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小学生編

幸せが集う場所 2

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「勇大さん、葉山の海も綺麗だったけど、由比ヶ浜も綺麗ね」
「あぁ、とても綺麗だ。おっ! これは」

 砂浜に手を伸ばした勇大さんが、大きな手の平にとても繊細な貝殻をのせて見せてくれた。

「まぁ、可愛い貝ね」
「さくら貝と言うんだ。由比ヶ浜はさくら貝が取れる海岸として有名なんだよ」
「詳しいのね」
「これは澄子さんからの受け売りだが、これは『幸せになれる貝』だそうだ」
「そうなのね、瑞樹のお母さんからの言葉なのね」
「そうだ。拾って、芽生くんのお土産にしよう!」
「素敵ね! 私も手伝うわ」

 さくら貝は桜の花びらのようにピンク色をした美しい貝だった。波打ち際の濡れている場所でしゃがんでじっくりと目を凝らすと、綺麗なさくら貝がいくつか見つかったわ。

 そんな調子で下ばかり見て歩いていたので、ドンっと思いっきり人とぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさい」
「こちらこそごめんなさい」

 あら? 私と同世代の女性だわ。ひとりでサクラ貝を拾っていたようで、手に持った瓶にサクラ貝がいくつか入っていた。

「あなたもさくら貝を?」
「えぇ、遠くに赴任している主人に見せてあげたくて……でも綺麗に写真には撮れませんね」
「あの、よかったらお撮りしましょうか」
「え?」

 いきなり勇大さんが話に加わったの、少し驚かせたみたい。

「彼は……私の旦那さんで、カメラマンなんです。スマホでも綺麗に撮れるのでよかったら」

 知らない人に「私の旦那さん」と紹介するのは初めてで照れ臭いわ。

「いいんですか。あ、じゃあ、これでお願いします」

 勇大さんにかかれば、サクラ貝の透明感も繊細な桜色も見事に映し出される。

「まぁ、すごい! 同じスマホで撮ったとは思えないわ。ありがとうございます。早速主人に送りますね」

 一期一会。

 こんなやりとりを旅先で交わす余裕が出来たことが嬉しかった。


****

「おはよう、菅野」
「瑞樹ちゃん!」
「昨日は休んでごめん。仕事、大丈夫だったかな?」

 久しぶりに葉山の清々しい笑顔を、朝から拝めた。

 ここ2週間ほど、気を抜くと難しい表情になっていたから、ようやくだな。

「あぁ、大丈夫だった。葉山にしか分からないことは保留にしているから対応頼む」
「ん、サンキュ!」

 思い詰めた顔は、もう充分だ。

 入社してから、宗吾さんと芽生坊と知り合うまで散々見てきたからな。

「芽生坊、元気?」
「うん! すっかり元気で、今日から元気に学校に行ったんだよ」
「そうか、目に浮かぶな。ニコニコ明るい笑顔でランドセル揺らしてさ」
「うん、うん、本当に可愛い子だよ。優しくて明るくて、お友達からも慕われて」

 芽生坊のこととなると目を輝かす葉山を見るのも、好きだ。

「芽生坊は将来モテモテになるな。宗吾さんのガッツと瑞樹ちゃんのきめ細やかな優しさを持ち合わせているんだもんな」
「モテモテかぁ……ちょっと複雑だな」
「ははっ、葉山は兄弟に溺愛されているが、葉山自身も相当なブラコンだよな」
「うっ……そうだね、認めるよ。とにかく今は芽生くんの成長が本当に楽しみだよ」
「思春期や反抗期もあると思うが、あの子は大丈夫だよ」
「菅野のお墨付き嬉しいよ」

 そんな会話をしながら歩いていると、リーダーが後方からやってきて、俺たちと肩を組んでくれた。

「おはよう! やっと二人揃ったな」
「リーダー! ありがとうございます。もう大丈夫です。リーダーのおかげでしっかりケア出来ました」
「良かったな。今回、葉山がしたことはお子さんの心に響いたと思うぞ」
「あ……はい」
「……苦労と努力は決して無駄にはならない。それを葉山が一番良く知っているだろう」

