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小学生編

光の庭にて 10

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 白い巨大てるてる坊主が、突然くるりとこちらを振り向いた。

「お、おばけ~!」

 芽生くんと僕は、声を揃えて悲鳴を上げてしまった。

「えっ、おばけ? どこですか。僕が退治しますよ。そりゃー! とりゃー!」

 箒を刀のように振りかざす人物には、よーく見覚えがあった。

 芽生くんが驚いてギュッとしがみついてきたが、僕は一気に脱力した。

「なんだ……あれは小森くんじゃないか」
「あっ、みずきくーん、そうごさーん! お待ちしていましたぁ。大丈夫ですよー ここには、おばけなんていませんよぅ!」

 ……いやいや……小森くん自身が、オバケみたいだったんだってば……!
 
 とは、無邪気な顔を前に言えなかった。

 彼の名は小森風太くん。この月影寺の小坊主で、僕の会社の同僚……菅野の恋人だ。

「なーなんだ、お兄ちゃんのしっている人だったの?」
「うん、一度会ったことがあるんだ」

 僕が墓穴を掘りまくったダブルデートでね……とは流石に言えないが。
 
「そうだったんだねー じゃあオバケじゃないんだね」
「うん、ちゃんと人間だよ」
「本当だ、足がある!」
「ええ? 僕がオバケですかぁ~ どうせなら『あんこの精』になりたいな」

 小森くんが、ふわふわと甘く笑う。

 あんこ好きの小森くんらしい発言だ。
 
 くすっ、相変わらずつかみ所がないが、笑顔の可愛い子だな。
 
 あの菅野が、デレデレなのも分かるよ。

「はて、どうして僕がオバケに見えたんでしょうね? あぁ、もしかしてこの雨合羽のせいですか」
「ごめんね……雨で視界が悪かったんだ」
 
 先程てるてる坊主だと思ったのは、よく見たらただの透明のポンチョだった。全身真っ白な着物の上に羽織っていたので、真っ白なてるてる坊主に見えたのかも。

「お越しをお待ちしていましたよ。さぁさぁどうぞ」
「ありがとう」

 小森くんに案内されて山門の階段を上がると、やはり両脇に鎌倉らしい青い紫陽花が沢山咲いていて綺麗だった。

 紫陽花と雨はお似合いだな。

 雨に濡れる花に、心を洗われる。

「瑞樹、小森くんは人騒がせだな。実は俺もさっきはマジでオバケに見えたぞ」
「はい、彼の存在自体が不思議だからでしょうか」

 宗吾さんと話しながら階段を上がると、左方向から傘を差して走って来る人がいた。まずい……確か以前もこんなシーンがあった。あの日、彼は水溜まりに足を取られて派手に転んでしまったんだ。

「洋くん! 危ない! 足下に気をつけて」
「あっ、あぁ……ふぅ、今回はセーフだ」

 水も滴る美男子を地で行く洋くんの美しさが目を引く。また一段と綺麗になったような……彼の妖艶なまでの美しさに宗吾さんも僕も見蕩れてしまう。

「瑞樹くん、会いたかったよ」
「僕もだよ」

 洋くんは葉山の海で偶然出逢ってから、ゆっくりと確実に親交を深めてきた大切な友人だ。だから軽くハグしあって、再会を喜び合った。

「よく来てくれたね。宗吾さん、芽生くん、お久しぶりです」
「あぁ、お言葉に甘えて来ちゃったよ」
「お宝さがしにきちゃった」

 芽生くんがニコッと笑うと、洋くんもぎこちないが笑みを返してくれた。

「芽生くんが気に入るものがあるといいけれども……あ、まずは中でお茶でも」
「翠さんや流さんもいらっしゃるの?」
「あぁ、瑞樹くんたちに会いたがっていたよ」
「オヤブンは?」

 芽生くんがそわそわと身を乗り出す。翠さんの息子の薙くんに可愛がってもらったことを、よく覚えているらしい。

  母屋に入ると、袈裟姿の翠さん、作務衣姿の流さん、そして学ラン姿の薙くんが揃って出迎えてくれた。

「いらっしゃい、待っていたよ」

 あぁ……蓮の花のような翠さんの一言に、心が浄化されるようだ。

「芽生坊、来たな!」
「お兄ちゃん、遊ぼう」
「ははっ、いいよ! まずはお宝を見る?」
「うん!」
「父さん、あれ、見せてあげていい?」
「もちろんだよ。芽生くん、欲しいものがあったら何でも持って帰っていいよ。よかったら宗吾さんと瑞樹くんもどうぞ」

