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小学生編

実りの秋 47

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「あのね、ずーっとパパがいたの、ずーっとだよ」

 いっくんのありのままの言葉に、嬉しくも切なくもなった。
 
 オレがいるだけで、そんなに喜んでくれるのか。

 ただ……傍にいただけぞ?

 よそのお父さんと同じように、一緒に競技して弁当を食べて応援して、今日したことは、保育園児の保護者なら当たり前のことだけだった。

 だが、その当たり前が当たり前でないことを、オレと菫さんは知っている。

 オレが生まれるのと引き換えのように、父は亡くなったそうだ。

 だからオレはいっくんと同じで、父親の顔を知らずに育った。

 生まれながらに父親がいない。実父との思い出も記憶もないという、なんともいえない寂しさが痛い程分るんだ。

 いっくんの気持ちに心から寄り添える。向き合える。

「いっくん、楽しかったな」
「パパ、まだいてくれる?」
「当たり前だろう。いっくんのパパになったんだから」
「うーん、いっくん、ちょっとしんぱいなの」
「どうした?」

 いっくんを抱っこしてやると、嬉しそうに頭をオレの胸元にすり寄せてくる。

「パパぁ……あのね、あしたもいてくれる?」
「あぁ、いるよ。明日も明後日もずっと傍にいるから大丈夫だ」
「よかったぁ、あしたもぱぱといっしょだね」
「明日だけじゃなぞ、ずーっとだ」
「よかったぁ。ママにおしえてくるね」
「おぅ!」

 いっくんを菫さんの布団に降ろしてやると、今度は菫さんに同じ質問を繰り返した。

「ママぁ、あしたもパパいるかな?」
「もちろん、いるわよ。だって、いっくんのパパだもん」
「よかったぁ。ママぁ、いっくんのパパだもんね」
「そうよ、だから安心してね」
「うん! ママぁ……いっくん、みるくのみたいなぁ、だめ?」

 いっくんがホッとした表情で、菫さんの手にやわらかな頬を載せて目を閉じた。

「あったかいミルクがいいなぁ」
「菫さん、私がやるわ」
「おかあさん、ありがとうございます」
 
 二人の会話を壁際で聞いているうちに、少し複雑な気持ちになってしまった。

 いっくんが何度も同じ事を聞くのんは、何故だろう?

 オレって、そんなに信用ないのか。

 確かに若い頃のオレはそういう人間だった。何をしても胡散がられた。何故ならオレ自身がやりたい放題で、相手を蔑ろにしてきたからだ。

 まさか……いっくんはオレの苦い過去を嗅ぎ取っているのか。

 そう思うと怖くなる。

 不安を感じていると、父さんがアドバイスしてくれた。
  
「潤、子供が何度も同じことを聞いたり質問したりするのは、期待通りの返答が来ることで、安心感を得ているんだよ」
「そうなんですか。父さんって詳しいんですね」

 兄さんの子供時代を見てきたからの発言なのか。

 少しだけ羨ましくなった。

「ほら、赤ちゃんが好む『いないいないばぁ』を思い出してみろ。お母さんが『いないいない』と言っても、そこにちゃんといるのが分かっているから『ばぁ』でケラケラ笑えるんだよな。何度も聞くのは安心したいという本能的なものなのさ」
「兄さんもそうでした?」
「うん、そうなんだ。ママがいないと、とにかく駄目な子で、泣いてばかりだったよ。オレと大樹さんであやしても大泣きでさ」
「なんか想像できるかも」
「ははっ泣き虫は今も健在だもんな。いつも『ママどこ? ママいる? ママ、あしたもいる?』って聞いて……さ……」

 父さんの語尾は濡れていった。
 
 そうだ……兄さんには産みの母も、もういないんだ。

 そう思うと心臓がギュッと掴まれたような気持ちになった。

「潤、どうか……ずっといっくんの傍にいてあげてくれ」
「はい、オレもそうしたいです。オレが見たかった世界を、いっくんと一緒に見ようと思います」
「頼むぞ……子供に寂しい思いだけは……潤なら出来るよ。潤のことは俺が全力でサポートするから安心して甘えてくれ。頼って欲しいんだ」

 父さんは……オレもいっくんも対等に心配してくれる。

 兄さんだけでなく、このオレのことも。

 頼っていいのか、甘えていいのか。

 この大きくてあたたかい優しい目をした人を。

「と、父さんは明日も明後日も……お……オレの父さんですか」
「あぁ、勿論だ。今日は一緒に酒でも飲むか、息子よ」
「は、はいっ」

 母さんの再婚相手は最高だ。

 そうか……オレもいっくんのように父さんをずっと探していたのかもしれないな。

 父さんの温もり。

 すぐ傍にいてくれる存在を。

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