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小学生編

幸せが集う場所 38

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 朝食の後、洋くんと瑞樹くんが仲良く散歩に出るのを、玄関で微笑ましく見送った。

 洋くんのいつになく明るい笑顔が眩しかった。

 二人は持っている雰囲気は違うが、確かに心が通い合っている。
 
 遠ざかる背中を見つめ、僕は静かに合掌した。

 この先、二人が平穏な毎日を送れますように。

 一生分以上の苦難を乗り越えた君たちだから、そう願わずはいられない。

 玄関先で祈念していると、袈裟の裾を軽く引っ張られた。

「ん?」

 足下で、小さないっくんが笑っていた。

「すいしゃん、すいしゃん、なにちてあそぶ?」
「えっと……僕はね、そろそろお仕事にいかないといけないんだ。だから代わりに小森くんを呼んだよ」
「こもりくん?」
 
 不思議そうな顔を浮かべているので、どう説明しようか考えていると、勢いよく小森くんが登場した。

 胸元に大事そうに抱えているのは、出来立てほやほやのあれだね。

「お待たせしましたー 小森風太ですよ。覚えていますか」
「あー あんこくんだぁ!」
「こもりふうたですよ? あんこは僕の大好物で、僕はズバリあんこを食べる人です」

 苦笑してしまった。
 小森くん、子供相手になんという自己紹介を!

「えっとぉ、ふーたくん?」
「はい!」
「いっくんは、いっくんだよ」
「はい、覚えていますよ~」

 うんうん、子供は可愛いね。(ついでに小森くんも可愛いねぇ)

 僕の息子、薙の幼い頃を思い出し、自然と笑みが漏れた。

 さぁ、ここは小森くんに任せよう。

 僕は月影寺の住職だ。

 勤行に365日、休みはない。

 そろそろ朝の墓地を巡回する時間だ。
 
 チリンと鈴を鳴らしながら、歩き出した。


****

「えっと……ももちゃんは、すいしゃんでしゅ。あんこくんはふーたくんでぇ……バナナくんは、だれだっけ?」

 いっくんがその場にしゃがみ込んで、なにやらブツブツ言っているぞ。

「いっくん、どうした?」
「パパぁ、えっとね、みんなのおなまえを、おぼえているの」
「そうか、えらいな。人の名前は大切だから、大事にするんだぞ」

 小さな頭でそんなこと考えていたのかと目を細めると、続けて少し困ったことを聞かれてしまった。

「おなまえ、だいじ! ねぇねぇ、パパぁー、おなまえって、だれがつけるの?」
「うーん、パパとママがふたりで考えることが多いかな?」
「わぁ、じゃあいっくんの『いつき』って、パパがつけてくれたの? それともママ? ふたり?」
 
 いっくんが身を乗り出し、ワクワクした顔で聞いてくる。

「オレがいっぱい考えて付けたんだよ」という答えを待っているようにも感じた。

 うっ……やっぱそう来るよな。

 ここは正直に話すしかない。

「いっくんの名前は、お空のパパがつけてくれたんだよ」
「おそらのパパ? そっか、そうだったんだ」

 いっくんには、まだ少し難しいかな?
 そのまま残念そうに俯いてしまった。

 オレは口下手で、いっくんの名前がどんなに素晴らしいか伝えたいのに言葉が浮かばない。

 オロオロしていると、小森くんが優しい口調で話しかけてくれた。

「いっくん、お空のパパに会いたいですか」
「うん、いっくんのもうひとりのパパだもん、はっぱのパパのことおしえてくれたんだよ。でもあえないよ。おそらは、とおいもん。ひこうきにのらないといけないんでしょ?」
「そうですね。いっくんからお空が遠いように、お空のパパからも、ここはとても遠いのです。だから『いつき』という名前をプレゼントしてくれたんですよ。これは一生分の素晴らしいプレゼントですよ。お空のパパの声が届かなくても、聞こえなくても、みんなが呼んでくれます」

