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小学生編

花明かりに導かれて 22

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 「パパ、ただいま~」

 小学校から下校した芽生が、ランドセルを背負ったままリビングをキョロキョロと見回している。

「あれ? お兄ちゃんは?」
「熊田さんと出掛けたよ」
「あっそうだった! パパ、ちゃんと『おきがえセット』わたしてくれた?」
「あぁ、熊田さんのリュックに入れて貰ったよ」
「よかったぁ」

『お着替えセット』とは、瑞樹の着替えで、スウェットパンツにパンツまで一式入っている。

 今日は熊田さんが特別講師の野外撮影会なので、瑞樹も朝から張り切っていた。その様子に、いつもは落ち着いている瑞樹もカメラを構えると別人になり、芝生に寝転んで泥んこになるかもと思ったのさ。

 瑞樹の着替えを準備していたら、芽生がニコニコと渡してくれたのは『みずき印のパンツ』だった。

 よく気付いたな。流石、我が息子!

「お兄ちゃん、転んだりしてないかな?」
「どうだろう? 瑞樹は意外と抜けている所があるからな。だが着替えを持っているから大丈夫だ」

  俺のイケナイ妄想が羽ばたく。

 草むらの茂みで、恥ずかしそうにパンツを履き替える瑞樹を想像してニヤリ。
 
「そうだよね! ボクのかいたパンツも、はいてくれるかな」
「あぁ、瑞樹も可愛いお尻が濡れては困るだろう。今頃、着替えているかもな」
「お兄ちゃんのおしりがぬれちゃうのは、どうして?」
「きっと小川に尻を突っ込んだんじゃないか」

 すべては俺の妄想だ。

 パンツを脱いだ君の桃尻を想像して、またニヤリ。
 
「……しりをつっこむ? なんだか(パパが)シンパイだな~」

 ん? 芽生の視線が刺さるが、気のせいだよな。
 
 芽生は突然、自分の尻をフリフリし出した。

「……パパ、ボクのおしり、どう?」
「ははっ可愛いに決まっている! 幼稚園の運動会やお遊戯会を思い出すよ」
「ふぅん……ボクはハロウィンのハチさんをおもいだしちゃった。パパをブスッとさすの」

 おっおいっ、芽生は無邪気に笑ったが、俺はゾクッとしたぞ。

 つい鼻の下が伸びそうになるのを、引き締めた。
 
「今日は何もしていないぞ」(そもそも瑞樹がいないんだから、しようがない)
「うーん、なんかフオンなケハイがしたよ」
「参ったな。芽生の言葉遣いは時々母さんになるな。さぁ公園に行こう!」
「うん!」




 

  芽生と二人で公園に行くのは、久しぶりだ。

 まだ3月半ばだが、今日は初夏の気温になるそうだ。

「暑くなりそうだな」
「パパとふたりでこうえんいくの、ひさしぶりだね」
「……そうだな」
 
 ふと、まだ芽生が3歳の頃、瑞樹と出会う前の日々を思い出した。
 
 あの頃の俺は、休日の過ごし方が分からず迷走していたよな。芽生がいるので、休日の度に仕事仲間と出かけていたゴルフに行けなくなり、イライラもしていた。今考えれば、この件については猛反省だ。

 ずっと家にいるのに持て余し、足を伸ばして大きな公園に渋々連れて行った。近所の公園だと、俺たち親子の事情を知る人が、後ろ指を指してくるから居たたまれなかったのもある。

 いきなり芽生を置いて出ていった玲子を恨んだこともあったな。

 だが、今は感謝している。

 あの別れがなければ、瑞樹と出会えなかった。

 芽生にとって、どちらがよかったのか。

「パパ、まえは……こうえんでよくねむっていたよね」
「あの頃は、ごめんな」
「ううん、つかれていたんだよね。ボクのおせわで」
「大人びたことを言うんだな。パパは全てに不慣れだったんだ」

 芽生が体育座りで、少し照れ臭そうに教えてくれる。
 
「パパ、あのね……ボクね、お兄ちゃんがダイスキなんだ」
「それなら、パパもだよ」
「だからね、ボクたち、お兄ちゃんと、こうえんであえてよかったね」
「あぁ本当にそうだな」

 芽生がニコッと笑ったので、俺も釣られて笑った。

 この晴れやかな青空のような笑顔が、芽生の答えだ。

「パパ……あのね、ボクはいまがとってもスキ!」
「そう言ってくれてうれしいよ」
「あ、フンスイのお水きれい! ボクもメイじるしのパンツをもってきたから、あそんでもいい?」
「ははっ、自分で着替えを持ってきたのか」
「うん!」

 噴水の水が子供達の身体に跳ねて、キラキラと輝いていた。

 無邪気な歓声と笑顔に、心が躍る。

 俺も子供の世界に入ってみるか。

「よーし、パパも一緒に遊ぶぞ」
「えー! パパのおきがえはないよ」
「大丈夫さ、すぐに乾く!」

 噴水に手をかざすと、水が跳ねて顔にあたった。

「うわっ、参ったな」
「えへへ、パパ、たのしい?」
「あぁ」

 見上げた青空に、ふと……思い出した。

 瑞樹の元彼……アイツも元気にやっているのか。

 付き合った年数分、未練も後悔もあるのが現実だ。

 去年の今頃、瑞樹の『幸せな復讐』に付き合った。

 瑞樹を捨てて泣かせた奴だから、会ったら一発殴ってやりたい気分だったが、 本人を前にすると、そんな気は失せた。

 実直で真面目、責任感の強そうな男だった。一馬は――

 だから瑞樹とは進めなかったのだと、悟ったのさ。

 アイツも一児の父だった。

 今頃、こんな風に息子と遊んでいるのか。

 おい、ちゃんと笑っているよな?

 あのさ……俺が偉そうに言うことではないが、

 瑞樹とのこと、全部忘れなくてもいいよ。

 7年間の思い出を、消すことはない。

 瑞樹の存在を葬らないでくれ。

 少なくとも、君は瑞樹を7年間生かしてくれた恩人だ。

 俺が見かけた君たちは、小さな幸せを抱きしめるような関係だった。

 あの優しい日々との思い出とは、別れなくてもいいよ。

 たぶん瑞樹もそれを望んでいるような気がする。

 今の俺が幸せだから、こんな風に思えるのかもな。

 以前の俺だったら無理だった。

 瑞樹と暮らすようになって、変わった。

「パパ、たのしい?」
「あぁ、最高だ!」

 Tシャツを濡らしながら、俺は噴水の中を芽生と一緒に走ってみた。

 輝く未来を、近くに感じながら。

  無性に瑞樹に会いたくなってきた。

 ギュッと抱きしめて安心させてやりたい。

「お兄ちゃん……そろそろかえってくるかな」
「会いたくなってきたな」
「うん! パパも?」
「芽生と同じさ、さぁもう帰ろう!」

 少し離れて過ごすと、感じることがある。

 シンプルに君が好きだ――


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