪能して欲しい。
「どうぞ、Earl Greyです」
ベルガモット(柑橘類)のフレーバーが一段と芳しい高級茶葉だ。
「これはRーGlay社のオリジナルの物ですね」
「お紅茶にお詳しいのですね」
「実家の母が気に入っていて、よく飲んだので」
「お母様が? それは嬉しいですね。僕は母を幼い頃に亡くしているので……失礼ですが滝沢さんの年齢でお母様がいらっしゃるのは普通なんですか」
「まぁ、そうだと思いますが」
「では沢山孝行してあげて下さいね。僕はほぼ兄に育てられたようなものでしたから羨ましいです。この薔薇は……兄の名前と僕の名前から一文字ずつ取ってつけられ、兄の生涯の伴侶だった方が丹精を込めて不慣れな庭仕事に勤しみ、愛しつづけた品種です」
どうやら自然の流れで、本題に入れそうだ。
俺は雪也さんの話を邪魔しないよう気を配りながら、相槌を打った。
「滝沢さん、この白薔薇は白だから良いと思うのですが、僕の拘りが強すぎるのでしょうか」
「もちろん『柊雪』は、お二人の名前のように雪のような白でなくては『柊雪』ではありません」
そう言い切ると、雪也さんはほっとした表情を浮かべた。
だがその先は言いにくい様子だ。
「あの、もしかして部下との打ち合わせで、何か不都合なことが……」
思い切って聞いてみた。
すると、雪也さんはゆっくりとインクのボトルを取りだした。
「青いインク?」
「実は、あなたの部下との最終打ち合わせで、フェスティバルの生薔薇が白だけではつまならいので、青いインクを吸わせて幻の青い薔薇を作ってもいいかと打診がありまして……その……」
どうして雪也さんが薔薇の提供をやめると言ったのか、その理由が見つかった。
「も、申し訳ありません! 大切な薔薇を加工するなんて……それでは『柊雪』の白薔薇の意味がなくなってしまいます」
「滝沢さん、僕は『柊雪』にはありのままの姿でいて欲しいのです。兄さまのように、永遠に清らかな白で……」
ただの花ではないのだ。
雪也さんの人生に寄り添ってきた花だったのに……
部下に任せっきりで、なんという失態を!
これは俺の責任だ。
ガバッと頭を下げた。
「取り返しがつかないことをしてしまいました。申し訳ありません」
「滝沢さん顔を上げて下さい。どう社内で滝沢さんに伝わったのか分かりませんが、僕はこの花の心を分かって下さる方に担当して欲しいと願い出た迄です。直前で僕が降りたらイベント企画にご迷惑をかけてしまうので、お互いの気持ちが折り合う方法を模索したいと申し出たのですが……」
雪也さんに後光がさしているように見えた。
怒って切り捨てられても仕方がない場面なのに、俺に道を作ってくれているのだ。
優しい気持ちに報いたい。
知恵をふり絞った。
「正直に言うと、花に関しては、俺の会社は広告代理店なので素人同然です。ここは花の道のプロを招き、生花の扱いに携わってもらおうと思います」
『白金薔薇フェスティバル』と銘打っているのに、すっかり抜け落ちていた。
「良いですね。では僕が担当を指名してもいいですか」
「もちろんです。雪也さんが信頼出来る人の方が助かります! 花のプロのお知り合いがいらっしゃるのですね」
雪也さんの顔が、優しくほころんだ。
「えぇ、とても信頼出来る人です。是非、この方にお願いします」
すっと差し出された名刺には、淡いグリーンに優しい白い花が描かれていた。
「えっ!」
****
保育園バッグを斜めがけしたいっくんが、なかなか靴を履かないのでどうしたのかと思ったら……
「……ママぁ、きょうね……いっくん、ほいくえん、いきたくない」
「えっ! どうしたの?」
「だってぇ、ママおうちにいるのに……いっくんもおうちにいたい」
いっくんが珍しくすみれに甘えている。
「うーん、困ったな」
「いっくん、いいこだよ。おてつだいもするよ?」
「……潤くん、どうしよう?」
おっと、ここで俺に聞く?
