上 下
1,029 / 1,727
小学生編

賑やかな日々 13

しおりを挟む
「憲吾さん、何を調べているの?」

 夕食後、PCに向かっていると、美智が背後から近づいて来た。

「あぁ、中華街のレストランを見ているんだ」
「この前言っていた、芽生くんの進級祝いね」
「あの子も、もう2年生なんて早いな」
「そうね。最近は沢山……弟さん家族と交流出来て嬉しいわ」
「そうだな。これからは、ちゃんと祝ってやりたいんだ。疎遠にしていた時の分まで」

 弟の宗吾とは長い時間、仲違いをしていた。

 だから甥っ子の芽生が産まれても形式ばった祝い金を送ったきり、ろくに会うこともなかった。 親父の葬儀で久しぶりに会った時には、随分大きくなっていて驚いたもんだ。当時の私は子供もおらず、どう接していいのか分からなかったが、今なら分かる。

 家族が仲良く、賑やかに和やかに過ごせる時間と場所を、あの子は求めている。
 
 ふぅ……

 思い出した過去はなかなかシビアで、暗い溜め息をついてしまった。

 すると隣で、美智も同じように息を吐いていた。

「どうした? お前まで」 
「分かるわ。私も同じ気持ちなの。芽生くんが生まれた頃は、自分に子供が出来ないのに深く悩んでいて、玲子さんにまで小さな嫉妬をして、恥ずかしかったわ」
「美智……私たちはもう同じ過ちは繰り返さない。出来なかった分は今から取り戻そう」
「そうね」
「なぁどの店がいいか。一緒に考えてくれないか」
「いいの?」
「あぁ美智の意見も聞きたい」

 美智は意外そうな顔をした。

 それもそうだろう。以前の私だったら妻の意見になど耳を傾けず、独断で決めていたからな。

「あら、ここ……大学の友達と行ったことあるわ。もう随分前だけど」
「じゃあ、ここにするか」
「あ……でも個室があるお店の方がいいんじゃない? 小さい子供が気兼ねなく過ごせる方が落ち着くし」
「確かにそうだな。この店ならどうだ?」
 
 宗吾が調べてくれた中華街のデータを妻と眺めながら、楽しい気分になっていた。親族の集まりなど面倒臭いと思っていた私はどこに行ったのか。

「そうだわ。どうせなら芽生くんのお誕生日当日に行かない? 五月五日は『こどもの日』よ」
「いいアイデアだな。店の方は空きがあるから、宗吾に電話してみよう」

 すぐに宗吾も快諾してくれた。

「兄さん、嬉しいよ。芽生の誕生日は『こどもの日』だもんな。実はまだノープランだったんだ。当日に皆で中華街に出掛けられるなんて最高だよ」

 弟の声は、どこまでも弾んでいた。
 根っからの明るい性格だが、今日は特に機嫌が良いようだ。

「何かいいことがあったのか」
「瑞樹の誕生日祝いが大成功したんだ。兄さんたちのお陰でホテルにも宿泊出来て最高だった。ありがとう。あ、そうだ。中華街のメンバーに一人追加してもいいか」
「誰だ?」
「当日紹介するが、瑞樹の身内、父親代わりの人と偶然再会して……その人がちょうど今、来ているんだ」
「瑞樹くんの?」
「会えば分かるよ」
「本当に大丈夫なのか」

 つい職業柄、疑い深くなってしまう。

「大丈夫だ。信じてくれよ」
「そうだな。瑞樹くんの大切な人なら、ぜひ連れて来てくれ。私も挨拶したい」
 
 弟の恋人は男性だ。

 最初は驚いたが、すぐに名前通りの爽やかで優しく可憐な人柄の虜になってしまった。 母親不在の芽生が、宗吾とは真逆の柔らかな雰囲気の彼に懐いているのも微笑ましい。 それに瑞樹くんと芽生は馬が合うようだ。きっと相性がいいのだろう。