 リーダーは葉山のことを、どこまで知っているのか。それは分からないが、どんな葉山でも部下として認めて可愛がってくれるだろう。

 その日の葉山はいつもより仕事にキレがあって、花鋏をリズミカルに動かして生け込んでいく姿は、周りの人達が見蕩れて、息を呑む程だった。

 俺と目が合うと優しく微笑み、やってくる季節のことを待ち遠しそうに話してくれる。

「菅野、もう2月なんてびっくりだよ。来月には自然界にも花が咲き出すね」
「桜も今年は早いとニュースでやっていたぞ」
「そうなの? じゃあ今のうちに冬を楽しんでおかないとね」
「退院祝いもするんだろ?」
「うん、週末にしようと思うよ。みんな会いたがっているから」
「元気な顔を見せるのが、一番だな」

****

 その日は残業しようと思ったが、リーダーと菅野に背中を押されて、定時で上がらせてもらった。

「葉山、今日は早く迎えに行ってあげた方がいい」
「え……ですが……」
「病み上がりに、いきなり放課後スクールラストまではきついぞ」
「そうだぞ! 瑞樹ちゃん遠慮するなって。今日の瑞樹ちゃん冴え冴えしていたから、仕事もうないぞ」
「でも……」
「瑞樹ちゃん、こういう時はありがとうだ!」
「分かった。ありがとう、ありがとうございます!」

 人の優しさが身に染みる。

 優しさは優しさで、誠意をもって返していきたい。

 本当は少し気になっていたんだ。

 芽生くんは頑張り屋さんだから、初日から無理しすぎていないか。

 もう普通通りに活動していい、体育もやっていいと主治医の先生から許可はもらってはいたが、やはり心配だった。

 宗吾さんに電話をすると、撮影の立ち会いが長引いているとメールで返事が来たので、遅くなりそうだ。 

 放課後スクールの部屋を覗くと、部屋でボードゲームで遊んでいた芽生くんが出て来て、びっくりした顔をした。

「あ……ごめん、ちょっと早すぎたかな?」
「ううん、うれしくてびっくりしたの」
「なら、よかった。今日はもう帰ろうか」
「うん!」

 帰り道、芽生くんが今日の出来事を沢山おしゃべりしてくれた。

「まずね、教室にはいったら、ボクの机とイスがあってほっとしたの」
「うんうん、よかったね」
「みんながおかえりって言ってくれて、てれくさかったけど、うれしかったよ」
「何て答えたのかな?」
「ただいまーって言えたよ」
「おかえりとただいまはセットがいいね」
「うん!」
「あのね……お兄ちゃん」

 学校を出て暫く歩くと、芽生くんの方からそっと手を繋いでくれた。

「ん、どうしたの?」
「学校とってもたのしかったけど、暗くなってきたらね、お兄ちゃんに会いたくなっちゃったの。だから今日……はやく来てくれてありがとう」
「芽生くん……」
「暗くなると、おうちが恋しくなるのは、入院していた時、いつも暗くなるとおにいちゃんとパパが来てくれて、おそばにいてくれたからかなぁ……」

 今日はリーダーと菅野の言う通り、早く迎えに来て良かった。

 何もかも一気に元通りにはならない。

 それでいいんだよ。

 少しずつ、ゆっくり戻していこうね。

 芽生くんと僕はちゃんと繋がっている。

 だから焦らなくて大丈夫だ。




 僕は宗吾さんと芽生くんと知り合って、ようやく自分の人生を歩み出せたようだ。

 僕の人生を大切にしたいと思えるようになった。

 それは同時に僕の周りにいてくれる人たちも、大切にしたいということだ。

 僕は、僕の人生を愛している――

 そう言い切れるようになった。






 



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