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小学生編

花明かりに導かれて 21

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 九州・湯布院

「ちょっと春斗と公園に行ってくるよ」
「カズくん、今日は暑くなりそうだから、気をつけてね」
「了解!」

 仕事が一段落した昼下がりに、息子と近所の公園にやってきた。

「パパ、あつい」
「そうだな」
「あっ、おみず、キラキラ!」

 公園の噴水に、子供達が手を浸したり足をつけたりして遊んでいる。

「はるくんも! はるくんも!」
「あー 今日は着替え持っていないから駄目だよ」
「だいじょうぶだもん」

 もうすぐ3歳になる春斗は、すっかりおしゃべりが上手になった。

 そういえば、あの日もこんな風に水面がキラキラと眩しい日だったな。

 もう、あれから1年か。

 瑞樹……元気にしているか。

 俺が一番酷い状態で捨ててしまったのに、幸せな姿を見せに湯布院まで来てくれた。

 滞在中、瑞樹の姿を見ては葛藤したが、最後は明るい別れ方が出来た。

 あの日の別れに、悔いは無い。

 俺もあれから……今を幸せに生きている。

 だが、まだ瑞樹をふと思い出してしまうのは何故だ?

 7年間も連れ添ったからなのか。

 瑞樹はとうに忘れてしまっただろうが、俺はふとした瞬間に、まだ君の残り香を思い出してしまうんだ。

 ごめんな、こんな俺で……

 妻にも春斗にも、瑞樹にも宗吾さんにも芽生くんにも申し訳ない。

「パパ?」
「あぁ、春斗、ごめんな」

 不安そうに俺を見上げる息子に、情けない顔を見せたと反省した。

「よーし、少し噴水で遊ぶか」
「いいの?」
「あぁ、大人も濡れたい時があるのさ」

 春斗を抱っこして噴水に近づくと、水飛沫が春斗の手の平で跳ねて、俺の顔にピシャッとあたった。

「パパ、えーん、えーん?」
「……泣いているんじゃないよ。これは噴水の水だよ」
「よかったぁ」

 そのまま春斗を降ろして、小川沿いの道を手を繋いで歩いた。

「パパぁ」
「うん?」
「すき……」
「ありがとう、春斗」
「えへへ」

 春斗のあどけない姿を微笑ましく見守っていると、突然つるんと足を滑らせて、水たまりに尻もちをついてしまった。

「わ!」
「大丈夫か」
「おちり……つめたいよぅ」
「あーあ、ママに怒られるぞ~ でもパパが着替えさせてやるから、安心しろ」
「パパぁ、ありがと」
「ははっ、お尻がびしょ濡れだな。パパの服まで、びしょ濡れだ」
「えへへ」

 同じ空の下、瑞樹は今、何をしている?

 俺は息子と公園で遊んで、びしょ濡れだよ。

 瑞樹もこんな風に笑っているといい。

 もっと羽目を外して笑えるようになっているといいな。

 俺さ、なかなかスッキリと君の存在を消せないんだ。

 だから、せめて遠く離れた土地から幸せを願ってもいいか。

 心の奥底に燻る想いはどんどん手放していくから、君の存在だけは淡く記憶に留めておいてもいいか。

 俺にとって瑞樹との時間は、やっぱり……なかったことには出来ないよ。

 君は消せない。

 いなかったことには、出来ないんだ。


****

 あれから1年か。

 今頃、どうしている?

 一馬……

 九州で元気に暮らしているか。

 


「みーくん、どうした?」

 くまさんに声を掛けられ、ハッとした。

 僕は今、心の中で何を考えていた?
 
「あの、くまさん……少しだけ、話を聞いてもらえますか」
「うん?」
「実は、僕には……宗吾さんと出会う前に、7年も付き合った男性がいたんです」
「……そうだったのか」
「色んな事情があって別れましたが、こんな青空の下に立つと、ふと彼を思い出してしまうんです。幸せに暮らしているかな? 彼が家族仲良く幸せだといいなと……あの、こんな風に思うことは、宗吾さんや芽生くんに悪いでしょうか」

 くまさんだから、思い切って聞いてしまった。

「そうだなぁ、縁がなくなってしまっても、大切な思い出を残してくれた人なら、その人の幸せを願うのは当然だろう」
「あ……ありがとうございます」
「みーくんと彼も、今を生きている。俺にはそれが一番重要だ。未練や後悔、捨てきれない恋しさも……多かれ少なかれ燻っているかもしれない。ふたりが付き合った年数が長いだけ、暫くは色んな気持ちが交差するかもしれないが、それは当たり前のことだ。それだけ真剣に時を重ねた相手だったのさ。だから生きている人間を、無理矢理、殺すなよ。葬らなくていいんだよ」

 そうか……僕は一馬との記憶を葬らなくていいのか。
 
 良かった。

 くまさんの言葉は、僕の心を青空にしてくれる。

「ありがとうございます。救われます。何だか宗吾さんと芽生くんにすごく会いたくなってきました」
「ははん、みーくんは寂しがり屋だから、家が恋しくなったんだな」
「あ……そうかもしれません」
「よし、じゃあ、そろそろ解散にしよう」

 僕は一馬を一瞬思い出した後、すぐに芽生くんを抱きしめたくなっていた。

 宗吾さんに抱きしめてもらいたくなっていた。

 だから……もう帰ろう、彼らのもとに。

 僕の家族のもとに――




「俺は今日の便で帰るが……その、また、みーくんたちに会いに来てもいいか」
「もちろんです! くまさんは、もう……僕のお父さんです」
「嬉しいことを……みーくんといると、生きているって実感できるんだ。ありがとう」
「いつでも来て下さい」

 誰かを想うことが出来るのも、生きているから出来ることだ。

 くまさんも僕も、痛感している。

「みーくんは、俺にとって花明かりだよ。君は幸せへの道標だ」
「僕が……ですか」
「みーくん。改めて……生きていてくれてありがとう」

 くまさんが僕の肩を抱き寄せてくれる。

「僕こそ……くまさんがいてくれて嬉しいです。全てにおいて心強いんです」
「みーくんはもう俺の息子だよ」
「うっ……くまさん、僕のくまさん……」
「いつでも飛んでくるよ。困った時は俺も頼ってくれ」
「はい……」

 この僕が、誰かの幸せの道標になれる日が来るなんて――

 一馬が宗吾さんに繋いだ縁が、新たな縁を呼んでくれたんだよ。

 僕の未来はどんどん明るいものに変わっていく。

 だから、一馬もあまり思い詰めるな。

 この先は……

 お互い目の前の幸せを見つめて、それぞれの幸せを願って生きていこう。

 全部、生きているから出来ることだ。

 無理矢理、葬らないで……いい。

 それが僕の出した答えだよ。







補足とあとがき(不要な方は飛ばして下さいね)





****


『幸せな復讐』から1年が経とうとしています。

 別れても思い出し合う描写は、読者さまにとって賛否両論かもしれませんね。

 でも……こんな二人だったから7年も続いたのだと私は思っています。

  微妙な心の揺れを描くのに、実はものすごく時間がかかってしまいました。

 正直……苦心しました! どうか瑞樹らしい感情が素直に伝わっていますようにと祈るばかりです。

 それに、瑞樹に生きている人、まして縁のあった人を、記憶から抹殺しろは酷ですよね。

 くまさんがそんな瑞樹の答えを導いてくれましたよ。

 今日はシリアスだったので、明日は楽しく行こうと思います。

 



 
 

 
 

  
 
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