 二人とも清らかな天使のようだから。

 長年、司法の世界を生きて来た私は、最近夢見がちだ。

 現実が全てだと思ってきたが、そうではなかったのだ。

 人は夢を見る生き物だ。

 夢が時に人を支え、癒やし、奮い立たせることがあることを知った。

 今なら……空に逝ったあの子が星になったという美智の話も信じられるし、彩芽を授かったのも、天国からの贈り物だと思っている。


 ****

「瑞樹、芽生の誕生日に中華街に行くことになったぞ」
「いいですね。楽しみです」
「是非、熊田さんも一緒に来て下さい。俺の家族に紹介したいので」

 熊田さんが突如オロオロし出す。

 大きな身体なのに意外と臆病なのか。いや、まだ幸せに不慣れだからだろう。

「そんな身内の集まりに、俺が行ってもいいのか。流石にそれはお邪魔だろう」
「……くまさん、もうその『お邪魔だろう』はナシですよ!」

 珍しく瑞樹が小さく怒る。

 へぇ、こんな一面も見せて貰えるとは嬉しいな。

 瑞樹がどんどん俺の前で素を出せるようになっているのを、実感するよ。

 君をもっと幸せにしてやりたい。

 もっと眠っていた喜怒哀楽を引きだしてやりたい。

「くまさんは、お父さんのような存在です。滝沢のお母さんやお兄さんのご家族には、僕からきちんと紹介させて欲しいです」
「みーくん。それは……父親である大樹さんに悪いよ」
「もうっ、くまさんは、もっとくまさんらしく堂々として下さい!」

 また瑞樹が小さく怒った。

 うぉぉ、怒った顔も可愛いなぁ~
 
「参ったな。君は澄子さんみたいに俺を叱るんだな」
「え? 叱っているつもりでは」
「ははっ、よく澄子さんも今みたいな口調で物申してくれたよ。『熊田さんはもっと男らしく! 名前負けよ』って手厳しかったな」
「お、お母さんみたいですか……僕」
「あぁ顔も似ているしな」

 瑞樹が恥ずかしそうに、目元を染めた。

「も、もう――とにかく、僕はくまさんと一緒がいいんです」
「分かった、行くよ。でもその前にこのボサボサな髭と髪をどうにかしないとな」
「くすっ、そのままでも、くまさんらしくていいですよ」
「いやいや、みーくんのお父さん代わりだ。ここはビシッと決めたい」

 今度は熊田さんが俄然やる気になったぞ。瑞樹は人をその気にさせる天才だからな。(俺もベッドで君の「もっと」に煽られる!)

 そこで、ふと思いついた。
 
「あ……じゃあ、思い切って美容院に行きませんか」
「美容院? そんな場所には久しく行ってないので緊張するが」
「大丈夫ですよ、俺の知り合いの店なので遠慮なく過ごせます」

 そこに場を和ませる天使、芽生がトコトコとやってきた。

「お兄ちゃん、この前あげた絵をかしてもらってもいい?」
「うん?」

 絵を受け取った芽生が、その場で絵を書き足した。

「お? いいな」
「あのね、やっぱりくまさんもいないとさみしいとおもったんだ」

 ピクニックしているクマとウサギの所に、黒いカメラを首から提げた焦げ茶色のクマがやって来る絵が足された。手には抱えきれないほどのプレゼントを持っている。

 誰もが和む、優しくほっこりとする絵だった。



「おぉ! このクマ、もしかして俺か」
「うん! おじいちゃんだよ!」
「坊やは本当に可愛い子だな。絵も上手だなぁ」
「えへへ!」
「これからは、芽生坊って呼んでいいか」
「うん! みんなそう呼ぶよ!」

 くまさんの大きな身体に抱っこされた芽生は、ニコニコと笑っていた。

 その横で瑞樹も可憐に微笑んでいる。

 すずらんのように清らかで清楚な笑みに、胸の奥がキュンとする。



 芽生、瑞樹、本当に大好きだ。

 何度でも言うよ。

 二人とも、愛してる――

 この笑顔を守るのが、俺の役目だ。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

処理中です...