上 下
964 / 1,727
小学生編

花びら雪舞う、北の故郷 36

しおりを挟む

 「これはお母さんが作ってくれたお弁当です。あぁこの日は……僕の好きな鮭のおにぎりと夏樹の好きなツナサンドが両方入っていて……お父さんが『オレの好きな卵焼きは?』って聞いていて……お母さんってば『パパのは忘れちゃった。ごめんね』と笑って……」

 俺が現像し、額縁に入れて壁中に飾った写真を、こんな風に解説してもらえる日が来るなんて。

 1枚1枚の写真に潜んでいた細かいエピソードに、泣けてくるよ。

 救いなのは、みーくんが何か吹っ切れたように明るい笑顔なことだ。

 オレはこの写真に囲まれ、いつも良心の呵責に苛まれていたのに……君がそれを塗り替えてくれるのか。



 大樹さん、あなたの息子さんは天使ですか。

 オレに救いを与えに来てくれましたよ。




「くまさん……良かったら、両親の馴れ初めを聞かせてくれませんか。この写真の前で」

 少しぶれた写真が1枚だけ、混ざっていた。

「これは僕が撮った両親です。この写真の前で、聞かせて欲しいんです」
「あぁいいよ。昔話のように語ってみよう。回想してみよう」




 オレと大樹さんとの出会いは、今から30年前に遡る。

 大樹さんはいつも大きなカメラを抱えて山登りし、オレが働く山小屋を定宿としていた。

 当時、大樹さんは25歳。オレは高校を卒業したばかりの18歳だった。

 ある日、大樹さんが足に深い痛手を負って戻ってきた。

 撮影に夢中で転んだらしく、かなり辛そうだった。

『すみませんっ、澄子さん! けが人がいるんです! 診てあげて下さい』
 
 そんな彼の応急処置をしたのが、後に奥さんになる澄子さんだった。
 
  澄子さんは看護師で、休みの度にやってくる山小屋の常連客だった。

 小さな山小屋だ。

 オレたち3人は、すぐに意気投合した。

 オレは大樹さんの写真に魅了され、山小屋から出てカメラを習った。

 そして澄子さんは、大樹さんと恋に堕ちた。

 翌年、彼らは両親や親戚と疎遠のようで……二人だけで……野原で手作りの結婚式をしたんだ。

 参列者はオレと森の動物。

 童話のような森の結婚式だった。

 木漏れ日がベール。

 指輪はシロツメクサだった。

「えっ……」
「瑞樹……」
「お兄ちゃん」
「大丈夫か……」
「あ、はい……不思議です。僕の生きてきた道とぶつかるようで……なんとも言えない心地です」

 そう言えば結婚式の写真は、オレの手元にあるんだ。

「少し待ってろ」
「はい」
 
  現像室の本棚に、1冊のアルバムがしまわれている。

 セピア色に焼いた写真に写る二人の姿。

 心根の優しい人たちだった。

『熊田、今日はありがとう。オレたちの結婚式の証人だ」
『熊田! おれ、父親になる』
『熊さん、私、ママになるわ』
 
 二人の幸せの欠片が、オレの幸せだった日々が懐かしい。

「これだよ」
「これは……初めて……初めてみます」

 みーくんが頬を紅潮させ、震える指で二人を撫でた。

 普段着で寄り添う二人。
 
 その二人に寄り添うように佇む、野ウサギやキタキツネ。

 一面のクローバー畑。
 
 シロツメクサの花冠と指輪が白く輝いてみえた。


「お父さん、お母さん……とても幸せそう」
「あぁ、今日のみーくんのように幸せだったよ」
「……君が生まれた日は、五月のよく晴れた日だったよな。オレもよく覚えている」
「あの……僕が生まれた時から知っているんですか」
「はは、もう一人の父親みたいな気分だったよ」

 本当にそうだ。

 妊娠したことは、オレにもすぐに教えてくれた。そして澄子さんのお腹の中で成長していく間もずっと近くにいた。生まれてすぐに抱っこもさせてもらった。

 本当に二人は、オレを信頼してくれた。
 
 弟子にしてくれ、この小屋に住まわせてくれた。

 現像の技術も撮影のコツも、惜しみなく教えてくれた。

「みーくん、君を、よく子守りしたよ。だから、君の最初の言葉は『くましゃん』だったよ」

 みーくんはオレの話を、興味深く聞いていた。

「君は優しい子だった。家族思いで、弟思いで……」
「僕は……そんなことも全部今まで忘れていてしまったのですね。悔しいな。くまさんのような人がいてくれたのに……」
「みーくん、思い出してくれてありがとう」

 オレはみーくんの手に、大樹さんの黒い一眼レフをのせてやった。

「これはお父さんのカメラだ。遺品になるから持っているといい」
「あの……こんなに綺麗な状態で取っておいてくださったのですか。もしかして使って下さってのですか」
「悪い……勝手に。大樹さんが傍にいてくれるような気がしてな。これは君が引き続くべきだ」

 するとみーくんは、首を横に振った。

「いいえ、これはクマさんが使ってください。僕にはお母さんの一眼レフがあるんです」
「澄子さんの白いカメラか」
「はい、だから……お父さんのカメラで、これからもこの世界を撮って下さい」

 

 許されていく。
 許してくれるのか。

 オレが歩む道を、君が後押ししてくれるのか。
 オレは生きていていいのか。

「生きて……生きて下さい。くまさんも……どうか」

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...