上 下
1,352 / 1,727
小学生編

幸せが集う場所 26

しおりを挟む
「確かトイレは向こうだったはず……」
「分かった! 兄さんに付いて行くよ!」
「よし、一緒に行こう」

 こういう時の兄さんって、凜々しいな。
 
 昔はオレの顔色を窺ってばかりだったのに、今は凜とした兄の背中を見せてくれる。

 さぁ月影寺のトイレはどこだ?

 どうか、どうか、そこにいますように。

「あ、あそこだ!」
「おぅ!」

 トイレが見えて来ると、オレは兄さんを抜かして駆け寄った。

 そこは一般家庭のトイレではなく、宿坊の共用トイレのようで何個か個室が並んでいた。オレは大慌てで、すべての扉を開けた。

「いっくん、芽生坊、どこだ?」

 しかし一向に返事がない。

「……い、いないのか」

 どこに行ってしまったんだ? 

 こんな不始末。菫さんに何て言えばいいんだ。

 4歳児から目を離すなんて、父親失格だ。

 絶望感に呑まれ呆然と立ち尽くしていると、兄さんがしゃがんで何かを拾った。

「これ、いっくんのかな?」
「いっくんの靴下だ」
「やっぱり、ここに来たようだね。随分慌てたみたいだね」

 床にはいっくんの片方の靴下以外にも、落とし物があった。

「これは芽生くんのハンカチだ。濡れているから使った形跡があるよ」
「まさか……ゆ、誘拐じゃ」

 ますます動揺するオレを、兄さんが優しく諭してくれた。

「じゅーん、少し落ち着いて。ここは月影寺の中なんだ。大丈夫、この近くにいるよ」
「どうして分かるんだ?」

 兄さんは口角を上げて教えてくれた。

「どこからか楽しそうな声が聞こえるから」

 耳を澄ませば、可愛いいっくんと芽生の歌声が!

「どんぶらこ~ どんぶらこ~ あざらししゃんにのってぇ、どんぶらこ」
「いっくん、こっちもあらおう」
「あい! ゴシゴシゴシゴシ、ごっしごし~」

 おいおい、一体何の歌だ?

 確かに兄さんの言う通り、楽しそうだが。

 長い廊下を歩きながら左右の部屋を窺うと、ついに可愛い歌声が生まれる場所を発見した。

「ここだね」
「あぁ」

 扉を開けると、そこは脱衣場だった。

 まるで温泉旅館のように広い!

「あっ……」
 
 兄さんがしゃがんでまた何かを拾う。

「芽生くんってば、また脱ぎ散らかして。宗吾さんに似なくてもいいのになぁ」
「こっちは、いっくんのズボンとトレーナーだ! げげっ、肌着にパンツまで」

 ってことは、真っ裸なのか。

 まさか子供だけで風呂に? ヤバい! 溺れたら大変だ!

 再び真っ青になって浴室へ続くドアを開けると、大人が5ー6人は入れそうな大きな浴槽があり、何故か寺のご住職の翠さんと副住職の流さん、そしていっくんと芽生坊が仲良く浸かっていた。

 ちゃぷん、ちゃぷんと水音が響いていた。

 いっくんはオレに気付くと、満面の笑みで抱っこをせがんできた。

「パパぁ~ だっこぉ……だめ?」
「いっくん、心配したぞ!」

 オレは裸ん坊のいっくんを躊躇うこともなく抱き上げた。

 服が濡れるのなんて構わない! 

 一刻も早く、この腕でいっくんの重みを感じたかったから。

 いっくんが大切なんだ。

 いっくんの代わりは、どこにもいないんだよ!