いっくんが保育園に行った方が、すみれがゆっくり出来る。それは分かっているが、もうすぐ兄弟が生まるいっくんにとって、ママにべったり甘えられる貴重な時間でもある。
オレはしゃがんで、いっくんと目線を合わせた。
「いっくん、パパのかわりにママをお願いできるか」
「うん! できるよ」
「じゃあ、今日は保育園はお休みして、ママと過ごそう。すみれもいいよな?」
「いいの? そんなこと……してもいいの?」
「当たり前だ。いっくんと二人、仲良く過ごしてくれ」
「うん、うん、そうするね」
すみれもそうしたかったんだと、その時気付いた。
すみれは……常に自分に厳しく、人に甘えることが苦手な人だから、こうやってオレが促してやることが必要なんだ。
「じゃあ、お二人さん、パパは仕事に行ってくるよ」
「パパぁ、おちごとがんばってね」
「あぁ、いっくん、あれしてくれるか」
「うん!」
いっくんの元にしゃがむと……
チュッ!
頬に可愛くキスしてくれたので、思いっきり目尻が下がった。
こんなことしてくれるのも、今のうちだ。
だから存分に甘えておこう!
「パパ、しゅき!」
「潤くん~ 私もしたいな」
「すみれはこっち」
両頬に家族からのキス!
オレ……こんなガラじゃなかったが、こんな風になった。
最高に幸せだ!
「行ってきます!」
「いってらっしゃい、パパ」
元気よく、家を飛び出した。
振り返ると、アパートの二階の窓から二人が手を振ってくれていた。
オレは父になった。
父になるって、こんなに幸せなことなんだな。
天国の父さん、オレに命をありがとう!
大沼の父さん、もっとあなたと語りたい!
以前の俺なら、自分が聞きたいことを畳みかけるように質問しただろう。
ずっと自分本位で、聞く耳をもたない人間だった。
そんな過去から、そんな自分から、変わりたい。
だから、一呼吸だ。
落ち着け、宗吾。
「……宗吾さん、よかったら一緒にお紅茶を飲みませんか」
「是非!」
紳士的な雪也さんがこのような行動に出たのには、きっと深い理由があるに違いない。それを無理矢理聞き出すのではなく、穏やかに自らの思いを語ってもらう方が、解決の糸口をつかめそうだ。
息を整えて見渡せば、カフェ月湖のそれぞれのテーブルには、大輪の白薔薇が1輪ずつ飾られていた。
春の日差しを浴びて輝く水を吸い上げた薔薇は、しっとりと潤っていた。
白い雪のような花びらが幾重にも重なり、優美な中に凛とした佇まい。まさに『柊雪』という名前の印象通りの上品さを醸し出している。
俺は花に詳しくないが、この薔薇のたおやかなのに、しっかりとした存在感を纏っている。真摯に生きる人のように――
フェスティバルに訪れた人達にも、ぜひこの穢れなき白の世界を堪能して欲しい。
「どうぞ、Earl Greyです」
ベルガモット(柑橘類)のフレーバーが一段と芳しい高級茶葉だ。
「これはRーGlay社のオリジナルの物ですね」
「お紅茶にお詳しいのですね」
「実家の母が気に入っていて、よく飲んだので」
「お母様が? それは嬉しいですね。僕は母を幼い頃に亡くしているので……失礼ですが滝沢さんの年齢でお母様がいらっしゃるのは普通なんですか」
「まぁ、そうだと思いますが」
「では沢山孝行してあげて下さいね。僕はほぼ兄に育てられたようなものでしたから羨ましいです。この薔薇は……兄の名前と僕の名前から一文字ずつ取ってつけられ、兄の生涯の伴侶だった方が丹精を込めて不慣れな庭仕事に勤しみ、愛しつづけた品種です」
どうやら自然の流れで、本題に入れそうだ。
俺は雪也さんの話を邪魔しないよう気を配りながら、相槌を打った。
「滝沢さん、この白薔薇は白だから良いと思うのですが、僕の拘りが強すぎるのでしょうか」
「もちろん『柊雪』は、お二人の名前のように雪のような白でなくては『柊雪』ではありません」
そう言い切ると、雪也さんはほっとした表情を浮かべた。
だがその先は言いにくい様子だ。
「あの、もしかして部下との打ち合わせで、何か不都合なことが……」
思い切って聞いてみた。
すると、雪也さんはゆっくりとインクのボトルを取りだした。
「青いインク?」
「実は、あなたの部下との最終打ち合わせで、フェスティバルの生薔薇が白だけではつまならいので、青いインクを吸わせて幻の青い薔薇を作ってもいいかと打診がありまして……その……」
どうして雪也さんが薔薇の提供をやめると言ったのか、その理由が見つかった。
「も、申し訳ありません! 大切な薔薇を加工するなんて……それでは『柊雪』の白薔薇の意味がなくなってしまいます」
「滝沢さん、僕は『柊雪』にはありのままの姿でいて欲しいのです。兄さまのように、永遠に清らかな白で……」
ただの花ではないのだ。
雪也さんの人生に寄り添ってきた花だったのに……
部下に任せっきりで、なんという失態を!