 いっくんはキョトンとしていたが、子供なりに何か理解したのか、幸せそうな笑顔を浮かべてくれた。

「いつきってなまえ……しゅき! おそらのパパからのプレゼントだもん」
「いっくん……」
「パパぁ、いっぱいよんでね。おそらにもきこえるかな?」
「あぁ、いろんな人から愛情を込めて『いっくん』と呼ばれているのを、お空のパパは聞いているよ」

 そうだ、オレの名前も……父が亡くなる前に付けてくれたと聞いた。

「じゅーん」

 その時、オレの名前を大切に呼ぶ声が聞こえた。

「兄さん!」

 兄さんは最初から優しく甘く、オレの名前を呼んでくれたのに、たった一度「夏樹」と間違えて呼ばれたことに腹を立て、根に持って……最低だったな。

「じゅーん、過去は……もう振り返らなくていいんだよ。前を見て! ほら、いっくんが待っているよ」

 兄さんが背中をトンと押してくれると、オレの後悔は消えた。

「パパぁ、ふーたくんがカルタしよって、はやく! はやく!」
「おぅ、パパも参加するよ」
「じゃあ僕が札を呼んであげるよ」

 小森くんが大事そうに抱えていたものは、カルタだった。

「へぇ、『こもりん和菓子カルタ』って書いてあるぞ。誰が作ったんだ? こんな甘やかしグッズ」

 宗吾さんが愉快そうに辺りを見回すと、流さんが決まり悪そうに手をあげた。

「あー 俺だよ。正確には翠のお願いで、こんな色気のないカルタを作っちまったのさ」

 小森くんはカルタに頬ずりして「僕に色気は必要ありません。食い気があれば」とほざいたので、流さんに呆れられ、宗吾さんに笑われた。

「色気……ないのか」

 兄さんは親友の管野くんを思ってか、ぼそっと呟き心苦しそうな顔をした。

「兄さん、小森くんにはあんこ断ちが必要なんじゃね?」
「え……でも……」
「管野くんのためにも必要だよ。このままじゃ食い気に征服されちまうぞ」
「そ、そうだね」

 オレたちは大人げもなく、『こもりん和風カルタ』の絵札を片っ端から取ってしまった。

 すると最初に泣いたのは、いっくんで、それを慰めたのが芽生坊だった。

「ああん……いちまいもとれないよぅ、くすん」
「いっくん、ボクもだよ」
「めーくんも?」
「そうなんだよ。なんかすごいスピードでジュンくんとパパがとるんだもん。くやしいね」

 そして子供らより大声で泣いたのは、小森くんだった。

「うわーん! 僕のあんこちゃんー 返してくださいよ」
「ダメだ! 色気と引き換えに、返してやろう」

 ぐうぅぅー 

 おいおい、いいところで盛大に腹を鳴らしたのは誰だ?

 振り返ると翠さんの息子の薙くんが立っていた。

 ブレザーの制服姿が凜々しかった。

「お取り込み中悪いけど、朝飯どこ?」
「薙~ 学校は?」
「寝坊した」
「しまった。起こし忘れた!」
「ははっ、大丈夫だよ。ダッシュで行くから」
 
 すらりとした体つきに、翠さんによく似た優しい顔立ち。

 ふといっくんが高校生になったらこんな感じになるのかと、想像してしまった。

 お空のパパ……

 オレがあなたの見られなかった世界を見ていくよ。

 名前を沢山呼んで、愛情を注いで育てる!

 いつか、遠い未来……二人の父として会おう!

 まだ見ぬお空のパパさんよ。

「パパぁ、いっくんおふだとれなかったけど、パパがいっぱいとってよかった。かっこよかったよ」

 いっくんがオレの膝によじ登ってきた。

「どうした?」
「えへへ、パパぁ、いっくんのパパぁ……あのね、だいしゅきだよ。いっくんって……いっぱいよんでね」

 今、惜しみない愛を受けていることに感謝だ!

 この世に生まれて、この子の愛を受け止められてよかった。

「いっくん、いっくん、大好きだ。いっくんはお空のパパとオレの子だ」

 実に清々しい朝だった。
 


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