「いっくん、無事でよかった」

 しっかり抱きしめると、いっくんはキョトンとした後、甘えるようにくっついてきた。

「パパぁ、ごめんなちゃい」
「いっくん……姿が見えなくなって心配したぞ」
「えっとね……いっくんおちっこ……いきたくなってぇ、それから、えっと……たんけんしてたの」

 兄さんが、オレたちにそっと白いバスタオルをかけてくれた。

 白いタオルに包まれたいっくんは、まるで天使のように見えた。

 兄さんがよく芽生坊を『僕の天使』と言う理由が分かった。

 いっくんも天使だ。

 無垢な瞳で絶対的信頼を寄せて、オレを見つめてくれる。

「いっくんは、オレの天使だ」
「パパ、かっこいい、パパ、だーいしゅき」

 オレ、いっくんと共に成長していきたい。
 
 オレをいっくんの父親にしてくれて、ありがとう!

 またいっくんへの愛情が膨らんだ。


****

 白いバスタオルに包まれたいっくんは、まるで天使のようだった。

 僕に芽生くんが来てくれたように、潤にはいっくんが来てくれたんだね。

 目を細めて二人を見つめていると、芽生くんも僕に抱きついてきた。

「芽生くん、どうしたの?」

 少し不安そうに見上げているので、僕はしゃがんで芽生くんにもバスタオルで包んであげた。

「芽生くんは、僕の天使だよ」
「お兄ちゃん、ごめんなさい。ボクが、いっくんをおトイレに……でもそのあと帰りかたがわからなくなって……つい『たんけん』しちゃったの。そうしたら知ってる大人の人がいたから……楽しくなっちゃって」
「いいんだよ。いっくんをみてくれてありがとう。それで翠さんと流さんに遊んでもらっていたんだね」

 ちらっと翠さんと流さんを見ると、顔が引きつっているような?

 翠さんは目元を染めて俯いてしまった。

 あれ? まさか僕達、とんでもないお邪魔をしたのでは?

 いやいや、まさかお寺のご住職がこんな真っ昼間から煩悩に埋もれるなんて、あるはずないよ。

 あーまた僕は何を考えて――

 翠さんに大変失礼だ。

 心の中でぺこりと謝った。

「翠さん、流さん、子供たちをこんな時間からお風呂に入れて下さってありがとうございます」

 丁寧に礼をお礼を言うと……

「あ……あぁ、まぁそういうことだ。翠、子供の相手はもういいみたいだから、そろそろ上がろうぜ」
「そ、そうだね」
 
 やっぱりいっくんがお風呂に入りたがったので、翠さんと流さんが付き合ってくれたようだ。二人は「よしっ!」と掛け声を掛け合って、ササッと脱衣場に向かって、後ろ向きでカニ歩きして出て行った。

 でも……どうして後ろ向き?

 さてと、僕たちもそろそろ戻ろう。

 そろそろ宗吾さんが到着するはずだ。

 ****

「すみませんー 滝沢ですが、どなたもいらっしゃいませんか」

 なんとか仕事を終え、明日は休みをもらった。北鎌倉駅から坂道を上がり、更に月影寺の山門の階段を上って、ようやく母屋に到着した。

 もうヘロヘロだ。

 ところが……息を切らしながら呼び鈴を押すが、誰も出てこない。

「あちーな」

 ネクタイを緩めていると、小坊主くんがトコトコやってきた。

「いらっしゃいませ~」
「おぅ、丁度良かった。君に土産が」

 鞄の中から手土産を渡すと、小坊主くんは嬉々とした表情を浮かべた。

「わぉ! こ、こ、これはかの有名な江ノ島の水族館のカメ饅頭では!」
「気に入ったか。君は確かあんこ命だろ」
「はい! ガテン系よりあんこ命です」
「ん?……皆、どこにいる?」
「こちらの大広間でしばらくお待ち下さい。今、お茶の用意を」

 ところが中には誰もいなかった。

「なんだ……いないのか」
 
 だがすぐに襖が開いて、瑞樹と芽生、潤といっくんが一気に現れた。

「宗吾さん!」
「パパぁ」

 瑞樹と芽生が嬉しそうに駆け寄ってくれる。

「パパー だっこして」
「おぅ! 芽生、来い!」

 俺は両手を広げて芽生を抱きしめて、思いっきり高く抱き上げてやった。

「パパ! あしたはおやすみ? いっしょにいられるの?」
「あぁ、休みだ。久しぶりにゆっくり二人と過ごせるよ」
「良かった! ボクね……さいきんパパいそがしくて、たいへんだなって思ってたんだ。パパもすこしきゅうけいしてね」
「あ、あぁ……」
 