 大きな箱には古い目覚まし時計や、筆記用具……ブリキのおもちゃなど、色々入っていた。

「これはかなり年代ものですね」
「うん、宿坊や離れを整理していたら色々出て来て……えっと……宿坊のものもあれば、僕たち三兄弟が使っていたものもあるんだ。ガラクタだけど……何か欲しいものがあればどうぞ」
「お? 俺はこれをもらうよ」

 宗吾さんがニカッと笑って掴んだのは、聴診器のおもちゃだった。

 ぞく……ぞくぞくぞく……

「はははっ。宗吾はいい趣味してるよな」

 流さんがニヤリと笑う。

「パパ、そんなのほしいの?」
「あぁ、これがいいな」
「ふぅん、お兄ちゃんはどうする?」

 負けていられない。そう思いガラクタの山の中から僕が見つけたのは……

「ぼ、僕はこれにします!」

 取り出したのは、おもちゃの手錠だった。

「えッ……瑞樹がそれ?」
「宗吾さん、これは悪い子を捕まえるものらしいですよ」
「うえっ」

 はっ……我に返ると恥ずかしくなり、真っ赤になってしまった。

「瑞樹くん……清楚な君が……そんなこと言うなんて。なんだか少しキャラ変わった? くくっ」

 洋くんがおかしそうに肩を揺らしていた。

「え、いや……そんなことは……全部宗吾さんのせいですよ」
「どうどう……どうどうだよぉ、お兄ちゃん」

 芽生くんが僕の背中を必死に擦ってくれる。

「うう……そもそも、どうして時計だけでなく、こんなものがあるんですか」

 僕の必死の問いかけに、流さんと翠さんが顔を見合わせて肩を竦めていた。

「悪い、悪い。俺がガキの頃、集めたものだ」
「そうそう……流は小さな頃、お医者さんごっこと刑事ごっこが好きだったよね。あの頃の流は可愛かったなぁ」

 翠さんが呑気にふわんと言うので、僕は脱力してしまった。

「も……もしかして翠さんが全部、相手をしてあげたんですか」
「え? あ、うん……コホン、えっと……まだ幼稚園か小学校低学年の頃の話だよ。丈はそういう遊びに興味なかったみたいだから……兄である僕が相手をするしかなかったんだよ」

 少し頬を染めて言い訳する翠さんは、可愛かった。

「ふぅん」
「ふーん」
「なるほどな」

 僕と宗吾さんと洋くんは、腕組みして考えた。

 それって流さんの『俺得』でしかないよなぁ。

「洋くん、これ、芽生くんにあげていいかな?」

 翠さんは場の雰囲気をあまり読めないのか、またふわんと優しい声を出す。
 
「え? なんで俺に聞くんですか」
「いや、この聴診器……元々、母が丈に買ってあげたものだから」
「あぁ、それなら大丈夫ですよ。丈は本物を使ってくれますから間に合っています」
「え……あ……うん」

 洋くんもやるなぁ。

 サラリと言ってのけたけれど、それってそれって……

「瑞樹ぃ、俺も本物が欲しい! あれはヒヤッと冷たくて……刺激が強いか……ら」

 パコーン。

 その時、宗吾さんの背後から聞き慣れた間抜けな音が響く。

「イテテ」
「パパっ、口はわざわいのもとですよって、おばーちゃんがいってたよぅ」
 
 芽生くんがガラクタ箱の中から、おもちゃのハンマーを取り出して笑っていた。もう、僕は芽生くんの将来が心配です。

「め……芽生くん、いい時計は見つかった?」
「うん、これ! これがかっこいいと思って」
「持っていっていいよ、君にあげるから」

 翠さんが優しく促してくれる。

「あの……もう一ついいですか」
「ん? もちろんだよ。何個でもどうぞ」
「ありがとうございます! お兄ちゃん、お兄ちゃんはこれね」
「え?」

 僕の手にも、同じ目覚まし時計が手渡された。

 チクタクと時を刻んでいる。

「これ、ボクといっしょだよ。ふしぎだねぇ、どっちも同じように針がうごいているよ。ボクね……お兄ちゃんとずっと同じ時間にいたいんだ」
「芽生くん……」

 うんうん、一緒に時を刻んでいこうね。

 僕……いつも一緒でいいんだね。

 さり気ない芽生くんの言葉に、うるっとしてしまった。

 
  
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