これは俺の責任だ。
ガバッと頭を下げた。
「取り返しがつかないことをしてしまいました。申し訳ありません」
「滝沢さん顔を上げて下さい。どう社内で滝沢さんに伝わったのか分かりませんが、僕はこの花の心を分かって下さる方に担当して欲しいと願い出た迄です。直前で僕が降りたらイベント企画にご迷惑をかけてしまうので、お互いの気持ちが折り合う方法を模索したいと申し出たのですが……」
雪也さんに後光がさしているように見えた。
怒って切り捨てられても仕方がない場面なのに、俺に道を作ってくれているのだ。
優しい気持ちに報いたい。
知恵をふり絞った。
「正直に言うと、花に関しては、俺の会社は広告代理店なので素人同然です。ここは花の道のプロを招き、生花の扱いに携わってもらおうと思います」
『白金薔薇フェスティバル』と銘打っているのに、すっかり抜け落ちていた。
「良いですね。では僕が担当を指名してもいいですか」
「もちろんです。雪也さんが信頼出来る人の方が助かります! 花のプロのお知り合いがいらっしゃるのですね」
雪也さんの顔が、優しくほころんだ。
「えぇ、とても信頼出来る人です。是非、この方にお願いします」
すっと差し出された名刺には、淡いグリーンに優しい白い花が描かれていた。
「えっ!」
****
保育園バッグを斜めがけしたいっくんが、なかなか靴を履かないのでどうしたのかと思ったら……
「……ママぁ、きょうね……いっくん、ほいくえん、いきたくない」
「えっ! どうしたの?」
「だってぇ、ママおうちにいるのに……いっくんもおうちにいたい」
いっくんが珍しくすみれに甘えている。
「うーん、困ったな」
「いっくん、いいこだよ。おてつだいもするよ?」
「……潤くん、どうしよう?」
おっと、ここで俺に聞く?
いっくんが保育園に行った方が、すみれがゆっくり出来る。それは分かっているが、もうすぐ兄弟が生まるいっくんにとって、ママにべったり甘えられる貴重な時間でもある。
オレはしゃがんで、いっくんと目線を合わせた。
「いっくん、パパのかわりにママをお願いできるか」
「うん! できるよ」
「じゃあ、今日は保育園はお休みして、ママと過ごそう。すみれもいいよな?」
「いいの? そんなこと……してもいいの?」
「当たり前だ。いっくんと二人、仲良く過ごしてくれ」
「うん、うん、そうするね」
すみれもそうしたかったんだと、その時気付いた。
すみれは……常に自分に厳しく、人に甘えることが苦手な人だから、こうやってオレが促してやることが必要なんだ。
「じゃあ、お二人さん、パパは仕事に行ってくるよ」
「パパぁ、おちごとがんばってね」
「あぁ、いっくん、あれしてくれるか」
「うん!」
いっくんの元にしゃがむと……
チュッ!
頬に可愛くキスしてくれたので、思いっきり目尻が下がった。
こんなことしてくれるのも、今のうちだ。
だから存分に甘えておこう!
「パパ、しゅき!」
「潤くん~ 私もしたいな」
「すみれはこっち」
両頬に家族からのキス!
オレ……こんなガラじゃなかったが、こんな風になった。
最高に幸せだ!
「行ってきます!」
「いってらっしゃい、パパ」
元気よく、家を飛び出した。
振り返ると、アパートの二階の窓から二人が手を振ってくれていた。
オレは父になった。
父になるって、こんなに幸せなことなんだな。
天国の父さん、オレに命をありがとう!
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