 息子から労いの言葉をもらえるなんて――

 また成長したんだな。

「お兄ちゃんもパパのこと、しんぱいしてたよ」
「芽生くん……」

 瑞樹が照れ臭そうに微笑む。

 可憐で可愛い花がポッと咲いた!

 俺の花は君だ。

 心に花が咲けば、人生も色鮮やかになる!
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

種族統合 ~宝玉編~

カタナヅキ
ファンタジー
僅か5歳の若さで「用済み」という理不尽な理由で殺された子供の「霧崎 雛」次に目覚めるとそこは自分の知る世界とは異なる「世界」であり、おおきく戸惑う。まるでRPGを想像させる様々な種族が入り乱れた世界観であり、同時に種族間の対立が非常に激しかった。 人間(ヒューマン)、森人族(エルフ)、獸人族(ビースト)、巨人族(ジャイアント)、人魚族(マーメイド)、そしてかつては世界征服を成し遂げた魔族(デーモン)。 これは現実世界の記憶が持つ「雛」がハーフエルフの「レノ」として生きて行き、様々な種族との交流を深めていく物語である。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

#ツインテールな君

羽川明
恋愛
男女二人の日常を描いたラブコメになります。 ときにはシリアスな回もありますが、全体的にはゆったりまったり見られる内容となっておりますので、気軽に読み進めていただければ幸いです。 ツイッター上でも連載していますので、こちらもぜひよろしくお願いします↓ http://twitter.com/@akira_zensyu

異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】

ちっき
ファンタジー
異世界に行った所で政治改革やら出来るわけでもなくチートも俺TUEEEE!も無く暇な時に異世界ぷらぷら遊びに行く日常にちょっとだけ楽しみが増える程度のスパイスを振りかけて。そんな気分でおでかけしてるのに王国でドタパタと、スパイスってそれ何万スコヴィルですか!

悪役令嬢の兄です、ヒロインはそちらです!こっちに来ないで下さい

たなぱ
BL
生前、社畜だったおれの部屋に入り浸り、男のおれに乙女ゲームの素晴らしさを延々と語り、仮眠をしたいおれに見せ続けてきた妹がいた 人間、毎日毎日見せられたら嫌でも内容もキャラクターも覚えるんだよ そう、例えば…今、おれの目の前にいる赤い髪の美少女…この子がこのゲームの悪役令嬢となる存在…その幼少期の姿だ そしておれは…文字としてチラッと出た悪役令嬢の行いの果に一家諸共断罪された兄 ナレーションに 『悪役令嬢の兄もまた死に絶えました』 その一言で説明を片付けられ、それしか登場しない存在…そんな悪役令嬢の兄に転生してしまったのだ 社畜に優しくない転生先でおれはどう生きていくのだろう 腹黒?攻略対象×悪役令嬢の兄 暫くはほのぼのします 最終的には固定カプになります

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

神となった俺の世界で、信者たちが国を興す

のりつま
ファンタジー
事故により意識不明になった吉田正義。 再び体に戻るには、別の世界で「神」となり、皆の信仰を受け、弱った精神を回復させることだった。 さっそく異世界に飛ばされるものの、そこに人間の姿はなく虫や小動物ばかり。 しかし、あることをきっかけに次々と進化していく動物たち。 更に進化した生き物たちは、皆歴史の中で名を馳せた「転生者」だった。 吉田正義の信者たちが、魔族によって滅亡寸前の世界を救うため、知略・武力・外交を駆使して「理想の世界」を作る事に奔走する。 はたして主人公は無事元の世界に戻ることができるのか? 全ては神の力で何とかしなけらばならない。

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

処理中です...